_______+そして全てに幕は下りる+___



強い風が吹いた。
寒さに身を縮め、コートを引き寄せようとしたところで、エドの手は空を切る。
そういえばいつもの赤コートではなく軍服だった。ロイの上着は、ホークアイに返してもらうよう頼んでしまったし。
なにやってんだろうオレ、と思った。ほんと、なにやってんだろ……。
「寒いし……とっとと帰ろう」
言い訳のように、あるいは自分を奮い立たせるように呟いて歩き出したとき、後ろから声がかかった。
「……鋼の?」
振り向けば、車の傍らに立つロイの姿があった。劇場から戻ったのか。
正直言って、今一番会いたくないのに、でも二番目に会いたい顔だった。
ちなみに今二番目に会いたくなくて(説教が嫌だから)、でも一番会いたいのがアルだ。
ロイが現れたせいでおかしいくらいうろたえているのを、エドは自覚した。
「たい……さ」
「ああ、やはり鋼のだな。……軍服に着替えたのか」
その声に少しだけ残念そうな響きが混じっているような気がした。
エドは笑みを作る。
「うん。中尉が着替え貸してくれた。わりーな、あんたの用意したドレス、台無しにしちまって」
ああ、結構普通にしゃべれるじゃん。内心少し驚いた。変なの、と思う。
「いや、構わないよ。それに最初からあげるつもりで選んだのだし。あの姿にもうお目にかかれないのは残念だが、今度は別のドレスを贈る楽しみもできた」
「丁重にオコトワリシマス。んなもん貰っても嬉しくねえ。どうせ貰うなら錬金術の資料とかのがいい」
「君が断っても、私は無理矢理贈りつけるが?」
「うわー超迷惑」
会話のうちにだんだん口の端が吊り上がってくる。これでこそオレと大佐だ、とエドはロイを見る。
「この軍服、明日返しに来るよ」
「そうか。では明日また会えるな」
「こっちは別にあんたに会いたくなんかないけどな」
なんだかんだ言って、彼とのこういう応酬は結構楽しい。
作っていた笑いがいつの間にか自然に本物になって、エドは挨拶をして帰ろうと口を開きかけた。
「……」
停まっていた車の中から、クリスティの顔が覗いた。
一気にエドの心が閉じた。
「じゃ、じゃあっ!」
「は……」
鋼の、と驚いたようなロイの声が聞こえたが、エドはその場から逃げるように身を翻していた。
後ろを振り返らずに走る。
石畳の道路に、やけに機械鎧の足音が響く気がした。耳についてうるさい。
逃げるように――――違う、実際逃げたのだ。これ以上一秒だってここにいたくないと思ったから。
走って、走って、気持ち悪くなるくらい走って、宿に着いた。


扉を開けた瞬間、巨体の鎧が飛びついてきて、エドは後ろに倒れそうになった。
「兄さんっ!」
「うわっちょっ……アル!?」
「もう! 心配したんだからね! こんなに遅くて、また大佐に食べられちゃったんじゃないかって……」
「なんの心配してんだお前はあ!!」
エドは抱きついてくる鎧の腹をガン、と殴った。凹まない程度に。
「その様子だと、大丈夫だったみたいだね。あー良かった。僕、人殺しにならないですむよ」
いたってさりげなく、弟は聞き捨てならない台詞を吐いた。
「さらっと怖いこと言うなよお前……兄ちゃん不安になるだろうが」
「冗談だよ。本当に大佐を信用してなかったら、最初から兄さんと一緒に行かせたりしないもの」
そう言うと、アルはエドを解放した。
「でも、軍服着てるってことは、別の何かがあったってことだよね?」
す、となめし革の指が、エドの頬を滑る。ぎくっとしながら、エドは口の端を引きつらせて笑った。
アルの赤い目に、背筋が凍る気がするのは何故だろう……。
ああとうとう来るぞ、と身構えた瞬間。
「もーっ、兄さんどうせまた無茶やったね!? そんでもってまた怪我したね!? よりによって顔に!! また!!」
正座で向き合わされ、想像通りのお説教が始まった。
そんなに何度も「また」「また」強調しなくてもいいじゃないかとは思えど、口答えをしたらどうなるか考えるだに恐ろしいので言えない。
今夜は当分寝られそうにない……とエドはしおらしく頭を垂れ、床を見ながら思った。



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