「黙ってりゃそれなりに見えるのにな」
銀時は言った。妙は紅をひいていた手を止めて、男に向き直った。
「どういう意味かしら?」
今塗ったばかりの唇はつやつやと鮮やかに赤く、笑った口の形をいっそう際立たせていた。
妙の目は、笑っていなかった。
「えーとあれだ、孫にも衣装?」
「銀さん、それ漢字も使い方も間違ってるけど」
「なんだよ孫を可愛がってるじいさんが晴れ姿を見たいってんで年金はたいて買った衣装を馬鹿にするなァァ!!」
「息継ぎなしで言い切るなんてやるわね」
「いや姉上、つっこむとこはそこじゃないから」
傍らで身支度を手伝わされていた新八が、巾着を渡す。
これから姉は女の戦地、オヤジの聖地に向かうのだ。
スナックすまいる。
新八はバイトを首になり銀時と万屋家業にいそしむようになってから、ほとんど稼ぎがない。
そんな新八の代わりに道場を守るため金を工面する姉の仕事場が、そこであった。
「ありがと新ちゃん」
巾着を受け取りながら、妙はふわりと微笑んだ。
そういう仕草は確かに女らしく、弟の贔屓目を差し引いても美しかった。
そう、見てくれだけなら妙はかなりべっぴんの部類に入るのだ。
「これでもう少し乱暴じゃなくて料理ができてしとやかで乱暴じゃなくて乱暴じゃなかったら嫁ぎ先が引く手あまただろうに」
「新一、心の声が丸聞こえだぞ」
「体は子供頭脳は大人! じゃなくて、ウソォ!? 聞聞聞聞こえてましたか姉上!!?」
「ノリがいいのね、新ちゃん。しっかり聞こえてたわ」
その瞬間、新八は死を覚悟したという。
地獄の淵に手をかけていた新八を救ったのは、先ほどそのそもそもの原因を作った男だった。
「いいじゃねーか、こんなゴリラでも欲しいって言ってくれる男がいたんだし」
ゴリラに育てられたお前と、あのゴリラ男ならお似合いだぜ。
そう言った銀時へと妙の怒りの矛先は向かう――前に、朗々と声が響いた。
「お妙さァァァァ――ん!!」
「……来たわね」
もう顔を見るまでもなく、誰が来たのかわかってしまう己が悲しい。
妙はおそらくまた電柱にでもしがみついているのであろう近藤の姿をありありと思い浮かべた。
「……毎日こうなのか?」
「そうなの」
チュッパチャップスを口に突っ込みながら喋るという高等技を披露する銀時に、妙はため息とともに頷いた。
「お妙さんは喋ってても美しいよォォォ! 少々乱暴でも料理ができなくてもしとやかじゃなくても少々乱暴でも乱暴でもッッ、いつでも嫁いできてくれェェェ――!!」」
「おい、実はこの部屋、すでに盗聴器かなんか仕掛けられてるんじゃねェか? 探したほうがいいぞ」
「まさかこの間拾った箪笥に!?」
「え、あの箪笥拾ってきたやつだったんですか?」
「だって家計が苦しいんだもの。うちには今新しい家具を買う余裕はないのよ」
どうりで少し傷みが激しい箪笥だとは思ったんだと得心のいった新八は措いておいて、銀時は障子の向こうを指差した。
「だからあれと結婚すりゃ玉の輿で万々歳だろォが。家具だって買い放題だ。何がそんなに嫌なんだ? ケツ毛か?」
「ケツ毛が問題なんじゃないの」
あれ呼ばわりされた近藤は、それにめげることもなく、ミンミン蝉のごとく喧しく世界の中心で愛を叫んでいる。
彼はポジティブシンキングの見本のような男であった。
「残念だったな白髪パーマ! お妙さんは俺のケツ毛ごと愛すると言ってくれたのさ!」
「だから言ってねーよ」
「あああ姉上! 灰皿ならいいけどちゃぶ台投げるのはやめてください! 新しいの買う余裕ないんでしょう!?」
「それもそうねェ」
思いとどまった妙がよいしょと手に持ったものを床に降ろし、新八(と近藤)はほっと胸をなでおろした。
さすがの近藤もあれの直撃を食らったらやばかったのだろう。新八は少しだけ彼に同情する。
一瞬前までちゃぶ台を持ち上げてぶん投げようとしていた妙は、困ったように言った。
「でもこのままじゃご近所から苦情が来ちゃうし」
「それで俺を呼んだんじゃねェのか?」
「わかってるならはやくなんとかして。……なにこの手は」
「御代」
再びちゃぶ台が床から空中に持ち上げられた。
銀時はそれ以上妙に何も言わず、顔をやや青ざめながら障子を開け放った。
殺らなきゃ殺られる!!(妙に)
今まさに、聖戦は始まろうとしていた。




ルドモ