――――小鳥の歌を聴いていたんです。 そう言ったときに、香穂子はただ笑ってそっか、とだけ言った。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― 志水にとって、常に音楽とは自然とともにあるものだった。 自然とは、すなわち世界だ。この世に存在する全てのもの。 世界は音楽に満ちていた。 だから、音楽が人のためだけにあるとは、最初から思いもしなかった。 志水の中にはそんな選択肢は存在しないし、そしてそれが当然だった。疑問を抱いたこともない。 志水にとって小鳥の歌とは、自然の中にあるものだった。 決して、鳥籠の中で人のためだけに歌うものではなかった。 だから、柚木の音にあれ、と思ったのは、おそらくそのせいだ。 彼のフルートが作り出すのは、綺麗な音だ。観賞され、人を喜ばせる音。 だがそれだけだ。 大事なものが隠れていると思うのに、それを絶対に見せようとしない。 おそらく誰にも。 もったいない、と思った。 しかしその感想も、その後に聴く香穂子の音に耳を傾けている間に忘れてしまう。 そう、自然とともにあるのが音楽というなら、香穂子の音はまさしくそれだった。 優しく、温かく、時に冷たく牙を向き、静かに流れるかと思えば荒れ狂い、けれど穏やかで、また可愛らしく甘く鳴く。 いつまでも聴いていたいと思うような音色だった。その色彩が目に見えるようだ。 まるでそれが当然のように、志水は香穂子の音を探すようになった。香穂子の音に惹かれていた。 それほど彼女の音は魅力的だったのだ。少なくとも、志水にとっては。 それが彼女自身に対しても当てはまるようになったのは、いつごろからだっただろう? おそらく、そんなに時間はかからなかったような気がする。 彼女が柔らかな笑顔で自分に話しかけてくると嬉しくなった。 香穂子の音が好きだった。そのヴァイオリンを聴くのが好きだった。 香穂子が好きだった。 だった。 過去形なのは。 彼女の音が変わってしまったから。 違う。今も志水は香穂子が好きだ。けれど―――― (小鳥は、誰のために歌っているんだろうね?) (誰のためでもないですよ。きっと、歌いたいから歌うんです) ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― NEXT BACK |