やっぱり勘違いだったのだ。香穂子も金澤も、各々勘違いをしていたのだ。 柚木が香穂子を避けるのは、もっと別の理由があった、それだけのことだ。 柚木には婚約者がいる。 彼はその相手に万が一にも誤解されては困るのだろう、だから自分に付きまとう香穂子を遠ざけようとしたのだ。 わかってしまえば、これほど納得のいく理由もない。 香穂子は、どうやって家まで帰ってきたのか、よく覚えていなかった。 ベッドに突っ伏して、枕に顔を押し付けて息を吐いた。 ……苦しいよ。 誰か、この空っぽの気持ちに息を吹き込んでください。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― 風が生ぬるく頬を撫でていく。 空は澄んで、陰翳の濃い雲がゆっくりと遠ざかっていく。 屋上にあるのは、今までと変わらないこんなに綺麗な景色なのに、香穂子の心は随分変わってしまった。 それでも最終セレクションは間近に迫っていた。時は香穂子に猶予を与えてはくれない。 香穂子は風見鶏を見て、階段を下りた。 今日は一段下で弾こう、このままここで弾いていたら、きっと飛んでいきたくなってしまうから。 絶対に叶わない夢を、それでも願ってしまうのは悲しいことだ。 金澤と話したことを思い出して、香穂子は無性に、早く大人になりたいと思った。 あの目線まで追いつきたい、と。 空っぽな心は、よく鳴る。音が中で響くからだろうか。より大きな音を内に抱いて、香穂子は途方にくれていた。 切なさよりもっともっとどうしようもないものを、持て余している。 昇華するためにヴァイオリンを弾いた。 香穂子も重い肉体を捨てて、皮膚という薄い殻を破って、音になって空に溶けてしまいたい、風にさらわれてしまいたい。 広がっていく音を、香穂子はうらやましいと思った。 ――♪―――――――――――――♪―――――――――――――♪―― NEXT　　BACK