どう声をかけたものか、カガリは迷った。
いつもの彼女なら、自分の感情のままに相手に接するのが普通なのだが、目の前の相手の雰囲気はそれをためらわせた。
オーブの復興のために、王女として駆けずり回って、空いた時間にようやく会うことの出来るたったひとりの弟は、今までの無理がとうとう祟ったか、彼女の目の前でベッドに臥していた。
たいていの病気にはかからず、頑強な肉体を持つコーディネイターである彼が倒れるなど、よほどのことだ。
カガリは気遣わしげな視線を、黙って横たわるキラに送った。
「……大丈夫か?」
結局出てきたのはそんな気のきかない言葉で、カガリは内心自分に毒づく。
「うん」
無理をしているとわかるキラが、そう言って微笑んで見せた。
熱の為に目は潤み、頬は紅潮し、その息は熱かった。
「ありがとう、カガリも……忙しいんでしょ? なのに、来てくれて……」
「ば、バカ。礼なんていらないんだ。当たり前のことしてるだけなんだから」
「でも……嬉しかったよ」
「姉として、弟の心配をしないわけないだろ」
常より大きな呼吸音に、苦しいのかとカガリは思う。
「私のことはいいから、もう寝ろ。そしてはやく治せ」
「……わかった」
キラが目を閉じたのを見届けてから、カガリはそっと部屋を出た。




部屋の中に人の気配がなくなってから、キラはかすかにうめいた。
夢の間に、濃い闇がひたひたと忍び寄ってくる。
それはいつも、炎の記憶だった。
鮮烈な赤。赤はキラにとって、彼女の色だ。
美しかった髪、唇、ルージュ、血と、そして炎。
キラはまるで大切な秘密ごとを話すときのように、そっとその名を呼んだ。






One more time,One more chance          







悲鳴を上げたのだと思う。
思う、というのは、その悲鳴が聞こえなかったからだ。
わかったのは喉の痛みと、肺から空気が出て行ったということだけ。
言い知れぬ予感に、とっさに耳に手を当てた。
何も聞こえない。
次に喉に手を当てた。
声を出そうと試みる。
音の震えが伝わってこない。
かすかに息の通るような感触があるだけだ。
そして、目は……確かに開けているというのに、何も映そうとはしなかった。
激しい恐慌状態に陥り、手探りで自分の身体を確かめなおしてみる。
顔、目も鼻も耳も口もちゃんとある。ただ、その機能を果たしていないだけで。
髪の毛は、以前より短く切られていた。
なにやら服を着せられているようだった。なんの服だろう。
おそらくは病院の患者の着ているような入院服なのだろうと思う。
あちこちに包帯も巻いてあるようだ。
いったいどうしたというのだろう。
疑問だらけだった。
傍らに人の気配がよりそい、こちらをうかがっているようだった。
あるいは話しかけているのかもしれない。
誰だろう。
声も聞こえない、姿も見えない、これではどうしようもなかった。
得体の知れぬものへの恐怖が背中を駆け上ってくる。
突然、誰かわからないその人物が、手に触れてきた。
それは条件反射のようなもので、何も考えられずに、手を振り払った。
彼(男の手だった)は一瞬驚いたようだったが、なだめるように背中を数度撫でた。
そうしているうちに、身体からすっと力が抜けた。
彼からは悪意が感じられなかった。大丈夫、きっとこの人は味方だ。
彼はおとなしくなった手をもう一度とると、その手のひらに指で何か書きはじめた。





モドル



ススム