「何人の家で勝手にくつろいでるのよ」
障子を開けたら部屋の中に銀時が座っていた。
どこからどうやって入ったのか、おそらく新八あたりから鍵を拝借したのだろうが。
あの軟弱弟め、帰ってきたら根性叩き直してやる。
仁王立ちの妙を銀時は大して気にした様子もなくおうおかえりとだけ言って、腰を上げる様子もない。
仕方なしに妙はため息をひとつついて銀時のそばに座った。
「どうしたの」
「お前こそどうしたの」
訊ねたのはこちらなのに、訊き返された。
どうしたのって、ここは私の家なんだけれど。
銀時は至極真面目くさった顔をして妙を見ていたが、妙としては男のわけのわからない行動に少々困惑する。
しかしそれよりもなによりも今は一刻も早くやりたいことがあった妙は、銀時を問いただすことに早々に見切りをつけ、つきあってられないとばかりにさっさと立ち上がって別の部屋に行こうとした。
銀時はそんな妙の手首を掴んで引きとめると、あろうことかぱくりとその指を口に含んだ。
「ちょっ、銀さん!」
抗議の声も意に介さず、銀時は妙の人差し指をねぶると目を上げた。
「どうしたの」
もう一度問われて、ようやく妙も男の質問の意図を知る。
「……たいしたことじゃないわ」
でも、そう。ちょっといらいらするぐらいには、嫌なこと。
「さっきプチ修羅場っちゃって。ケーキ投げつけられたのよ」
お店の常連さんの、彼女だか妻だか知らないが、逆上していきなりだった。
浮気された女は男じゃなくてその浮気相手(別に客とスナックの従業員以上の関係ではないが)
を責めるっていうのは本当だったんだ、と妙は空になったケーキ箱を投げ捨てる女を冷たい目で見てしまった。
馬鹿馬鹿しい。逆恨みもいいところだ。
第一原因になった男は、店でしか話したことのない相手だし。
しかし男はいつ撮ったのか妙の写真を持っていたそうで、それを女は見つけ、これは誰かと思っていたところへ、ケーキ屋によって帰る途中、写真に写っていた女――妙をたまたま発見し、かっとなってしまったらしい。
武道の心得がある妙は反射神経もよく、とっさに腕で顔をかばったが飛び散った生クリームはあちこちを汚してくれた。
帰ってくる途中の襲撃だったので、家で落とそうと思って大雑把に軽くふき取るだけして。
だから、これから風呂場に行こうと思っていたのだが。
着物の袖に、両腕に、そして指先についたクリームがバニラの匂いを放っている。
銀時は物欲しげな顔で、腰を上げかけた妙を見上げてくる。
やれやれといった風情で妙は言った。まったく、子供なんだから。
「そんなに甘いものに飢えてるの?」
「定期的に食べないと耐えられない身体なんだよ」
「私は今からお湯を使おうと思ってたんですけど?」
「落とすのは勿体無いだろ」
剥き出しになった腕を銀時の舌が上ってくる。
妙は女の持っていたのが確か人気店のケーキの箱だったことをふと思い出す。
バニラビーンズの上品な甘ったるさに、今宵二人は酔うことにした。




ルドモ