暖かな風が吹く。それに乗って、鳥が羽を広げては啼く、また、啼く。
「知ってるか? 背中が軽いほうが空は高く飛べんだぜ」
銀時は妙の黒くさらりとした髪を一房つかんで、ちくしょうこのストレートめと呟いた。
妙は男に天然パーマでもいいじゃない、と男の手から自分の髪を取り戻そうと、そのなよやかな手を伸ばした。
竹刀を握っているとは俄かには信じられない、まぎれもない若い娘の白い手だった。
銀時はそれを拒んで、依然手中に妙の髪を納めたまま、じっと妙を見つめた。
何を考えているのだろう。
妙も真っ向からその視線を受け止めて、そして、髪を離そうとしない男に困ったように微笑んだ。
「私は地に足をつけて生きてますから、飛ぶ必要がないもの」
「たまにゃ違った景色を見るのもいいもんだぜ」
「私が一番好きな景色は、ここから見える世界だわ」
この道場に、新八がいて、自分がいて。貧しくてもつらくても、けしてそれだけではない。
そしていつか、また昔のように剣術が復興し、弟子を取り、亡き父の望んだようにここを護っていけたなら。
銀時はくいと髪を軽く引き、妙の身体はそれにつられて前にかしいだ。すなわち、男の腕の中へ。
驚くでもなく、妙は黙って抱かれるままになっていた。
「ちっこい肩しやがって」
ぼそり、そっけなく、飽く迄もそっけなく、銀時は言った。こんな時でも男は男のまま、自分の姿勢を崩さない。
それがとても銀時らしかったので、妙は思わず少しだけ笑ってしまった。きっと振動が銀時にも伝わっただろう。
「一応私も女の身ですから、男の銀さんより肩が小さいのは当たり前じゃないかしら」
しかし銀時はめずらしく妙の軽口に乗ってはこなかった。
「……荷が重すぎなんじゃねーのか」
「あなたも言うの? 女のくせに、と」
女のくせに。剣術だなんて、剣術は男がやるものだ。
女はしとやかにつつましく、家にこもっていればいいのだと。何度言われたかわからない。
私に、この道を捨てろというのか。
思わず身体を離そうとした妙に、違ぇよと男は少しの怒気を語尾にこめた。
「お前はなんでもかんでも背負いすぎなんだよ。いくら怪力暴力女でも、いつか潰れちまうぞ」
捨てねェでもいいんだ、ただ時々は足元に荷物を置いて、ちょっくら休むくれェはしてもバチは当たんねェぜ、そう言う銀時の顔は、彼の胸に顔をうずめている妙からは見えないけれども、きっと笑っているのだ。
「……そうね」
妙はそっと彼の背中に腕を回した。
「じゃあ、その荷物、たまには持つのを手伝ってね」
「代金はきっちりいただくぞ」
妙の答えを待たず、女の身体を抱きしめる銀時の手には力がこもった。
風が強く、強く、吹きすさぶ。春の嵐が吹きすさぶ。
地にも空にも、そうしてヒトの心にも。
風は、何をもたらすのだろう。
ルドモ