結局それから、俺は午前中のほとんどをうとうとと微睡みながら過ごし、昼になってようやく重い身体を起こした。
少しふらつくが、ベッドから離した上半身を支える。たぶん熱はひいたと思う。
ソファで本を読んでいる古泉に訴えた。
「気持ち悪い」
別に本を読んでいる古泉が気持ち悪いわけではなく、純粋な意味での吐き気だ。
古泉は顔を上げて俺を見た。すばやく本を置いてベッド脇まで来る。
まあ自分のベッドの上で吐かれたらたまったもんじゃないだろうしな。でもなんだろう、また違和感。
「熱がぶり返しましたか」
「違う。なんか……腹が減りすぎて気持ち悪い」
思えば、朝のミネラルウォーターを除けば、昨日の夜から男のあれしか口にしていないのだ。
俺はどんなマニアックなエロ本の登場人物だよ。
うわ、思い出したら空腹の吐き気に別の吐き気が加わったぞ。
しかしあの物体は洗面所で吐いた中におそらく混じっていたはずで、むしろあんなもん吐いて当然だというか消化するのも嫌なのでそれは大歓迎なのだが。
朝に飲んだ水分は無事に吸収されただろうし、とすると正真正銘俺の胃はからっぽということになる。
「あ、もうお昼ですね。気づきませんでした」
そんなにのめりこむほど面白い本だったのだろうか。というかお前は腹すかないのか古泉よ。
「何か食べたいものとかあります?」
脂っこいのは無理だな。想像するだけで吐き気が増す。できればさっぱりしたものがいい。
どうも一晩経って開き直ったのか、俺は少し図々しくなっているようだ。
こうなったら体調の悪さがもたらした弱気のせいにしてとことん甘えてしまえ、と脳のどっかが命令を下したらしい。
「リクエストがあれば買ってきますよ」
却下。それって出かけるってことだろ。
「あるもんでいいよ」
「昨夜コンビニに行ったときに買った梅粥なら……」
「それでいい」
こいつって自炊しないのかな? 料理中に閉鎖空間が発生したら大変だろうからしないのかね。
古泉は立ち上がり、俺はその背中をぼんやり見送った。
古泉が普段何を食っているのか知りたい、となんとなく思う。
いや、深い意味などなく、ただどうすればそんなに背が伸びるのか参考になるかと。
決して食生活の心配をしたわけではないのであしからず。
しばらくして古泉が椀を二つ持って戻ってきた。白いどろっとした米の上に、赤い梅の果肉がちょんと載っている。
「サンキュ」
俺は片方の椀を受けとり、レンゲですくってさっそく一口食べた。
やっぱ日本人は米だね!
母さんが夜なべをしてことこと煮込んでくれたものだろうと、コンビニで売ってるパックをレンジでチンしただけだろうと、空腹のときの粥のうまさに貴賎なし。
温かい粥は優しく喉を滑り落ちていき、胃で溶ける。
バファリンの半分は優しさでできているというが、なら梅粥は更に上を行く優しさの含有率だろう。
いそいそと粥を口に運び咀嚼する。
「っ、ん! けほっ、けほ、ん」
夢中でかっこんだせいか、久しぶりの食事に身体が驚いたのか、少しむせてしまった。
急ぎすぎたかな。慌てなくても粥は逃げないぞ、落ち着け俺。
呼吸を整えてふと顔を上げると、古泉が俺をガン見していた。
食い入るようなというか、凝視だ。減るんじゃないかと思うくらいの見つめっぷりだった。
なんなんだ一体。むせたから気遣ってるのか。
「……食わないのか?」
古泉はびくっとして即座に俺から目を逸らした。
「え、あ! は、はいっ、いただきます」
そこからの古泉はすごかった。一心不乱無我夢中。わき目もふらず、俺の倍の勢いで粥をたいらげた。
あっという間に椀が空になり、そのスピードときたら、お前どんだけ飢えてたんだよという話だ。
俺は少しだけこいつの食生活の心配をしてやってもいいかという気持ちになった。
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