万屋の仕事を手伝うようになった新八は、給料が貰える当てはないけれども、今日も一応働きに出る。
それでも何かしているだけフリーターよりはましだろう。そうだましだ、ましなんだ。
新八は自分で自分を慰めつつ、玄関を振り返った。
「じゃあ行ってくるね、姉上」
「待って新ちゃん、これ持っていきなさいな」
そう言って差し出されたのは、四角い形の見て取れる風呂敷包みだった。
それを受け取り、新八は首をかしげた。
「コレ……」
「お弁当よ」
慈愛の微笑で妙が言う。まるで牡丹の花のような美しい笑みで。
だが新八は知っているのだ。
姉がこういう顔をするとき、自分の身には大抵ろくでもないことが起こるということを。
ごくりとつばを飲んで恐る恐る新八はたずねた。
「あの……中身は?」
「決まってるじゃないの、卵焼きよ」
ああやっぱり。
父が死んで苦節数年、姉の作る卵焼き(という名の謎の物体)の味にも大分慣れたが、
それでも出来るなら極力食べるのを避けたいわけで。
「なんだ、またお前卵をかわいそうな目にあわせたのか」
いつの間に来たのやら、銀時が門の前に立っていた。その後ろには神楽の姿もある。さらにその後ろには、彼女の愛犬定春が座っている。
「それどーいう意味」
「おまっ、角はやめろって角はァァ!」
妙は弁当箱という名の凶器を容赦なく銀時の頭に打ち下ろそうとし、銀時は生命の危機に慌てた。
しかし、妙の手からひょいとその弁当箱を奪った神楽によって、彼の命は救われることとなった。
銀時の恩人は、くんくんくんと鼻を動かして弁当箱の匂いをかいでいる。
「どうした神楽。やっぱり毒物が」
「……いいニオイがするヨ」
「何ィィッッ!?」
「二人揃ってそんなに驚くようなこと?」
予想だにしなかった神楽の言葉に、思わず叫ぶ新八と銀時。そしてそれに気分を害した様子の妙。
男二人は事の真相を確かめようと、そそくさと風呂敷包みをといた。
ぱかりと蓋をあけると、そこにはやはり卵焼きが鎮座していた。
しかし、いつもとちがいその卵焼きは黄色く、実に美味そうな姿であった。
「ま……まともだ! 姉上、料理上達したんですか?」
「待て新八! いくら見た目がまともでも、肝心なのは味だ! 油断するな!」
銀時はひょいとひときれつまむと、神楽の口に放った。
それを見事にぱくりとキャッチし、しばらく噛んだ後飲み込む神楽を、男二人は固唾を呑んで見守る。
「ど……どう?」
「大丈夫か? 口ン中で爆発したりお花畑が見えてきたりしないか?」
「てめーらヒトの料理を何だと思ってやがんだァ!!」
「うまいアル。ぜつみょーな塩加減がいけるネ」
「塩?」
神楽の批評に、妙はぴたりと動きを止めた。
おそらくは動揺している。
ひょっとして味見をしなかったのだろうかこの姉は。
新八は恐ろしい考えにぶち当たって青ざめた。姉の予定では一体どんな味になるつもりだったのだろう。
「どーしたお妙。塩味の卵焼きは嫌いか?」
神楽を使って安全を確認した銀時は、卵焼きを口に入れようとしている。
その様を見ているのかいないのか、ぽつりと妙が言った。
「……砂糖」
「あ?」
「お砂糖をたくさん入れたの、だから甘くなるはずだったのに……」
しかし出来上がったものは塩味とはこれ如何に。
なんの化学反応の結果か、いつものかわいそうな卵に砂糖を大量に加えた結果、うまいことまともな卵焼きが出来上がったらしい。
「いいじゃねェか、結果オーライってことでよォ」
ぽん、妙の肩に軽く手を置いて銀時は言った。
柄にもなく、妙は少し落ち込んでいるように見えた。料理が失敗するのはいつものことであるのに。
「でも姉上、どうして砂糖を入れようと思ったんですか?」
「なんとなくよ」
「そうですか」
では自分はひょっとして新作料理の実験台にされたのか。
新八は神楽によってとうの昔に空にされた弁当箱を風呂敷に包みなおしながら、がっくりと肩を落とした。
対して、食べ物を腹に入れたおかげで神楽は少し機嫌がいい。
「ほら、とっとと行くアル」
「わかってるよ……ほら、銀さん」
中身のない弁当箱の入った風呂敷包みを持って、新八は妙の横にいる銀時を呼んだ。
「ん? ああ、ぼちぼち行くとすっか」
「あれ、銀さんなににやにやしてるんですか? 気色悪いなぁ」
「なんでもねェよ。さァて、今日も元気に働くとすっかァ〜」
新八は知らなかった。
さっきこっそり耳打ちされた一言が、銀時の顔を緩ませている。




銀さん甘党だから、卵焼きも甘いほうが好きなのかと思って。




ルドモ