_______+そして全てに幕は下りる+___
アルの気がすんだ(らしい)のは、夜も更けて草木も眠る時間だった。
口を挟む間も無く、ノンストップで怒涛のオンステージ。
どっからこんだけのバリエーションの説教語句が出てくるんだ、と思ってしまうほど、おまけにふんだんに嫌味が散りばめられているのだから、エドは落ち込むしかない。
弟よ、お前はオレの保護者か。
ぐったりと肩を落としたエドに、アルは言った。
「……聞いてる?」
「聞いてます」
「反省した?」
「しました」
「僕の言ってることちゃんとわかった?」
「わかりました、以後気をつけます」
「なら寝てよし」
ようやくお許しが出て、安堵と同時に歓喜する。
エドは長時間の正座で固まった身体を、ぎこちなくぎしぎしと動かした。
全身が機械鎧にでもなったような気分だ。しかも油が足りなくて錆付いた、ときている。
「ううう……つっかれたぁ……」
疲労困憊のエドに、流石に気が咎めたのかアルが謝る。
「ごめんね兄さん、ちょっと遅くまで怒りすぎたよ」
「いーって、悪いのはオレなんだし……」
よろけそうになりながら立ち上がり、その背をアルに支えられて、エドは欠伸をした。
「服、脱がねー、と……」
軽く目を擦る。気を抜けばすぐさま睡魔に意識を明け渡してしまいそうだ。
眠くて眠くて仕方がない。そのせいで動作は緩慢になり、遅々として進まなかった。
見かねたようにアルが申し出た。
「しょうがないなぁ、手伝ってあげるから、ほら」
アルの手を借りて軍服を脱ぐ。チャリ、と首元で音がした。
「あれ、兄さん、これは?」
言われて思い出す。つけたままにしておいた金のネックレスだ。
「それは……いい。はずさなくて」
「そう? あ、足上げられる?」
脱ぎ終わると、エドは完全に目をつぶって、アルの腕の中に己の体重を預けた。
足から、というか、全身から力が抜けていく。立っていられない。
「兄さん?」
「わり……も、限界……。ベッドまで連れてってくれるか?」
ギブアップを告げると、甘えるように鎧の腕に顔を擦り付ける。
なんとか最後の気力を振り絞って、こちら側に意識を繋ぎ止めているが、今にも引きずり込まれそうな暗闇に抗うのは、なかなかつらいものがある。
「あんまり心配させないでね」
鎧の空洞に声が木霊する。
揺られて、そっと降ろされると、背中に優しいベッドの感触。
その柔らかさに身体をゆだねながら、エドは呟いた。
「なぁ、アル……オレ、お前のこと、大好きだよ」
「な、なにさ兄さん、そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね?」
「いや、そんなんじゃなくって、ただ言いたくなったんだ。おやすみ……」
語尾は溶けて消えた。
そしてすぐに、穏やかな寝息にとって変わった。
目が覚めたのは昼過ぎだった。
窓から差し込む太陽はまぶしく、部屋の空気も温まっている。
エドはがばりと半身を起こした。
テーブルの上には軍服が丁寧に畳んでおいてあった。おそらくアルがやってくれたのだろう。
「アル!」
「なに、兄さん?」
声を張り上げれば、廊下から鎧の頭が覗いた。
昼ごはん買ってきたよ、と言うアルに、
「なんで起こしてくんなかったんだよ!」
「兄さん疲れてるだろうから、寝かせておいてあげようと思って」
「司令部に顔出さなきゃなんだよ」
急いで洗面所に向かいながら答える。
顔を洗い、それからまた部屋に戻ってきて服に袖を通す。
ばたばたと慌しい部屋に、アルは紙袋を抱えて入ってきた。
持っていた紙袋を軍服の横に置いて、
「これ、パン。ここに置くね」
「サンキュ」
ブーツを履き、髪をちゃっちゃと結ぶと、エドは椅子に腰掛けた。
思いのほか空腹だったことに気づき、さっそく紙袋の中に手を突っ込む。
決して少なくはない量のパンを次々とたいらげ、オレンジジュースで喉を潤した。
牛乳を買ってこなかった辺り、弟も昨夜のことを気にしているのかもしれない。
そう思うと、なんだかほんの少しおかしかった。
さて、軍服を返しに行かないと。
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