あなたはもう少しご自分の価値について考えたほうが良いですよ。謙遜なのか、単に自己評価が低いのか……とにかくあなたはあなたが思っている以上に、重要な人間なのですから。
 いつだったかそんなことを、妙に癇に障る笑顔を常日頃貼り付けている男に言われたのだ。そいつはその日に限って笑顔のムカつき度を八割減くらいにして、やけに忠告めいた言葉を繰り返した。
 重要なんです、涼宮さんにとっても、世界にとっても、僕……。
 そこで古泉は一度言葉を切り、せっかく減っていたムカつき度をいつものパーセンテージに戻してから続けた。

――――僕たち、長門さんや朝比奈さんのような観測者にとってもね。

 それを聞きながら、俺はどんな顔をしていたのかな。
 正面に座る古泉の目の中でもじっと見ていればわかったかもしれないが、俺はそのとき、視線を外すことを選んだ。
 なぜなら俺はムカつく笑顔にムカついて、ムカつき度を元に戻したことにもムカついて、そんなことにムカつきを覚える自分自身にもムカついて、とにかくムカつきだしていたからだ。
 不機嫌による沈黙。
 どうせ俺の価値なんてもんは、俺単品だとたいしたことはなく、ハルヒの付属品としてみた場合の底上げが凄いだけなんじゃないのか。ハンバーガー一個とバリューセットくらいには違うだろう。
 眉間にしわを寄せて押し黙っている間に、そんな卑屈っぽいことまで考えるほどの時間が過ぎ、やがて口を開いたのは古泉のほうだった。
「信じてもらえませんか」
 ああそうだ、お前は嘘つきだからな。
「ひどいですね」
 そう思うんならその薄っぺらい笑顔をやめたらどうだ?
「どうしてです?」
 俺がお前に嘘をつかれていると感じる最たる部分だからだよ。
「なるほど」
 だが、俺が何を言ったところでこいつが態度を改めるわけもない。
 相変わらず笑顔はぴったりと貼り付いたままで、罅割れもしない。
 古泉が俺の前で素顔を見せるときは来るのだろうか。少し見てみたい、と思った。
 古泉の目の中に何が映っているのかを確かめないまま、我らが団長が部室の扉を開け放ち、そこで俺たちの話は終わった。

 あのとき俺は、どうすべきだったんだろうか。
 もし、ハルヒが来るのがもう少し遅かったなら。
 もし、古泉が「僕」から先を言い直さなかったら。
 もし、俺が古泉の目を見ていたら、その目に俺がどう映っていたのか知っていたら。


――――違う未来があったのだろうか。

 俺は未来から来たというよりは天上からつかわされた天使のように愛らしい朝比奈さんの顔を思い浮かべた。
 それから長門、この場にお前がいないのを、俺は悲しむべきだろうか、それとも喜ぶべきなのか?
 ハルヒ。不思議と、ハルヒを恨む気持ちはわいてこなかった。ハルヒが悪いわけじゃない。
 強いて言うなら……そう、運が悪かったのだ。
 ああ、古泉の忠告を重く受け止めていなかった俺も悪いかな。
 見たことのない空間に俺はいた。見たことはないが経験したことはある、朝倉涼子に殺されそうになったときだ。
 つまり俺は、今まさに実験台にされようとしている。
 朝倉と同じではあるが長門とは決定的に違うもの、つまり急進派のインターフェースによって。
 俺をこの空間に閉じ込め、無様に這いつくばる様を見下ろしながらにこにこと笑っている少女。
 ファンタジー小説の挿絵で見たホムンクルスを想起させる、いまいち生気の感じ取れない何人もの男たち。
 その男たちの手によって床に押さえつけられている俺。
 ピンで留められた蝶、まな板の鯉、あるいは解剖器具の上の蛙のように。

 それから。

 少し離れた場所で俺と同じように拘束され、呆然と俺を見ている古泉がいた。
 なぜ少女が古泉まで実験室に招待したのかは知らないが、どうせ俺にとってはろくでもない理由であることはガスバーナーの火を見るより明らかだ。
 吐き気がするのは口の中に広がる血の味のせいだけではないだろう。
 顔を歪め、歪めたせいで刺激された傷の痛みにまた、顔を歪める。
 呻き声を上げればその僅かな振動すら痛みに直結する。どこを動かしても、今の俺は痛覚の塊だった。
 けれどそれでも、動かないではいられない。がむしゃらにもがき、なんとか起き上がろうとし、抵抗の言葉を吐き続けた。
「くっそ……、やめろっ、離せよっ! 離せ!!」
 男たちの手は異様に強く、渾身の力をこめた抵抗でもびくともしなかった。
 やたらとごつごつして硬い手のひらから伸びる太い腕が何本あるかなんて数えたくもないね。
 そのうちのひとつが俺の頬を容赦なく殴打した。いや、容赦されたのかもしれない。
 本気で殴られていたら、俺はきっと気を失っていただろうから。
 やはりこいつらも人間じゃないんだろうな。
 仲間のインターフェースか、それとも少女が作った人形か、いや、操られた強化人間とかいうオチもあるか?
 まあどれにしたって俺がこれからされることに代わりはない。
 殺されたほうがましだったなんて言うつもりはさらさらないが、同じくらい不快な行為ではあることは確実だと思う。


 抵抗もむなしく、俺の制服は無慈悲に剥がされていった。
 顔をひねろうとした瞬間、頭に手が置かれたかと思うと、そのまま床に叩きつけられる。
 右耳がぐわんぐわんと鳴る。
「っ……!! う、あ」
 叩きつけられた側の頬を下にした俺の視線の先には必死に何かを叫んでいるらしい古泉がいたが、耳鳴りがひどくてよく聞き取れなかった。
 代わりにガムテープを裂くのに似た布の裂ける音が、衝撃とともに何度も繰り返し繰り返し、やがて終わった。
 ボタンはずしゃいいじゃねぇか、なんでわざわざ破くかね? まあ集団レイプ犯に常識を求めたところで意味はないんだろうがな。
 古泉はまだ叫び続けている。
 馬鹿だなお前、喉が嗄れちまうぞ。
 それは、いつも無駄に甘い声で話す古泉らしくもない、余裕のない声だった。
 俺はつかの間、抵抗も忘れて古泉を見つめ返した。
 古泉はなんとか拘束から逃れようとしているようだが、閉鎖空間の中以外での古泉はなんの力も持たない普通の高校生で、すなわち俺と同程度の抵抗しかできないということだ。振りほどくのは無理だろう。
 そして男の一人が、古泉の後頭部を殴り倒すのが見えた。
「古泉!」
 悲鳴じみた声を上げ、とっさに彼へ伸ばそうとする俺の手を、無骨な腕が阻む。
 不自然な負荷にぎしぎしと筋肉がきしむ。
「くっ」
 かふ、と息が無理やり肺から押し出されていく。皮膚に直接触れる指の冷たさにぞっとした。
 血が通っているのかも疑わしい、温度のない手が、遠慮など一切せず俺の身体をまさぐっている。
「さ、触るな! 待て、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめ」
 背中を撫で上げる手に肌が粟立つ。思考が嫌悪に塗りつぶされ、次いで恐怖がやってくる。
 仰向けにされ、さっき古泉を殴っていた男に、頭の上で両手を押さえつけられた。古泉、古泉は……。
 別の男が俺の足をさすり、俺が抵抗したときに爪が掠ったのか頬に赤いひっかき傷のある男が胸に唇を押し当ててくる。
「嫌だ、いやだやめろ! やめっ」
 死に物狂い、とはこういうことを言うのだろうか。
 それこそ俺は狂ったように暴れたが、男たちの腕が緩むことはなく、俺の身体には新しい傷が増えるだけだった。
 我が物顔で這い回る舌と指が、傷とは違う痕を残したりもした。
「いやだあっ、離せ、離せよっ、殺してやる!」
 切れた口の端から流れる血にも構わず叫ぶと、顎をぐっと掴まれた。
 それとは異なる手が首にかかり、俺は反射的に青褪めた。
「殺しちゃダメだよ」
 場違いなほど可愛らしい声が聞こえた。この空間の絶対的な主人である少女のものだった。
「殺しちゃったら意味がないんだからね」
 少女の制止によって首にかけられていた手はどこかに行ったが、顎を固定する手は外れずにそのままだ。
 俺は叫ぼうとした。けれど唇をふさがれてそれは叶わなかった。
 ひっかき傷の男が俺に口付けていた。
 上から唾液が流れ込んでくる。気色悪い、気色悪い気色悪い!
「ん……!!」
 顔を振って逃れようと試みたが、ぴくりとも動かせない。
 口の中をかき回す舌は、俺の舌を引っ張り出し、卑猥な音をさせながら絡めた。
 ぐちゅぐちゅと脳髄まで犯すように、ああいっそ狂えたらいいかもしれない。
 俺一人だったならそれもありだったかもな。
「ふ」
 俺は床に爪を立て、思い切り上下の歯を噛み合わせた。確かな感触。
 一瞬口の中に血の味が広がって、ざまあみろ、と一矢報いた気でいた。
 甘かったのだ。男は何事もなかったように俺へのキスを続行する。
「っ!? ん――――」
 寒気ではない別の感覚が、ぞくりと俺の身体を走り抜けた。
 ぐちゅぐちゅが更に大きくなる。
 視界が塞がっているからどいつかはわからないが、誰かの舌が俺の耳の中にねじ込まれている。
 耳の穴を直接舐められている!
「ん、ん、ぅ」
 くぐもった声が断続的にこぼれ、行き場をなくして俺の中に熱として溜まっていく。
 違う、嬌声なんかじゃない。絶対に違う。


 鉄錆のにおいと、男の汗のにおいと、考えるのも嫌なもののにおいが充満する。
 それらが俺の嗅覚を支配し肺を侵し、身体の内側からどろりと溶かしていった。
 奇妙な、今まで味わったこともないような感覚だった。
「……っふ」
 ふざけるな。ふざけるなよ。屈してたまるか。諦めの悪さには定評が――――全くないが。
「離せよチクショウ」
 傷男の顔が離れた一瞬の隙をついて、少女のほうを向き睨みあげた。
「へえ、まだそんな目ができるんだ。すごいね。さすが、と言うべきかな? 彼女に興味を抱かせるだけのことはある。本当に興味深い」
 少女は傷男を制止すると、舌なめずりするように言った。
 どちらかといえば幼い外見に似合わない、大人の女が持ち得るような妖艶さだった。
「どこまで耐えられるか見物」
 くすくすと空間を震わす声は、可愛らしさに反して随分と冷酷だ。
 楽しんでいる。実験動物を嬲るのを。趣味が悪いにも程があるだろ。
 ここまでのやつにはついぞお目にかかったことがないぞ。
 こんなやつに評価されたってちっとも嬉しくねえ。
 俺のそばにいるのが長門や朝比奈さんや古泉で良かったと心底感謝した。
 古泉にちらりと視線をやると、背中の後ろで腕を捩じりあげられ、その綺麗な顔を床に押し付けられていた。
 苦痛に呻いてはいるが、特に目立った外傷がないことに安堵する。
 意識もしっかりしているようだ。良かった。
「……っ」
 俺は別に、お前に助けてもらおうなんて思っちゃいない。
 こいつらの目的は俺なんだ。
 お前まで無駄に殴られる必要はないだろう?
 だから大人しく見てろ。

 ……いや、顔を背けてくれるとありがたいかな。
 あまり網膜に焼き付けてもらいたくはない光景だから。


 手首への戒めは激痛を伴う。痛みに声とも息ともつかない音が漏れる。
「っ、う!」
 反響する少女の笑い声を合図に、俺への行為は再開された。しかもさっきよりエスカレートしてやがる。
 男たちが俺をいたぶりながらそれぞれに下卑た笑いを浮かべ、好き勝手なことをほざきだしたのだ。
「ははっ、こいつマゾなんじゃないのか」
「素質あるぞ、お前。たっぷり楽しもうな」
「涎たらしちゃって、かーわいーねー。そんなに良かった?」
 これまでずっと無言だったから、喋れないのかと思っていたのに。最悪だ。
 屈辱で脳が臨界点を突破しそうだっつうんだよ。殺せるものなら殺してやりたい。一人残らず。
「変態どもめ……!」
 自分の中にある憎しみをありったけかき集めて吐き捨てる。
 男たちは堪えた様子もなく、更に笑みを深くしただけだった。
 3、4……5人はいるな。ますますもって最悪だ。
「逃げて、逃げてくださいっ、うあっ!」
 いつもより掠れた声は、パン、と頬を張る音によって途切れた。
「う……」
 やつらは二人がかりで古泉の脇を抱え、ボロ雑巾のような姿を晒す俺の全身が見通せる位置にまで連れてくると、頬をぺちぺち叩いて前を向かせた。
 なあ古泉、なんで俺たちはこんな目にあっているんだろうな。
 古泉の声が聞きたかった。
 けれども彼にそれを望むのは、同時に彼の殴られる回数が増えることも意味していたから、俺は呼びそうになった彼の名前を噛み殺した。何度味わったかわからない血の味がした。
 哄笑、嘲笑、折り重なる男の声が鼓膜を突き破らんばかりに響き渡る。
 傷男が俺の唇ぎりぎりまで口を近づけ、古泉を横目で眺めながら言った。
「そっちのボク、ちゃんと見てなよ? 興奮しちゃっておっ勃てても、混ぜてはやれないけどな」
 ああ。耳が腐る。

 他人の舌が自分の口の中にあるのがたまらなく気持ちが悪い。
 息継ぎさえ自由にさせてもらえずに、満足な酸素が行き渡らない頭はぼんやりとしてくる。
 やがて俺は口腔の全てを相手に明け渡してしまった。
 吐き出すはずの唾液は舌を伝い奥に落ちて、むせそうになりながら懸命に喉を鳴らす度、汚されていく気がした。
「ふ、ぁ」
 弱弱しい声。本当に俺の声か? 情けないにも程がある。さっきまでの勢いはどうしたんだよ。
 くちゅ、とかぴちゃぴちゃだとかぐちゃぐちゃだとか、俺の身体中からうるさいくらいに響く水音は、本当に俺が立てている音なのか?
 俺から理性を根こそぎ奪おうとするかのように責め立てる大合唱。不快極まりない。
 胸の突起を摘ままれ、ひねられ、押し込まれる。親指がぐにぐにと無遠慮にそこを潰す。
「……ん……」
 ほとんど痛みしかなかったが、たまにくすぐるように優しく掠めていく指があって、俺は鼻から空気を吐き出した。
「ん! ぐぅ」
 誰かが皮膚に歯を突き刺しやがった。
 キスの最中に大きくびくりと反応した俺が面白かったのか、傷男が「もっとやれよ」と仲間に振り返る。
「ん、んんぅ、――――っ!」
 そしてまた誰かがぬるぬるした何かを俺の太ももにこすりつける。なんだ? 俺は今何をされて。
 俺からは見えない全て、古泉には見えるのだろうか。
 ぬるぬるを塗りたくられているような動きしかわからない。わからないということが恐怖を倍増させる。
 せりあがる感情に、めちゃくちゃに首を振った。即座に喉をぐっと押さえ込まれる。
「あうっ、く」
「活きがいいね」
 水槽から取り出された魚を見たときのような感想を述べて、傷男は今しがた自分が押さえた喉の窪みを吸い上げた。
「痛っ」
 身体が跳ねた。その拍子に太ももに当たった何かから生温かい粘液が降り注ぐ。
 筆舌に尽くしがたいおぞましさだった。

「あーあ、汚れちゃって」
 黙れ、声が耳障りなんだよ。
「別にいいじゃん。これからもっともっと汚れるんだし」
 ぬるり。嘲りながら、飛び散った粘液をわざとらしく広げる手のひらがあった。
 俺はぞくぞくと背筋を震わせた。
「ひっ」
 その液体の正体がなんなのかわからないほど俺は無知ではないが、認めることはできかねた。
 男にぶっかけられるなんて信じられない。
 目の前が一瞬真っ暗になるくらいには衝撃だった。悪夢だ。
 いっそ本当になにもかもが夢であればいいのに。こんなに現実感がないのに、どうして現実なんだろう。
「それもそうだな。んじゃオレ、顔にぶちまけたい」
「じゃ、俺は腹な」
 ふざけたこと言ってんじゃねぇよ! 俺は怒りで血管が切れるかと思った。
 こいつらは人をなんだと思ってやがる。
「や、め」
 苦しい。ふっ、ふっ、と切れ切れの息を胸でする。
 呼吸に合わせて小さく上下する薄い胸を、傷男が舐める。
 開いた口は別のツンツン頭の男が突っ込んだ指のせいで閉じることもままならず、唾液が流れっぱなしになる。
「ん」
 口の横を伝い、顎まで滴り落ちたそれを、ねっとりとナメクジのような舌が舐め取った。
 手のひらが移動していく。円を描くようにゆっくり肌の上をすべる。
 腹筋を撫で、へその下をくすぐる。
 俺の身体は勝手に跳ねる。そして男どもはまた喜ぶ。
「う、ん、あ、……ぁ」
 もういい加減その笑い声も聞き飽きてるんだがな。
 俺の反応の何がそんなに面白いって言うんだ。
「!」
 ひやりとした指が、そこに絡む。
 今までわざと避けているのかと思うほどに触れられていなかった部分だった。
 ほとんど勃ち上がっていない性器を、軽くしごかれる。
 ずっと痛みばかりを与えられていた身体は、ようやく差し出された快楽にみっともなくしがみついた。
 嫌だ、感じたくなんかないのに。こんなやつらの手で導かれたくなんかないのに。
 ひゅう、と喉が鳴る。
 俺の身体なんだから、俺の言うことだけ聞けばいいんだ。なのに、俺の意思を裏切って勝手に反応する。
 悔しさやもどかしさがない交ぜになって目じりに涙が浮かんでくる。
「ひっ……嫌だ、いやだっ……」
 俺の唾液をすすった舌が、今度は涙を吸い取る。
「あーああ、泣いちゃった」
「お前が泣かしたんだろ」
 傷男の揶揄に、下腹部のほうでははっ、と短い笑い声が上がる。
「こんなことで泣いてるようじゃ、終わるころにはぶっ壊れるかもよ」
「おい、こっちも泣いてるぜ」
 ……こっち?
「言っただろ、お前は混ぜてやらないって。なのになんでそんなになっちゃってんの?」
 その言葉の意味を全部理解する前に、俺はのろのろと眼球だけ動かして古泉を見た。
 目が合った、と俺が思った刹那彼の顔によぎったものがなんなのか、うまい形容詞を知らない。
 それははっきりとした形を掴む前に消え、
「こ、いずみ」
 俺はとうとう名前を呼んでしまった。
 応えるように相手の唇が動いてひきつった。そして、痛そうに顔をしかめた。
 赤くなった頬を涙が滑り落ちていく。
 お前、何回殴られたんだよ。せっかくの男前が台無しじゃないか。
 やばい、また涙腺が緩む。
「!? ぐぁっ!!」
 腹に強烈な一撃が来た。
 蹴られたのだと悟り、痛みに身体を折り曲げようとしたが、押さえつけられているのでのた打ち回ることもできずにひたすら咳き込んだ。
「げほげほっ、っ、ふ、っは、ごほっ」
 やがて咳が収まると、ツンツン男が俺の髪の毛を引っつかんだ。
「うぁ」
「しゃぶってくれないかな」
 こいつは何を言って。
「涙でぐしょぐしょの顔にかけてあげるからさ」
 冗談じゃ――――ない!
 しゃぶらせようとしてみろ、絶対に噛み千切ってやる。
 反抗の意思をこめて睨み付けるが、その間も下肢に絡む手や足の指を包む舌のせいで息が上がり、いまいち迫力に欠ける顔しか作れなかった。
「歯を立てたら、一回ごとに代償をお友達に払ってもらうことにするってのはどう?」
 その言葉の威力は絶大だった。
 劇的なまでにざぁっと血の気が引き、俺は。古泉、古泉、古泉、古泉……。
 黙って口を開いた俺に、ツンツン男は満足そうに唇を吊り上げた。
 ファスナーから取り出された男のものを、えづきそうになるのを堪えきって含んだ。
「ちゃんと舌使えよ」
 今すぐにでも吐き出したい。なのに俺は男の言うとおりに舌を伸ばす。
 なるべく違う味の事を思い出そうとする。そう、例えば部活帰りに食べたダブルのコーンアイス。
 穏やかで当たり前すぎた日常のひとコマのことを。
 だから、下腹部から聴こえる音に意識を向けてはいけない。