怖くて、考えないようにしていた。
箱の奥深く、深く深くにしまって、鍵をかけた。



_______+臆病な恋の贖罪+___




靴ずれが痛くて、集中できなくて、それでいらいらしてたんです。
そう香穂子は言った。
そんな言い訳が信じてもらえるかはわからなかったが、本当のことを話すのは嫌だった。
それに、香穂子の心はもうだいぶ、柚木と火原のおかげで癒されていた。
「そういや香穂ちゃん、生足……」
「ソックスはどうしたの?」
「サッカーボールを蹴った拍子に、恥ずかしながら爪先に穴が開いちゃったので、脱ぎました」
「サッカーボール?」
「えっと、土浦君が取ってくれーって言ったので、まかせとけって蹴ったら」
心の中で土浦に詫びながら香穂子はもっともらしい(と本人は思っているが、なかなか苦しい)理由をくっつける。
後で土浦君に口裏を合わせてもらえるように頼んでみよう、と今日の課題をひとつ増やして、香穂子は足元に視線をやった。
柚木と火原の視線も、つられるように香穂子の足に向けられる。
短いスカートから伸びた素足にローファー。そのミスマッチ。
痛々しい、と香穂子は思った。きっとかかとが赤くなっていることだろう。靴ずれが痛いのは本当のことだ。
ああ可哀想なわたしの足。
しかし香穂子は、ソックスを剥がされてむきだしになった、傷つけられた足を可哀相とは思っても、その持ち主である自分を可哀相とは思わない。
香穂子は自分を哀れまない。それをするのは、飽くまで個々のパーツに対してだけだ。
痛い、と叫んでいるのは香穂子の本質の部分じゃなくて、いうなれば器でしかないからだ。
けれどそんな香穂子も、男二人が自分の足をしきりに気にしているようなので、さすがに恥ずかしくなった。
やっぱりこの格好、おかしいしみっともないよね?
彼らもそう思うのだろうか。なんでもない風を装っているが、それでもちらちらと足を見ていることに、香穂子はちゃんと気づいている。
見苦しい、なんて感想を持たれていたりしたら嫌だなぁ、と香穂子が持っていたヴァイオリンを下ろすことでさりげなく足の前にかざすと、――彼らはぎくりとして目をそらした。
それはつまり、香穂子の意図を察したということで。
うわ、わかりやすかったかな、と頭を抱えたくなるも、一度起こしてしまった行動は戻せない。
香穂子の格好が見苦しい→見苦しい格好は気になる
→だが、面と向かってそう言うのは香穂子に悪い→だから気になっても言えない
→それなのに、香穂子は彼らの視線に気づいて足を隠した→結果、決定的に気まずい。
少年たち二人の行動について、そんな風に香穂子は誤解していたが、彼らにとってみれば、正しく理解されてしまうよりはその方がよかったかもしれない。
「もうすぐ下校時刻だね」
いち早く平静さを取り戻したのはさすがというかやはり柚木で、だてに普段から修行を積んでいないと香穂子は妙なところで感心してしまった。
柚木先輩、やっぱりすごい。
「良ければ送ってあげようか? その足ではお家まで歩くのつらいでしょう、日野さん」
柚木の後ろで、なぜだか火原が『げ』という顔をしている。
(白)柚木の申し出はありがたかったが、香穂子には今日寄るべきところがあるわけで。
「ごめんなさい、とても嬉しいんですけど、実はこの後用事があって……」
「用事?」
「え、と」
「僕が一緒に行っては不都合? そうでなければ送らせてもらえないかな」
「不都合……ではないんですけど」
香穂子の返事は煮え切らない。
実は香穂子は近所の百円ショップに行くつもりだった。
プールにいる間だけ使用する鍵だ、大仰なものでなくてもいいだろうと思って。
香穂子は、香穂子に付き合う柚木を想像する。
百円ショップと柚木。恐ろしく似合わない。……少し見てみたい気もするが。
なかなか答えない香穂子に、柚木は悲しそうにそっと目を伏せた。
彼の本性を知る香穂子でさえ、その表情をされると、まるで自分が悪いことをしているような気分になってしまう。
演技だとわかっていても、割り切れないものがある。香穂子は負けた。
「……じゃあ、ご厚意に甘えさせていただくことにします」
「そう、お役に立てて光栄だな」
満足そうな柚木に、いつか勝ってやる、と香穂子はリベンジを誓うのだった。




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