初めて彼を見たとき、香穂子は彼を額面そのままに受け取った。 すなわち、優雅な学院の貴公子として。 しかし初めて彼と音を合わせたとき、香穂子は彼を、 身体の中に心臓を持たない人だと思った。 柚木梓馬という名の彼は、香穂子の音をひどく響かせてやまなかった。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― 魔法のヴァイオリンは香穂子を突き動かす。どうしようもない衝動を持ってくる。 香穂子は自分がこんなに音を求めていたなんて知らなかった。 ただ音がある。それだけで良かった。ここに音がある。 他に何がいるだろう? 香穂子は満足していた。 ヴァイオリンを構えると、音になる。旋律になる。曲になる。 香穂子は音楽になる。 音楽になって、風に溶ける。青い空に広がっていく。 目を閉じて香穂子はその中に没頭する。 もっと、もっと。 ヴァイオリンを弾いている香穂子の表情は、本人がそれと意識していなくとも、 恐ろしいほどの美しさで人を惹きつけた。 それは彼女がファータに――音楽に愛されている証なのだろう。 そしてそんな彼女を愛していたのは、音楽だけではなかったのだ。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― NEXT BACK |