＿＿＿＿＿＿＿＋臆病な恋の贖罪＋＿＿＿

何がそんなに楽しいのか、うきうきと先頭を行く火原に、微笑みながら香穂子の隣を歩く柚木。
ぼそりと香穂子の耳に届いたのは、その柚木の声だった。
火原には聞こえないが、香穂子にははっきりと聞こえるような大きさの声。
「バカ」
言われると思っていた香穂子はしおらしくうつむいた。
「わかってます……」
「火原に感謝するんだな、香穂子」
「はい。……柚木先輩にも」
「俺に？」
「はい」
「ふぅん……？　まぁいいけどな」
それ以上柚木は何も言わなかったので、香穂子は聞こえてくる火原の歌に耳を傾けていた。
手ごろな木陰に3人で腰を下ろす。
香穂子は柚木と火原の顔をちらりと見て、綺麗な光景だなあと思った。
回りもそう思うのだろう、主に女生徒からの突き刺さる視線をちくちく感じる。
それはこんな贅沢な環境にいる香穂子に対しての妬みや僻みなどの負の感情で、香穂子は少し居心地が悪くなった。
――――自分が場違いだということは、彼女たちに教えてもらうまでもなく自覚している。
「香穂ちゃんっ、どれがいい？」
「え、……あ」
火原の声で我に返る。
「そうですね、じゃあ……メロンパン、いただいていいですか」
「いいよ、ハイ」
「ありがとうございます」
差し出されたパンを受け取りながら香穂子は財布を取り出し、幾らですかと訊いた。
「え、いらないよ。今日はおれのおごり」
当たり前とばかりに火原が言うので、香穂子はびっくりした。
「だめですそんなの」
「いいの、おれがそうしたいんだから。貰ってよ」
「でも……」
「日野さん、ここは火原を立ててやってくれないかな？」
「柚木先輩まで」
「お、柚木いいこと言うね！　そうそう、おれを立てると思って、ね」
「えと、それじゃあ……ありがとうございます」
にこっと笑うと、火原の顔は不思議なほど赤くなった。
あれ、と香穂子は思ったが、斜め前の柚木は微笑みながら沈黙を守っている。
だから香穂子は――――気にしないことにした。
火原の赤くなった理由も、柚木が何も言わなかった理由も。
知りたくない、と思った。そして何より、知ってはいけないような気がした。それは香穂子にとって、禁忌の扉だった。
もそりとパンをちぎって口に運ぶ。
メロンパンは甘かったけれど、香穂子の心にはなにか苦い粉のようなものが微かに降って、底に溜まった。
二人の前では、平気なふりをしていたけれど。
「プール、何やったの？」
「一番最初なので、先生が好きに泳いでいいよって、かなり遊ばせてくれました」
「へぇー。気持ちよかった？　今日暑いもんね」
「はい。楽しかったですよ。焼けちゃいましたけど」
「でも日野さん、色が白いよね」
自分より綺麗な柚木に言われても、と内心は思ったが、この場には火原もいるのでそれは言えない。
「焼けても黒くなりにくいみたいです」
言いながら香穂子は腕を伸ばしてみせた。半袖からつきでたそれは細く、うっすら赤い色をしていた。
「じゃあ、赤くなっちゃう体質なのかな」
「そうですね。ひりひりして困るんですけど」
香穂子は肩をまくった。こちらも赤くなっている。
火原と柚木の視線が一点に集中しているのに気づかないで、香穂子は袖を戻した。
なんでもない顔を取り戻して柚木が言う。
「日焼けはつまり火傷と一緒だからね。きちんとケアをしてあげないと駄目だよ」
「そうなんですか？」
「知らなかった？」
「はい。どうりで痛いわけですね」
「ええっ、そんなに痛いの！？　だいじょぶ、香穂ちゃん！？」
「だいじょぶですよ、でも……ほら、プールって日焼け止め塗れないじゃないですか。水で落ちちゃうでしょ？　だから焼かれるままになっちゃうんですよね……」
「そっか……じゃあ誘うときは室内プールの方がいいかな……」
「え？」
「あ、な、なんでもない！　こっちの話！」
香穂子が首をかしげると、火原は慌ててぶんぶんと音がしそうなほど手を振った。
その横で柚木が「クルーザーは平気かな」などと考えていたことは、二人は知らない。



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