初めて彼を見たとき、香穂子は彼を額面そのままに受け取った。
すなわち、優雅な学院の貴公子として。
しかし初めて彼と音を合わせたとき、香穂子は彼を、
身体の中に心臓を持たない人だと思った。
柚木梓馬という名の彼は、香穂子の音をひどく響かせてやまなかった。


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魔法のヴァイオリンは香穂子を突き動かす。どうしようもない衝動を持ってくる。
香穂子は自分がこんなに音を求めていたなんて知らなかった。
ただ音がある。それだけで良かった。ここに音がある。
他に何がいるだろう? 香穂子は満足していた。
ヴァイオリンを構えると、音になる。旋律になる。曲になる。
香穂子は音楽になる。
音楽になって、風に溶ける。青い空に広がっていく。
目を閉じて香穂子はその中に没頭する。
もっと、もっと。
ヴァイオリンを弾いている香穂子の表情は、本人がそれと意識していなくとも、
恐ろしいほどの美しさで人を惹きつけた。
それは彼女がファータに――音楽に愛されている証なのだろう。
そしてそんな彼女を愛していたのは、音楽だけではなかったのだ。


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