泥のように眠り、目が覚めた。眩しい。まだ身体はだるいが、吐き気は消えている。
 顔を横に向けると、古泉が手に何かを持ってこっちにくるところだった。
「おはようございます」
 挨拶しつつ、持っているものをサイドテーブルに置く。
 朝から無駄に爽やかだなお前。部屋の眩しさが増した気がするぞ。
「……はよ」
 こいつはいつ起きたんだろう。いやそもそもちゃんと寝たのかも怪しい。
 俺は古泉の目の下に隈なんかができてないかチェックした。……よくわからん。
 ただ、殴られた痕はちょっとわかる。
 その顔で学校に行ったら、古泉ファンの女子どもは嘆き、ハルヒは執拗に追求するだろう。声が聞こえるようだね。
 古泉はそっとベッドの端に腰掛けた。体重でスプリングが少し沈む。ん。
「どうぞ、体温計です」
 なんだよあるんじゃないか。しかも水銀じゃなくて耳で一秒の電子体温計が。耳に突っ込んでボタンを押す。三十七度五分。微熱だ。
「だいぶ下がったみたいですが、完全ではないようですね」
 それでも昨日に比べればかなりマシになった。傷ついても回復するんだ、人間ってのは。
「学校は休まれたほうがいいんじゃないですか」
「……お前は?」
 うわなんだ今の声、なし、今のなし! 取り消す!
 しかし口に出してしまった言葉は戻らない。後から悔いると書いて後悔。
 何言ってるんだ俺、あんな言い方じゃまるで、古泉に一緒に休んで欲しいみたいじゃないか。
 いや休んで欲しいんだよ、だってほらこいつも顔怪我してるし!
 別に一人が心細いとかそばにいてくれとかそんな意味じゃなくて!
「僕も今日は休みます。涼宮さんにこの顔を上手く誤魔化せるかわかりませんし」
 ……そうか。うんそうだな。
「それに僕は成績のいい優等生ですからね。一日くらい休んだところで支障はないでしょう」
 それは何か? 成績の良くないごく普通の生徒である俺へのいやみか?
 さっき、一瞬だけ、うっかり、不本意にも、喜んでしまった俺の純粋な思いを返せ。
 その殴りたくなるにやけ顔をやめろ、殴りたくなるから。
「幸い今日は金曜ですし、今日一日休めば三連休ですね」
「……日曜はSOS団の活動が入ってなかったか」
 正確にはハルヒに無理やり入れられた、図書館で不思議なものを探そうツアー。長門が微妙に楽しみにしてるっぽいのを俺は知っている。
 しかし図書館にある不思議なものってなんだ? 黒魔術の書とか悪魔が出てくる本とか開くと異世界に召喚される本とかか?
 そんなものが公立図書館にほいほい置いてあるとは思えんがな。
「午後からでしたね。まあそれまでには顔の傷も目立たなくなっていると思いますよ」
 俺のほうも、身体はともかく、顔はなんとかなるだろう。あとは服さえ気をつければ隠しきれるはずだ。
 そういや、昨夜は深く考えなかったが、いつの間にか俺服着てるな。古泉が着せたのか。
 うわ、なんだか妙に気恥ずかしい。
 すでに全裸どころかあられもない姿を見られてしまっているので今更かもしれないが恥ずかしいものは恥ずかしい。
 俺は寝たまま古泉を見上げた。どんな角度から見ても忌々しいほどイケメンのニヤケヅラだ。
 でも、なんだろう、昨日までと何かが違う気がする。殴られたからとか見た目的なことじゃなくて、もっと内面的なもの。
 違和感の正体を見極めようと眺めていると、古泉は困ったように顔を伏せた。
 じろじろ見すぎたかな。俺は気まずさを誤魔化すように、別のところに視線をやった。
 テーブルの上にはペットボトルが置いたままになっていて、屈折した透明な影を落としている。
 そのキラキラ光る様が思いのほか綺麗で、俺は喉の渇きを覚えた。
「こいずみ……」
「はい」
「喉渇いた。それ飲んでいいか?」
「……………………。ぬるいですよ」
 その間は何だ、とか思わないでもないがまあいい。
「ぬるくても構わん」
「……………………。わかりました」
 だからその間は何だ。
 俺は古泉の物言いたげな視線に気づいていながら、半分ほど残っていたペットボトルの中身を飲みほした。