だからどうしてこんなことになってるんですか。 続・完全犯罪の譜面　：　中 午後からの私は、それはもう頑張った。 ここを乗り切って早くおうちに帰りたい、ただその一心でひたすら頑張った。 そういえば今日、お母さんたちが出かけて夜遅くなるから、留守番をまかされてたんだ。 お姉ちゃんは彼氏のところに泊まりに行くって言ってたっけ。 夕飯は適当に食べてねってことだったけど、家に帰ったらご飯も何もかもどうでもいいからとにかく寝たい。 ふかふかベッドにダイブする瞬間を夢見て、私は自分を励ました。 世界史だって耐えて、ちゃんと大航海時代という名の眠気の海を泳ぎきったし。 今思うと、それがいけなかったんだ。 世界史の先生にちょっと注意される危険性より(といっても、この授業は普段から寝てる人が結構いたりするんだけど)目の前にいるこの人のほうが那由多(10の60乗)倍は危険だもの。 あの時、素直に保健室にでも行って寝ておけば良かったのに。 絶望と恐怖で硬直している私は、ようやく念願のふかふかベッドの上だというのに、これっぽっちも嬉しくない。 ……夢だと言ってください神様。 「え……えー、と……。先輩……？」 ここは私の家。私の部屋。私のベッドの上。 制服を着たままの私。そして、制服を着てはいるけど上着は着てない先輩。 ベッドの上に寝ている私。その私の上に乗ってる先輩。 途中まではまともなのに、途中から理解不能。ううん、本当はわかってるよ、わかりたくないだけで。 いつかの光景が蘇る。あのときは時間制限があったし車の中だったからなんとか無事だったけど、今回は本当に誰もいない家の中で親は当分帰ってこないしお姉ちゃんお泊まりだしお兄ちゃん一人暮らしだし二人きりだし私の部屋だしベッドの上だし、……しかも気づいたらいきなりこんな状況に置かれてたんだよ！ 「こ、これは……いったい……？」 「覚えてないの？」 ええ覚えてません。だって寝てました。……そんな悲しい顔して、絶対心の中で笑ってるでしょ！？ 必死で何があったか思い出そうと試みる。 6時間目を終えた私は当然のごとくふらふらで、そんな疲労困憊の私を部活行く途中の土浦君が支えてくれて、おかげでなんとか階段を降りきった。 エントランスで元気いっぱいの火原先輩と会い、私は先輩をものすごく尊敬のまなざしで見て、先輩は私をものすごく心配していた。 正門のところで月森君に、今日は練習をせず帰るのかとなんだかひどくがっかりした顔で言われた。 妖精像の前で同じく眠そうな志水君と会話して、なごんだけどますます眠気を誘われた。 そこから先の記憶がおぼろ。 人間って思い出したくない記憶は忘れるように出来てるらしい。便利だよね。 冗談は置いておいて、きっとあまりの眠さで意識が朦朧としてたんだろうなあ。 ええとそれから。 手を引っ張られて、なんだか黒いシルエットに乗せられた気が……って先輩の家の車じゃない！ そうだ、それで私、ついに完璧に寝ちゃったんだ。 だって柚木家の車のシートって柔らかいからっ。 それに車の中でかかってたのがアルファ波出まくりのヒーリングミュージックだったからっ。 しかも先輩があやすみたいに優しく頭撫でたり背中ぽんぽん叩くからっ。 そのせいで私はあっけなく睡魔の手に落ちてしまったのだ。 家に着くまで、先輩の肩をお借りしてた気が……する……。 恐ろしい過去が走馬灯(人が死ぬ間際に見るという、アレ)のように蘇り、私はさぁっと青ざめた。 そう、それで先輩は私を半ば抱えるようにして玄関まで付き添ってくださって、私は半分寝ぼけた頭で鍵を出し、ついでに今日両親が遅いことを話してしまったんだった。 そのままリビングのソファで寝る勢いだった私を、先輩はご丁寧に二階の私の部屋まで手を引いて連れてきてくださったわけですね。 そしておまけにベッドに押し倒してくださった、と。 ……ベッドはぐっすり眠るところのはずだよね。 そのベッドに寝かせられて、逆にはっきり覚醒してしまうのは、絶対おかしいと思うんだけど。 私の顔色の変化を見て、先輩は満足げににっこりした。 「思いだしたみたいだね。じゃあもういいかな」 いいことなどなにひとつありません。 「そろそろ覚悟も出来ただろう」 全然まったくちっとも出来てません。 「人間、諦めが肝心だよ」 諦めたらそこで試合終了ですよ先輩。 「一応忠告しておくが、下手に抵抗すると痛いからやめておけ」 いいい痛いって痛いってなんでですかなにがですか。 「そう……いい子だ」 ひそっ、と囁かれて、思わず背中にぞくぞくっとしたものが走る。 不必要に耳元に低い声落とすのやめてください頼むから。 と願ったそばからそのまま耳を舐められた。声にならない悲鳴。 「―――――――――っ！！」 私は。 私はこれまで、最後の一線だけは死守してきました。 なんとしても流されまい、篭絡されまいと断固として拒み、ときには逃げ、なんとか無事にかわしてきました。 でも今、これ以上ないほどの最大級のピンチに陥っています。 過去の私に声を大にして言いたい。 柚木先輩の前で絶対に寝るな！！ ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― NEXT　　BACK