日が落ち、宵闇が城内に入り込むころ、清正は宗茂の私室を訪れた。行灯の明かりが室内を照らす。宗茂は清正の姿に安堵の顔を見せた。それはいつも自信に満ちた宗茂にしては珍しい表情だった。
「来ないかと思った」
「なんでだ。お前が呼んだんだろう」
「そうだが……お前の気が変わるかもしれない」
「なんだそりゃ」
 部屋には酒肴が調えられており、清正は卓の前に宗茂と向かい合って腰を下ろした。
「まずは飲もう。話がしたい」
 宗茂の言葉に、清正は目を瞬いた。
「……お前、俺と寝たいんじゃないのか」
 今度は宗茂が驚いたようだった。
「違うのか? だったらすまん」
「いや……、……違うわけじゃない」
 美形が真顔になると案外怖いものなんだな、と清正は思う。
「しかし意外だな、お前の口からそんな直截な言葉を聞くとは」
「そうか? 衆道なんか珍しいことでもないだろ」
 言いつつも、清正は幾許かの居心地の悪さを感じていた。宗茂が信じられないといった眼差しでじっと見つめてくるからだろうか、何故だか後ろめたいような気にさせられる。お笑いだ、どうやらこの男は本気で清正をうぶな生娘かなにかのようだと思っていたらしい。
「そうかもしれないが。清正は色事に疎いような気がしていたからな」
「俺だってこの年だぞ、色々とあるさ。俺はむしろ、お前が俺に口づけたことのほうが意外だった」
「何故。それこそ何度も好きだと告げたと思うが」
「そんなもの、友人としての範疇だろう」
「お前には好きだ好きだと繰り返す友人がいるのか」
「……正則が、まあそんな感じだな」
「ふぅん。正則ね……姓はなんだ?」
「福島だ。って覚えてねえのかよ。こないだ一緒に戦ったばっかだろうが」
「覚えたさ。ただ忘れたんだ」
「お前なぁ……」
 呆れた声を出しつつ、清正は笑った。こうやって宗茂と他愛ない無駄話に興じるのは楽しい。くだらないことを言いあうのも、持論をぶつけるのも、一方的に聞く話だって悪くなかった。教養、柔軟さ、風のような自由な振る舞い、新しい見解、自分にはないものを持つ宗茂。彼との遣り取りはよい刺激になる。互いに高め合っていける、そんな関係が構築できると思った。だからこそ、宗茂の抱く望みが自分との親交を深めることではなく肉の交わりであったことに、清正は失望したのだ。宗茂も他の武将と同じだったのか。清正の中身ではなく、興味を持ったのは器だったのか。だがそれが普通なのだろう。清正が少し期待しすぎただけだ。
「飲まないのか? せっかくお前のために用意したのに」
「ああ……じゃあ、少しだけ」
 酔った相手を抱くのが好みなのだろうか。そう思いながら杯を傾ける。すっと喉に沁み込む酒は水のように滑らかだ。
「……美味いな」
 思わず素直な感想がこぼれた。
「だろう?」
 そこだけ行灯の火が明るくなったように、宗茂の表情が華やぐ。まるで子どものような無邪気な笑みは清正を面食らわせた。どうも調子が狂う。しばらくせがまれるままに秀吉の話やねねの話、三成や正則の話をしながら杯を重ねた。
「豊臣のことになると、お前は饒舌になるんだな」
「……豊臣は俺の家だ。豊臣のために働くことが俺の全てだからな」
「お前のそういうところも俺は好きだが、余り真っ直ぐ過ぎると折れるぞ」
「っ、」
 空気にねとりと蜜が混ぜられたように、甘く重たくなる。宗茂は恥じることも臆することもなく好意をぶつけてくる。色を含んだ宗茂の目は、清正が欲しいと言っている。
 清正は考える。立花は強い。豊臣の今後にとって重要かつ必要な駒となるだろう。他家との繋がりはなにも婚姻による盟約に限らない。主従の絆を深めるために男同士で契りを結ぶのは珍しくもなく、つまり身体の結びつきは時として血よりも濃い繋がり――――情を生むということだ。それはすなわち、交合が取引の材料となり得る場合もあるということを意味する。己を差し出すことで、立花と豊臣の結びつきをより強固なものにできるのならば、何を躊躇うことがあろう。
「いいぜ。欲しいならくれてやる」
 こんなことは清正にとってさしたる問題ではない。肉体が蹂躙されようがなんだ。所詮ただの器にすぎない。それよりも豊臣のためにこの身を役立てられることが嬉しい。ただ、親友になれるかもしれなかった男を失うのは、少し淋しかった。