このごろ、近藤の顔には生傷が絶えない。
「局長、なんか毎日怪我してませんか」
惚れた女の元へ押しかけては拒絶される。拒絶されれば押しかける。それは根競べにも似ていた。
「ああ、子猫ちゃんに引っ掻かれちまってね、とか言ってたぜ」
ある日は玄関先で出待ちをし裏塀から逃げられ、またある日は電柱によじ登って敷地内を覗き灰皿を顔面に投げつけられ、一昨日はタクシーを走って追跡し危うく轢かれそうになり、そして昨日はさりげなさを装って肩を抱こうとしたところ竹刀で滅多打ちにあった。
「なにが子猫ちゃんだ。寒いって」
美しくて、強い。己の信念を持っている。弱者には優しい。嫌いなやつには容赦しない。
「例の女だろ」
近藤が惚れたのはそんな娘であった。
「ああ、あの姐さんですかィ」
彼女のどこに惚れたのかと問われれば、近藤は、全て、と迷うことなく言い切る。
「毎日毎日、すげぇ執念だな」
まだ18だと聞いている。近藤より幾分か年下だ。
「ローリーコン! ローリーコン!」
あのか細くて頼りないおなごの身体の、どこにあのような力があるのか。
「市中見廻りの最中ぐらい、ストーカー行為はよしてもらいたいもんだぜ」
近藤は痛むほほをそっと抑えた。
「……なんだかにやけてますぜ」
この痛みですらいとおしいなどと思えるのだから不思議だ。
「どうせまた妄想でもしてるんだろ」
お妙さん。
「うわキモッッ。何かつぶやいてる」
近藤はそっと想い人の名を呼んでみる。返事がないのは承知のうえだ。
「そのぐらい許してやれよ。夢の中にしか居場所がないんだよ」
どれだけ拒まれても、彼女をあきらめようと思えないのはなんでだろう。
「いい加減潔くあきらめりゃァいいのに」
近藤は思った。
どうして、彼女でなくてはならないのだろう。世の中に女は幾らでもいる。
「無理無理、相当まいってるから」
それなのに、ここまで惚れこんだのは彼女が初めてだった。
「とりあえずそろそろ現実(こっち側)に戻ってきてもらうか」
想像してみる。
「総悟、やれ」
他の誰か――例えば土方や沖田あたりから同じように虐げられたとしたら――
「わかりやした。えい!」
ダメだ、痛いしムカつくだけだ。
「重症だな」
彼女の時とは違って、あの気持ち良さがない。
「まだ目を覚ましやせんぜ」
何が違う。愚問だ。それは愛が介在するか否かの違いだ。
「違った意味で重症だな」
だがこれだけで結論を出すのは些か早計といえよう。
「……どうしやす? もう一発いっときやすか?」
ならば――――確かめてみるか。
「そうだな、確認の意味を込めてもう一発いっとくか。……ッて」
のそりと血にまみれた肉体を起こし、近藤は第二撃をかわした。
「土方さん! かわされちまいやした!!」
近藤は目に決意の光を宿し、真選組屯所を後にした。
「仕事サボってどこ行こうとしてやがるテメェ!!」




そして、今日も今日とてお馴染みになりつつある光景が繰り広げられるのだ。
銀時、新八、神楽の万屋3人に、以前野暮用を頼んだその報酬として缶ジュースをおごっていた妙の前に、さっそうと近藤が現れる。
「お妙さァァァ――――ん!!」
近藤を見つけた妙は、躊躇いなく手にしていた缶を投げるべく投球フォームをとった。
近藤はそれを避けようともせず、甘んじて喰らってみる。当然、痛い。
だが痛いだけではなく、そこはかとなく恍惚感があるというか、癖になるというか……。
「これだ……、この感覚だァァッ!!」
雷に打たれでもしたかのように、近藤は何かを悟った。
こんにちは新しい自分。
「いったい何なんですか」
そう言う妙の冷たい視線も気にならない。
それどころか、むしろ快感にすら感じられる。
「お妙さん! もっと、もっと殴ってみてください!!」
「何気色悪いこと言ってやがるこのゴリ男がァ!!」
3人は缶ジュース(お通の天然水・お汁粉ぜんざい・ナタデココミックス)を飲みながらその残虐行為を眺めていた。
「ますますもって変態染みてきましたね」
「いやァ、ありゃもう完全に変態だろ」
「まごうことなき変態ネ」




ルドモ