キラと彼女について、カガリは多くを知らない。
ただ、特別な関係であったのだろうとは思う。
それは、親友であるアスラン、姉弟である自分、同志であるラクス、そのいずれとも違う、特別。
彼女がザフトの捕虜として救命ポッドに乗せられ、宇宙に投げ出されたことに気付いたそのときのあのキラの取り乱した様、常とは違うどこか狂気すら帯びた彼に、想いの深さを感じた。
同時に背筋が寒くなるような感覚も覚えたのだけれども。

キラと彼女の間に一体何があったのか、カガリは知らない。
一緒の部屋で夜を過ごしたのだという彼女の言葉を聞いたことはあっても、恋人という一言ではとうてい片付けられないような複雑な紆余曲折を経ている気がして、しかしそれを当人であるキラに詳しく聞くのもはばかられて、なんとなくそのまま触れることができずにいる。
彼女――フレイ・アルスターは、キラの目の前でザフト軍に殺されたのだという。
自分だったらどうだろう、とカガリは置き換えて考えてみることにした。
もし、アスランが、想いを交わしたあの後の出撃時、自分の目の前で撃たれていたなら。
間違いなく自分は今、笑えていないだろう。泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、守ることのできなかった自分を責めて(守ると言ったのに!)、それでも背負うものの大きさ故に前に進むことしか許されず……。
そんなのつらすぎる、と思った。
そうだ、つらくないわけがないのだ。
それなのにあの、なんでも我慢して溜めこんでしまう弟は、無理をして笑顔を作ろうとする。
ただ周りの人間に迷惑をかけまいと。
そういう弟の性質を、カガリは良く理解していた。アスランもきっとそうだろう。
だから今こうして、自分にキラの容態を聞いてくるのだ、忙しい仕事の合間を縫って。
渋面を作ったカガリに、アスランはどうしたのかと問う。
「……別に。いや、あいつは……キラはバカだ、と思って」
「ああ」
そう言えばアスランは納得したように首を少し動かした。
カガリは内心で、バカの称号をアスランにも進呈する。
カガリの言ったことは嘘ではなかったが、かといって全部が真実でもない。
言葉にされなかった部分を読みとってくれない恋人に対して、カガリは不機嫌の色をまた少し濃くした。
つまりは妬いているのだ。アスランのなかでは、やっぱりキラ>カガリなのかと。
アスランがカガリを大事にしてくれないわけではない。ただ、やはり不安にはなる。
だって――――アスランは今回、カガリに会うことよりもキラの様子を尋ねることに重きを置いているように感じるのだ。
そのことを口にすれば、ちゃんと彼は否定してくれるのだろうが。
だが今はそれをしない。
カガリもまたキラが心配なことに変わりはないのだから、結局はカガリだって人の事を言えないのだ。
そして、二人出てくる言葉はキラに関することばかり。
「やっぱり……かなりきつかったんだろうな。身体的にも、精神的にも」
「もともと戦いにはあまり向いてないうえに、つらすぎる出来事も重なって、とどめに……」

『僕が傷つけた、僕が守ってあげなくちゃいけないひと』を、守れずに死なせてしまったこと。

「責めてるんだと、思うか」
カガリはアスランに答えを求めた。何を、などと言うまでもない。
「それは……そうだろう。あいつは優しすぎるし、なにより全てを自分のせいだと思いこむところがある」
「私も同じ意見だ、だけど……最近のキラは、つらそうなのに、どこか幸せそうにも見えるんだ」
アスランは眉を上げた。
「どういう意味だ?」
「わからない、私にもよくわからないんだ……どう言っていいのか。ただ、キラは自分を責めることで、少しでも許してもらおうと思っている、というか……自分が苦しめば、罪滅ぼしになると信じている、とか……やっぱりうまく言えないな」
今のキラは危うい。ひびがあちこちにはしって壊れそうだ。
カガリがそう言うと、アスランは息を吐いて目を瞑った。
「今度、俺も直接会いに行ってみる」
「いいのか、仕事は」
「事情を話してラクスに頼めば、なんとかなると思う」
「……そうか」
「俺よりも、カガリだって仕事はあるんだろう? 無理はするなよ。ちゃんと休んでくれ」
心配だから、と――――。
再びふくれそうになったカガリの頬は、アスランの優しくいたわるようなセリフで落ちついた。




いつからだろう、つらいだけだった夢を見るのを、心待ちにするようになったのは。
己以外は誰もいない部屋の中、邪魔されることはないこのひとときを、キラは甘美なほどの痛みとともに迎えるのだ。
初めてこの夢を見たときは、身を引き裂かれるような思いで目覚めたというのに。
一筋の光が彼女の乗る船に向かって伸びていく。
それを追う自分。
一度は盾が間に合って、キラは確かに彼女の笑顔を――――キラが愛したあの笑顔を見たのだ。
だがそれも一瞬のことで、幸福に満たされた時間は爆炎にとって変わる。
彼女の命を奪う紅蓮の炎、色鮮やかな、決して褪せることのない記憶。
何度も何度も、繰り返すその罪の情景は、キラにとって拷問であるはずだった。
自分を許せるはずなんてない、キラは自分を責めつづけ……そしてある日、気付いてしまったのだ。
キラが自分を許さない限り、フレイはずっと自分のそばにありつづけるのだと。
自分は歪んでいるのだという思いはある。
しかしそれでも、キラはそう望むことを止められなかった。


もういない彼女に会えるのは、夢の中だけなのだから。



One more time,One more chance          






彼はジョージと名乗った。
たいして珍しくもない名前だけど、それでもすごい偶然だと思う。
どうして助けてくれたのかと問うと、彼は、妹に似ていたからだ、と手のひらに書いた。
戦争で死んだのだ、とも。
『君はかなりひどい火傷を負ったけれど、もう命に別状はないほど回復したのだ。
それでも完全にもとのとおりには治っていない。』
だから目も見えないし、耳も聞こえないし、喋ることもできないのね、と彼の手に伝え返すと、彼が寂しく笑ったような気がした。
もちろん、見えないのだけれど、なんとなくそんな気がしたのだ。
彼の手が離れた。
思わず心細そうな顔をしてしまったのだろうか、彼はそっと小さい子供にするように頭を撫でて、
『医者を呼んでくる』
ともう一度手を取って書いてから行ってしまった。
ではやはりここは病院かなにかなのだろう。
嘆息し、目を瞑る。
別にあけていてもとじていても、見えないことには変わりはないのだが、瞑ったほうがゆっくりと考えられる気がした。
彼とは似たものどうしなのだ、という思いがふと胸を掠めた。
父をなくした自分、妹をなくした彼。
求めるのは、その代わりとなるもの。
さっきまで気にならなかった痛みがうまれた。
その痛みが、否応無しに命を意識させる。


私は、生きているのだ。







モドル



ススム