正門にいた柚木の耳に、下校時刻を知らせるアナウンスが飛び込んでくる。 夕暮れ時のこの場所を、柚木は気に入っていた。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― フルートを下ろすと、彼は『ヴァイオリンを無事に送り届けてやる』という約束をした香穂子を待つために、彼女が自分を見つけやすいところへと移動する。 香穂子の目が自分を探そうと、赤い光に染まった空気の間を彷徨う様を眺めるのが、柚木は好きだった。 考えて、嫌いではない、と言い直す。 誰に聴こえるわけでもないけれど、柚木の中ではその違いは重要なのだ。 お気に入りのおもちゃ、それ以上でも以下でもない。線引きは明確でないと駄目だ。 楽しく遊ぶのも、飽きたら捨てるのも、そして壊すのも自由。 せいぜい退屈させないでくれよ、と柚木は香穂子に要求する。 それは圧倒的優位に立っているのを自覚しているからこそできる遊びだった。 星奏学院における柚木は絶対王権を誇る強者だったが、香穂子はただの少女としての力しかその身に宿していなかった。 唯一の例外をあげるとするなら、ヴァイオリンを手にしたときだ。 そのときだけ、少女は王者の権力すら及ばない、不可侵の聖域になる。 そしてそれが柚木をいらつかせ、また困惑させるのだった。 なぜこんなちっぽけな肉体が、不釣合いとしか言いようのない大きな力を持っているのだろうと柚木は怪しみ、実際その疑いは正しかった。香穂子は魔法の力を借りていたのだから。 しかし、それだけではない、とも思った。 いわば偽りの力、贋物の音楽に、これほど多くの人間が簡単に騙されるはずがない。 そう思ったのは柚木だけではなかったようで、月森などは第2セレクションが終わった後少ししてだっただろうか、彼女を認めたような節があった。 柚木を慕う女生徒たちが挨拶の言葉をかけてくるのを、手馴れた気品ある微笑で見送ってやり、ちらりと腕の時計に目をやる。 6時を3分ほど過ぎたところだ。車はまだやってきていないが、待たされていい気分にはならない。 さて、どうやってお仕置きしてやろうか。 唇が三日月の形に歪んだとき、ヴァイオリンケースを提げた細い影が見えた。その横に、背の高い影も。 気をつけて帰れよ、と片手を上げる金澤に、香穂子がはい先生と返す。 ただそれだけの光景が、胸のうちをどす黒く染めていく。 自分と同じ、心に冷たい石を抱く金澤に対してだからこそ、沸きあがってきた感情だった。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― NEXT BACK |