「ええと……あの」
 言いあぐねているのか、古泉は歯切れ悪く口の中で言葉を転がす。なんだよはっきり言え。
「そう、服、服着ませんか。このままでは湯冷めしてしまうでしょう?」
 冷える? いや、むしろ熱いくらい……だ……。
「えっ!? ちょっと、あなた熱が」
 視界がぶれた。
 古泉は慌てて俺を床との衝突から救い、肩を揺すろうとして、そこで止めたのは賢明な判断だったね。
 少しでもシェイクされてたら、俺は思いっきり吐いていただろうからな。
「気持ち悪……」
 古泉の手が、前髪をかきわけて額に触れてくる。
 さっきまで外にいたせいだろうか、その手はひんやりとしていて心地よかった。
「――――高いな。とりあえず横に」
 そうだ吐き気で思い出した、
「ごめ……洗面所、汚しちまった……」
「そんなのはどうでもいいですから! 自分の心配をし」
 怒ってるのか泣きそうなのかよくわからない表情の古泉のアップ。
 それを最後に、俺の意識はブラックアウトした。


 熱いのに寒い。この感じ、俺は知ってる。ほんの数時間前まで味わっていたのと同じものだ。
 身体の中が燃えるようで、なのに肌の表面は恐ろしいほど冷たく、バラバラの温度は俺を両側から引っ張り、引き裂いて、壊そうとしているかのようだ。そう、あのとき俺は危うく壊されるところだった。
 腹の中をかき回されて、弄くられて、きつくて苦しくて、男の身体の重みとか、凶悪なまでの圧迫感とか、頭の芯に直接叩き込まれる快感とか、ぐっちゃぐちゃに混ぜられてわからない。
「っあ……?」
 うっすらと目をあけると男の顔が見えた、俺をさんざん嬲っていた傷男。足が絡みつく。
 ああこれは夢だな、と俺は悟ったが、夢だからってどんなことをされてもいいってわけじゃない。
 なんで俺の脳はこんな糞食らえな夢を紡いでしまうかね? 教えてくれフロイト先生。
 どうせなら朝比奈さんとそうなる夢とか、いやダメだなあの人を汚しては、朝比奈さんは清らかな天使なんだから。
 そんな夢を見てしまった日には、罪悪感であの麗しの顔が正視できなくなるぞ。
 闇の中からいくつもの手が伸びてくる。俺をしっかりと押さえ込み、身動きを取れなくする。
「う」
 男が俺の喉笛に喰らいついた。
 下は下で、無理やり突っ込まれ、内側から食い破られているような錯覚を覚える。
 例えばそうだな、注射を思い出してくれ。あれって実際そんな大騒ぎするほどには痛くないだろ。
 肌を爪でぐーっと押す、痛み自体はその程度だ。我慢できないほどじゃない。
 なのに爪は怖くなくて注射針はなんか怖いっていうのは、身体の中に自分とは違う異物を、勝手に入れられるからだと思う。
 だって明らかに相容れないものが、自分の中に入ってこようとするんだ。怖いに決まってる。
 何が言いたいかって言うと、俺は恐怖でパニックになっていた。
「あ、あ、あ」
 過呼吸一歩手前。
 一度で十分なきつい苦しい死ぬ、を再体験って俺は前世でいったいどんな深い業を背負ってしまったんだろうな。
「……っ、……っ」
 息が、息ができない!
 そんな俺を救ったのはやはりというか古泉だった。どこまでもワンパターンな俺の思考が笑える。
 男たちは闇と完全に同化してしまい、もう見えない。
 今見えるのは、仕方ありませんねといった顔で微笑む古泉だけだ。
 夢の中にまで駆り出されて、お前も大変だな。出演させたのは俺だけど。
 俺を落ち着かせようとするかのように、夢の古泉は俺の口を口で塞いで息を吹き込んだ。人工呼吸であってキスじゃない。
 空気が肺にまで落ち込む。酸素を取り込もうと活動が始まる。
「は、ぁっ」
 俺はまた目を開けた。