香穂子の目が、柚木を見つけてぱっと華やぐ。
金澤は、西日に照らされて茜色に輝く香穂子を見送ると、校舎へと踵を返した。
息苦しさは消えない。依然として胸にわだかまっている。

――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪――

柚木が、評判どおりの礼儀正しい優等生、それだけではないことを金澤はうすうす感づいていた。
香穂子がヴァイオリンに弓を当てれば、ヴァイオリンは香穂子の感情に呼応するように鳴った。
柚木がフルートに唇を当てれば、フルートは柚木の表層にまた金を一刷けした。
柚木の音は、操るフルートのような純金ではなかった。丁寧に施されたメッキだ。
素人目にはそうとわからなくても、気づくものは気づく。金澤は気づいた一人だった。
香穂子の音は香穂子そのままだ。そして柚木の音楽は柚木そのままではない。
いや、ある意味では、そのままなのかもしれない。
本気にならない彼を如実にあらわしている、華やかな音。少し温かい、春の陽射しのような音。
それは意図して作り出したものであって、柚木の本質ではないと金澤は見抜いていた。そしておそらく香穂子も。
香穂子の音楽は香穂子を裏切らない。柚木の音楽は柚木を裏切る。裏切り続ける。
あるいは逆なのかもしれない。柚木が音楽を裏切っているのかもしれない。

――――では、金澤の音楽は?

今の自分は歌えるだろうか。
金澤は過去を手繰り寄せる。堂々たる、自信に満ち溢れていた歌声、ライトを浴びた己の姿。
そうだ、十数年前には、自分も彼らのように舞台に立っていた時があったのだ。
自分は価値ある純金だと思っていたのに、それが、ただのメッキだったのだと思い知って打ちのめされたかの地。
ささいなこと――だが、金澤自身には命がけだった恋――で下に隠れていた鉄を露呈するような、安物の細工だったのだと。
そして金澤は熱を失い、かわりに冷たい石を心に得て、帰国した。
だから柚木のことが他の連中よりはわかるのかもしれない。
金澤は白い煙を吐き出して、虚空を見た。
似ている――という評価を下されるのは、向こうにとっては不本意かもしれないが。
金澤は柚木に何かしら、自分と同様のにおいを嗅ぎ取っていた。
ぬるま湯の中でたゆたう金澤を揺り起こしたのは香穂子だとしたら、柚木もきっとそうなのだろう。
歌うことを忘れたオルゴールに新しい歌を教えた少女は、同時にそれに命をも吹き込んで、傍らで笑いながら同じ歌を奏でようとしてくれている。


――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪――


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