_______+そして全てに幕は下りる+___



日は中天を越え、エドの頬を照りつける。
流石にもう火傷に沁みるなどということはなかったが、歩いているうちに汗が浮かんでくるほどの陽気だ。
12時間睡眠をとったとはいえ万全ではない体調には、なかなかきつい。
アルフォンスを図書館に放りこもうと思ったのだが、彼はついて来ると言い張ったので、仕方なくエドも了承した。
それに、心配してくれているのだと思うと、無下に断れない。
実際エドのほうも、アルがいたほうが心強かったりもする、し。
きっと軍部は朝から昨夜の事件の処理に追われ、忙しないことだろう。
昨日ロイにあんな態度をとってしまって、会いたいような会いたくないような、複雑な気持ちだ。
どんな顔をすればいいのかわからない。また避けてしまうだろうことは簡単に想像がついた。
だからこれはホークアイに言付ければいい。軍服の入った紙袋を抱えて、エドはそう考えた。
軍服はきちんと錬成して元のサイズに直してある。
足を踏み入れた東方司令部は、案の定ばたばたしていた。
けれどそれは深刻な事態に対する空気ではなく、むしろどこか浮かれた落ち着きのなさに近かった。
その状態を不思議に思い、そばにいた女性軍人に「何かあったの?」と尋ねた。
彼女はやや興奮気味に頬を紅潮させて教えてくれた。
「クリスティ・ドールが来ているのよ」
――――軍服をホークアイに言付けるのが確定した。
「ふーん。でさ、ホークアイ中尉が今どこにいるか知ってる?」
「執務室だと思うけど」
「大佐は?」
「大佐は、応接室でクリスティ・ドールと一緒じゃないかしら」
ロイがホークアイと同じところにいないのは好都合だ。そのはずなのに、なんだか面白くなかった。
エドは「ありがとう」とそっけなく礼を述べた後、すたすたと足早に廊下を進んだ。アルが慌てて鎧を揺らし付いてくる。
「兄さん?」
気づいてしまえば、すれ違う軍人達のどいつもこいつもきゃっきゃと浮かれてミーハーなこと。
今をときめく美貌の女優なんていうVIPがお出ましなのだから仕方ないのかもしれないが、わかっていてもエドの心の中はどんどん温度が下がっていく。
クリスティは何の用で来ているのだろう。普通に考えれば取調べなんだろうが、昨日のあの態度。
エドはそこでふと思いつく。もしかして、昨日、彼女は軍部に泊まった?
不愉快な想像を、そんなことはない、と打ち消す。
きっとクリスティには高級ホテルが用意されているはずだ、こんな軍部の仮眠室なんかが宛がわれるはずはない。
仮眠室、という単語にエドの記憶はもっと深いところまで呼び覚まされた。
――――別に、もう関係ねぇんだから。
「……とっととこれ返して、そしたらイーストシティからとんずらしようぜ、いい加減。いつまでもあの無能にこき使われてやることなんてないんだし。オレたちは、早く賢者の石を探さなきゃいけないんだから」
まるで誰かに言い聞かせるように(――誰に?)エドはそう言った。
久しぶりに長期滞在してはいたが、そもそも自分達は根無し草。これだけひとつところに留まっていたのが不思議なくらいなのだ。
それもこれも、あの無能大佐がエドにとっては垂涎ものの、美味しい情報の数々で釣って引き止めたせいだった。
彼曰く以前勘違いでエドのことを殴ったお詫びだそうだが、「本当は自分が退院するまで待ったをかけて、晴れて退院したら一緒にお茶をしたいだけなのよ」とは彼の優秀な部下から聞いた話で、どちらを信じるかなんていうのは愚問だろう。
だが、理由がなんにせよ、賢者の石への手がかりがたくさん手に入ったのは確かだ。
「うん、そうだね。賢者の石を見つけて、一緒に元に戻ろうね」
可愛らしい声で無邪気に言う弟を、思わず抱きしめたくなる。
が、振り返ったところで、鎧が高温になっているだろうことに気づき、ただその腕をカシャン、と合わせるだけにしておく。
「オレ、お前がいるから頑張れるんだよなあ」
「え?」
「一人だったら、たぶん、そっこーくじけてたと思うぜ」
言いたいことだけ言って、エドは再び歩き出した。
執務室のドアをノックし、「失礼します」と開ければ、ホークアイは机に積んである書類を整理しているところだった。
彼女がこちらに気づいて微笑む。
「あら、エドワード君、アルフォンス君。こんにちは」
「こんちは、中尉」
「こんにちは」
エドは部屋の中にロイがいないことを確認し、安堵した。抱えていた紙袋を前に差し出す。
「昨日借りた服、返しにきたんだけど」
ホークアイは紙袋を受け取り、
「わざわざありがとう。今コーヒーか何か淹れるわね」
「え、お構いなく。オレらもう行くし!」
長居をして、ロイが戻ってきても嫌だ。エドは手を振ってホークアイの申し出を断った。
「でもね、あなたたちが来たら引き止めておくようにって、大佐の命令なのよ」
困ったものねぇ、とホークアイは溜息を吐く。
その台詞を言いたいのも溜息を吐きたいのもエドのほうだった。
「そんなバカな命令、中尉がきく必要ないよ。無視しちゃえば」
「どんなにバカでも一応は上官だし……命令には従わないと」
「中尉に苦労ばっかかけやがってなぁ、あの無能はまったく」
「エドワード君にも迷惑をかけて、本当にしょうがないわね」
二人して散々失礼なことを言う。
うんうんと意気投合しながら話(=上官の悪口)に花を咲かせていると、いささか乱暴にドアが開いた。
花のような甘い香りと共に入ってきたのは、噂の渦中にある人物だった。
「あ、大佐」
アルの声が、エドの耳にはやけにのんびりとして聞こえた。


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