なにもわかっていないような顔をして全部わかっている長門は、ちらりと俺を見ると教室から出て行こうとした。
 ありがとう。男としてはできればこんな姿、女の子の目に晒していたくないからな。
「長門」
「……」
「また明日な」
 もう夜も遅いし、本当は送ってやりたいところなんだけど、こんな状態じゃかえって迷惑になるだろうし。
 長門は頷いて、今度こそ出て行った。
 さて……。
「……古泉、落ち着いたか?」
 剥き出しの背中を撫でながら、さも自分は落ち着いていますといった風に声をかける。
 よく言うぜ、本当は俺こそ、目が覚めたとき、古泉がいなかったら真っ先に屋上に向かっていたかもしれない精神状態だったくせに。
 古泉はあからさまにびくっとして、弾かれたように俺から身体を離した。目が俺を見て、すぐに逸らされる。
「っ、は……はい、もう大丈夫です、…………あ」
「ん?」
「あの……すみませんでした」
 蚊の鳴くような声が冷えた床に落ちて吸い込まれた。
 なんでお前が謝るんだ、どっちかっていうとお前のほうが俺のとばっちり食っただけの被害者だろ。
 古泉は首を緩慢に横に振って、すみませんと繰り返した。
 たぶん、こいつにはこいつなりに、俺を守れなかったことに対する自責の念とやらがあるのだろう。
 例えば俺も、俺の目の前でハルヒや朝比奈さんや長門が同じ目に合わされているのを見ていることしかできないという状況に立たされたら――――想像するのも嫌だが想像してみる。
 死にたい気分になった。
 古泉を死なせるわけには行かないので、俺は彼の茶色い頭を撫でた。
 古泉は驚いたように目を瞬いた。
 帰ろう、古泉。
 ……古泉?
「あ、ええ――――はい」
 どうしてだか、古泉は俺と目を合わせづらそうにしていた。
 まあ確かに、今の俺は見るに耐えない無残な姿だな。
 改めて自分たちの格好を見返してみて、俺は途方に暮れてしまった。
 さあ、この後始末をどうしようか。
 俺の制服は破けてとても着れた代物ではないし、古泉の制服は俺の身体に触れたせいで精液が付着してしまっている。
 そんなものを着て帰るわけには行かない。裸で帰るのはもっとまずい。
「古泉、頼みがあるんだけど」
「……はい」
「ジャージ取りに5組まで行きたいんだが、肩を貸してくれないか。悪いがちょっと一人じゃ歩けそうにないんでな」
 俺が苦笑すると、古泉はためらいがちにではあるが手を伸ばして俺を支え、立ち上がるのを手伝ってくれた。
「――――あ」
 とたん、急激な立ち眩みに襲われ、目の前が闇に閉ざされる。
 倒れこんだ先には古泉の胸があった。
「大丈夫ですか!?」
 俺を抱きとめ、必死な様子で覗き込んでくる古泉はひょっとして、倒れた俺よりも白い顔をしているんじゃないだろうか。お前こそ大丈夫か。
 ああ、なんだか俺たち、お互いにお互いの心配ばっかりしてるな……。
「大丈夫、ちょっとくらっとしただけだ」
 俺は案外図太くできてる、宇宙人や未来人や超能力者に囲まれながらもなんとか日常を送れるくらいには。
 だからそんなに、壊れやすいガラス細工を扱うみたいに触れなくたっていいんだぜ。