突然ですがピンチです。
 これほどの異常事態にはなかなかお目にかかれないんじゃないかと思うくらいの異常が俺の身に降りかかっているわけだが、さて、この危機をうまく乗り越えるためにはどうしたらいいんだろうね。
 俺にはいい解決法がさっぱり浮かばないんで、すまないが誰かお知恵を貸していただけないだろうか。
 問題。
 ――――寝ている狼の目の前に立たされた羊が、狼を起こさず無事に逃げる方法を答えよ。
「……っ」
 俺はもう息を吸うのでさえおっかなびっくりだ。
 この静かな呼吸、二時間サスペンスで一番最初に殺された死体の役ができそうだぜ。
 まったく、爽やかな朝の目覚めを迎えるはずが、なんでこんなことになったんだかな。
 遠い目をしようにも、すやすや微かな寝息を立てる古泉の胸板しか見えない。
 互いの身体が向き合うように、古泉の腕の中にすっぽりと抱きしめられている状態だ。
 いや、別にそれ自体に文句があるわけじゃない。そんなん今更だし。
 絡みつく腕や体温はむしろ気持ちよくて安心でき……いやなんでもない気にするな、今はまったく関係ない、どうでもいいことだから。
 腕が重いとかちょっと苦しいとかそういうのも、瑣末なことに過ぎない。
 問題は別のところにあるのだ。
 すなわち、なぜか俺の身体が変化している、男から女に性転換を遂げているという事実に。
 夢だと思ったさ。思いたかったさ!
 だがしかし、目覚めてすぐにわかってしまった違和感は、夢で片付けるには強烈過ぎて無理だった。まさに『わかってしまったのだからしょうがない』。
 やけにでかく見える古泉の身体、対してやけに縮んだ気のする自分の身体。
 古泉を起こさないように慎重に、おそるおそる胸に手を当てれば、あるはずのない柔らかい感触、そして下は――――……みなまで言わせないでくれ。
 幸い古泉はぐっすり眠っているようなので、まだ気づかれてはいないが、やつが起きる前にベッドから抜け出し姿を眩ませなければ、確実にまずいことになる。
 しかし抱きしめられた腕を解こうものなら、切れ長の目が開くことは必至。
 このままこいつが起きるのをおとなしく待っていたくはないのだが、だからといって何ができるかというと、せめてやつを刺激しないように少しでも息を詰めておとなしく待っているという、結局おとなしく待ってんのかよという……。
 正に進退窮まる八方ふさがりである。溜息ひとつもつけやしない。仕方がないので胸のうちで嘆息するにとどまった。
 ひとまず、身体を動かせないならせめてもの代わりに脳を働かせることに決め、現在の状況を整理することにしよう。
 だからそもそもなんでこんなことになってるんだよ。やっぱハルヒか。ハルヒだろうな。ハルヒしかおるまい。よし、原因はハルヒ。決定。
 しかしなにもこんな、古泉の家に泊まった日にピンポイントで不思議パワーを発動させなくてもいいじゃないか。
 しかもこんな、ベッドの上で、古泉の腕の中で、朝を迎えようとするタイミングでなくてもいいじゃないか。
 だって裸なんだぞ! 今明かされる衝撃の事実!
 昨夜、ことが終わった後あまりに疲れていたために服を着るのも億劫で、下着すらつけないで寝たんだ。
 そんな格好の女が、男と一緒にベッドに寝ているなんざ、どうぞ召し上がれと言っているようなものだ。もうこれはピンチ以外の何物でもない。
 だから誰か、さっきの問題の答えを一刻も早く教えてくれ。
 どうか時間切れになる前に頼むよ、お願いだ。