荒い息を吐いて、なんとか呼吸を整えようとする。
 本当は腕をついているのもつらい。残された体力は僅かだ。上半身を突っ伏してしまいたい。
 指が抜かれた。次に訪れる衝撃を予想して俺は両手を握り締めた。
 だが思っていたような事態はどれだけ待ってもやってこず、傷男は俺の背中に覆いかぶさってきただけだった。
 俺の背中とやつの腹がぴったりとくっつく。そこから発酵するような生温い体温。
「……?」
 さっきは早くしろと急かしていたくせに、身体を密着させたまま一向に動こうとしない。
 俺は彼の意図を計りかねた。
 やがて、傷男の囁きが耳に触れた。
「ほら……見てみろよ。お前のお友達の顔」
「え……」
 怪訝に思いながらも、言われたとおりにする。まさかまた何か。
 古泉は相変わらず拘束されていた。
 変わったところなんて、特には――――いや、いつの間にか叫び声が止んでいる。
「よぉく見ろ」
 甘い毒の滲みこんだ声音が、耳元の産毛をくすぐる。
 俺はまたひとつの事実に気づいた。
 今の俺と同じように、古泉もツンツン男に何か囁かれている。
 あれは、何を言ってるんだ……?
「事実を指摘してやってるのさ」
「じじつ……?」
 思考がまとまらないせいで鸚鵡返しになる。
 傷男は俺の耳たぶを歯で挟んだ。
「っ」
「気づかないのか? あいつは欲情してるんだよ」
 胸に回した手で乳首を触りながら言われ、俺の身体に微弱な電流が流れる。
 あいつ、って、まさか古泉が?
「お前が嬲られるのを見て勃ってるってことだ。随分友達甲斐ないと思わないか」
 そんなはずは。
 俺は愕然として古泉を見つめた。
 ツンツン男に対して弱弱しく首を横に振る、真っ赤な頬で涙目の古泉を。
「可哀想にな、本当は自分がこう――――」
「ひぁっ」
 耳に吐息を吹き込まれ、肩がぴくんと跳ねる。
「したいんだろうに」
 そんな、はずは。
「犯されるところ、たっぷり見てもらえ」
 くくく、と最悪に意地悪な笑い方をして、傷男は身体を離す。
 否定するはずだった俺の言葉は空気中に放り出されることはなく宙ぶらりんのまま、
 俺は身構えることも忘れて、古泉の膝と床とが接触する部分を見ていた。
 尻を高く持ち上げられる。
 とうとう俺の両手は崩れ、上半身を伏せたまま、尻だけを突き出すあられもないポーズをとらされた。
 俺が今死んだら、その死因は恥ずかしさだ。
 排泄器官に男性器が押し当てられる感触があった。
 はたから見たらさぞシュールな光景だろうよ。少なくとも俺なら眉を顰めるか苦笑するね。
「ぎっ――――」
 だが今は当事者である俺は、思い切り歯を食いしばった。
 絶叫しなかった自分を誉めてやりたい。
 代わりに古泉の絶叫が聞こえた気もするが。
 きぃん、と耳鳴りがうるさい。頭が煮えている。
 俺の身体に対して明らかに規格外のものが、みちみち、ぎちぎち、狭い場所を無理やりこじ開けて入ってこようとする。
「――――――!」
 力をこめすぎた両手が床の上に定まらず震える。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイいたい!
 痛い。痛いなんてもんじゃない。意識が吹っ飛んでそのまま持っていかれそうなレベルだ。
 当然だろう、女と違って潤滑液になるものがなにもないんだ。
 しかも本来ならそういう用途には用いられない場所であり。
 俺はまぬけな鯉みたいに口を開きっぱなしにしていた。
「……おい、息、吐け」
 無理だ、今動いたら死ぬ。内臓破裂する。
「なんでもいい、声出せ」
 勇気を振り絞って出たのは高音の「あ」、それだけだった。
 舌打ちが聞こえたと思ったら、俺は痛みに萎えていたペニスを握りこまれていた。
「っ」
 指先が亀頭をぐり、と刺激する。
「あああああっ!」
 ようやく味わうダイレクトな快感に、目の前に星が散った。
 男が腰を揺する。
「まだ三センチも入ってないんだぞ?」
 マジかよ。すでに息も絶え絶えなのに。
「っく、あ……」
「やっぱこのままじゃ無理か」
 唐突に出て行き、圧迫感が消えた。
 諦めてくれたのか、という俺の希望的観測はものの見事に裏切られることになる。
 頬杖をついて一連の出来事をくすくす眺めているだけだった少女が、傷男に何かを投げて寄越したのだ。
 中に蜂蜜のような液体の入った小瓶。もはや嫌な予感を通り越して確信しかない。
 男は瓶の中身を手のひらにあけ、もう片方の手の指先ですくうと、俺の尻に塗りたくり始めた。
 とろりとした冷たい感触が太ももを伝ってたれる。穴をほぐすように押される。
「ふ……」
 こんなものがあるんだったら最初から使えばよかったんじゃないか?
 そうすれば、少なくとも俺は、身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みを経験しなくても済んだのでは。
「ああ……見てみたかったんだよ、痛がるのを」
 男の言葉に少女が頷く。お前らみんな地獄に落ちろ。
「な、んだと……、ぅあっ」
 広げられている。中にまで塗ろうとしているのか、指が入ってくる。一本じゃない。
 そのままペニスの裏側の辺りを、ごり、と圧迫された。
「あ!?」
 歯止めをなくしたように際限なく身体が跳ねる。
「あ、は、あっ、あああ!? ひぃっ……」
 快楽を歌う喘ぎ声が、喉をついてあふれ出す。
 強すぎる刺激に怖くなって逃げようともがくが、腕にまったく力が入らない。
「っあ、ん、はぁぁぁっ」
 何本もの指でくちゅくちゅとかき回され、俺はそこらじゅうに「感じています」という声を振りまき続ける。
 古泉にも聞かれているんだろう。羞恥でどうにかなりそうだ。
 熱が上がりすぎて頭の先から爪先まで燃やし尽くされている。
 粘液を纏い、内壁を触りながら進む指は、柔らかな肉を捏ね回し、自分の都合のいいように作り変えていくみたいだ。
「んっんんぅ、っ」
 俺のものは完全に勃ちあがって、浅ましい先走りをぱたぱたとこぼし、床に模様を描いていた。
 模様の原因は先走りだけではなかった。頬を伝う熱い液体。目から分泌される食塩水。
 俗に言う涙ってやつ。
「ふ、ぁ」
 ぼろぼろと流れて止まらない。時折しゃくりあげるせいで余計息苦しい。
 呼吸困難に陥りそうだ。
 指が引き抜かれる。後孔がひくついたのが、俺にはわかってしまった。
 目を閉じる。たまっていた雫が落ちた。
 お願いだから一刻もはやく終わってくれよ。はやく終わりにしてくれ。
 なにもかも終わったら、俺は古泉と帰るから。
 ひくん。濡れた穴に押し込まれる。
 さっきよりはいくらか楽に入ってきた。中が広げられていく。傷男はぐいぐいと腰を進める。
 信じられないことだが、その容赦のない動きに俺はしっかり感じていた。
「あ……あ、あ」
 嘘だろ。
「全部飲み込んだな」
 男の指がぴったりと隙間なく吸い付いている結合部をなぞる。その手つきが妙に羞恥を煽った。
 繋がっている図がまざまざと脳裏に描かれてしまう。
「聞かせてやれ、見せてやれよ。俺は男に抱かれて悦んでます、って、さ!」
「〜〜〜〜〜っ!!」
 楔が打ち込まれた。
 貫かれた衝撃ばかりが大きすぎて、他の事を考えるスペースがなくなっていく。
 じゅぷっ、じゅぷっ、と突かれるたびに色々な液体が混ざり合い音を立てる。
 泣きながら、飲みきれない唾液を垂れ流し、先走りを溢れさせている。
 全身がどろどろで、固体部分と液体部分の境界を忘れてしまいそうだ。
 俺はちゃんと人間の形を保てているのか?
 実はゼリーかスライムみたいに溶けてるんじゃないのか?
 じゃなきゃ、こんなにぐちゅぐちゅと音がするはずない。
「はぁっ、はぁ、はぁ……っ」
「すご……きつっ」
 熱っぽい吐息とともに感想を述べられて、ゆっくり動かされる。
「きゅうきゅう締めつけてるよ。そんなに欲しかったのか」
 んなわけあるか!
 思いとは裏腹に熱は増す一方だった。どんどん上っていく。果てが見えない。
 自分がどうにかなってしまうんじゃないかという恐怖感は半端じゃなかった。
 俺のものであるはずの俺の身体に、他人の侵入を許しているのだ。
 どこまで奪い尽くされるのだろう。
 力の抜けた手の、指の間をすり抜けて、俺という存在が零れ落ちていく。
 永久に続くような責め苦の中で、俺にとっての最後の防衛線は古泉だった。
 この行為がこちらにはなんの意味も持たない一方的な搾取ではなく、古泉を守るための交換条件だと思えば、まだ我慢できる。
「男にっ……犯されて、女みたい、にっ、あんあん喘いで、腰振って、感じてさ」
 すげえ淫乱だなお前、と一言ごとに突き入れられながら嘲られる。
 その口縫い付けて二度と喋れなくしてやりたい。
 だったら男を犯して喜んでるお前は何なんだよ、と返してやりたい。
 なんで俺が感じてるかって?
 どうせさっきの小瓶の中身、薬か何か、妙な物が混じってたんだろうが。
 初めてなのにこの状態の説明がつくとしたらそれくらいだ。
「ふっ……く、あ」
 抗議したくても、俺はもうまともな言葉すら紡げなくて、男の言うように喘ぎまくっていた。
死んじまえ。
 うつ伏して揺すられるままになっていた上半身を、誰かの腕が持ち上げた。
「……?」
 まばたく。頬に何かが当たっている。
 それが赤茶の男の、反り返ったペニスだと気づく。
「見てたらまた興奮しちゃってさ」
 知るかよ。
 頬になすりつけられるその行為を、なすすべもなく受け入れる。
「ん」
 赤茶は自分の手と俺の頬の間にペニスを挟んで扱き出す。
 たぶんこいつは、気持ちいいかどうかよりも行為の嗜虐的な面を楽しんでいるのだろう。
 ろくでもない性癖の持ち主だな、反吐が出る。
「んくっ」
 肉と肉がぶつかった。傷男のピストンが乱暴になってきている。
 とぷとぷと先走りが溢れるそこを、前に回った手に撫で上げられた。
「ひあああっ」
 なんつー声出しやがるんだ俺の喉は。
 そのままもう無茶苦茶に追い立てられる。
 快感に反応が追いつかなくて、火花が爆ぜるみたいに頭の中が白くぱちぱちした。
 もう何も考えられない。
 完全に屈服してしまった俺は、流されるまま身を委ねる。
「おい、中で出してやるから、しっかり受け止めろよ!」
 もしこれがAVとかだったなら、陳腐だなと笑えるセリフだった。
 だが今の俺にとっては笑い事じゃなかった。
 ぱちぱちが巨大化して、思考も視界も白く塗りつぶされていく。
 もはや開けていてもほとんど役に立たなくなった目を、ぎゅっとつぶった。
 もうダメだ。もう、
「も、っ、く、……イく、イ……く……――――――……っ!!」
 体内のものが脈打ったような気がした瞬間、俺は全身を張り詰めさせ、痙攣するみたいにびくびく震えた。
 合わせるように、顔に精液のシャワーが降り注ぐ。
 前髪や頬をべっとりと汚し、重たげに垂れていくのを、俺はぼんやりと感じていた。