けれど素の古泉を引きずり出すことに成功したと思ったのは一瞬だけで、やつはすぐさま冷静な顔に戻ってしまった。
「どいてください」
事務的な声が俺を切り裂く。なんでだ、なんでだよ古泉?
「あなたはあんな目に合って、通常の精神状態ではありません。無理もないことです」
馬乗りになった俺に、古泉はかんしゃくを起こした子供をあやすように言った。
そうだ、俺はとっくにおかしいのだろう。
だってこんなに苦しくて、どうしたらいいかわからない。息が出来ないんだ。
俺は呼吸を求めるように、上から古泉に口づけた。
「んっ!」
目を閉じているので古泉の反応が読めない。たぶん気配からして硬直しているのだと思う。
唇と舌で古泉の唇を探る。
「ん……ぅ……っ」
何か言おうとしたのか古泉の唇が僅かに開いた。俺はそれを聞くのが怖くて、だから唇を唇で塞ぐ。
肩に手がかけられた。
「! あっ」
そのまま力任せに引き剥がされる。
腹筋を使って後ろに倒れこむのをこらえ古泉の上に乗った状態の俺を、古泉は――――そんな目で見るな!
無性に苛立たしくて、真っ黒い感情がどろどろと溢れてくる。
自分でも何がしたいのか本当は不明なまま、衝動に突き動かされるようにして古泉の下半身に手をかけた。
「っなにを……!」
驚いて止めようとしてくる腕の、それより先に、俺は手を突っ込んで古泉の性器に触れた。
古泉の抵抗が少し弱まったのを見計らい、服から取り出して数度しごく。
「や、め……、あなた、なにをしてるか、わかってるんですか……っ」
息ばっかりで古泉が言う。俺は構わずに手を動かした。古泉が息を呑む。俺は手を速める。
「……んっ」
心の中に謝罪と罵倒が渦を巻いて、愛しいのか憎らしいのかも判断がつかない。
ただ、古泉をイかせたいと思った。
「っあ……はぁ、っ」
拒絶の言葉よりは嬌声を聞いていたい。どうせ一番欲しい言葉は貰えないだろうから。
俺自身も、これ以上何を口走るかわからない自分を、古泉のものを咥えることによって封じた。
「うぁ!?」
裏返った声が驚愕の度合いを表している。古泉は信じられないものを見る顔で、性器を舐める俺を見た。
脅されてフェラをやらされたときはあんなに嫌だったのに、今度は自分から咥えるんだから、切羽詰った人間のすることってのは突拍子もないな。我ながらどこかがいかれたとしか思えん。
古泉にとってはなおさら、青天の霹靂だろう。
「っ……く! はぁっ、な……んで、こんなっ……」
訊かれたところで答えられるはずもなく、俺は咥内のものを吸い上げた。
古泉は最後の抵抗として身体を捻り、口元を外れたそれは精液を噴きながら絶頂を告げ、白濁した体液が俺の唇とその周りを汚した。独特のにおいと味がじわりと広がる。
「はぁ、は……ぁっ」
イった後の倦怠感に包まれているであろう、少しくったりとした古泉にもう一度触れようとする。
目が合って、古泉のその顔と、その目に映る俺のひどい顔とが、俺の涙腺を刺激した。
「こ――――」
耳に飛び込んできたのは携帯のバイブ音だった。
互いにはっとし、身体を強張らせた。
俺はのろのろと古泉の上から退いた。古泉はそっと身体を起こすと、テーブルの上に置いてあった携帯をとった。
「……はい」
その声にはまだ少し、情事の名残があるのに。
俺は敗北したのだ。
やがて古泉は電話を終え、ぎこちなく俺に向き直った。俺は心が急激に冷えていくのを感じていた。
「閉鎖空間だろ」
「ええ」
「……行けよ」
俺にもこんな刃物のような声が出せるんだな、と冷めた自分が自分を俯瞰している。
古泉がゆっくり立ち上がった。殴られるかな、と思ったがそんなことはなくて、古泉は俺に一言だけ告げた。
「あなたは家に帰ってください」
どうして一番欲しくない言葉は、簡単にもらえてしまうんだろう。
俺は古泉の手から携帯を奪い取った。
「何をする気ですか」
取り返そうとする古泉を振り切り、最も身近な番号を押す。コール五回で相手が出た。
「……俺。ああ、オレオレ詐欺じゃないっつうの。息子の声くらいわかってくれよ。え、声? そう……風邪引いてさ。たぶんインフルエンザじゃないかって。具合悪くて動けそうにないから、今日も友達んところ泊めてもらう。じゃあな」
言うだけ言って切る。どうだ、と挑むように古泉を睨みつけた。
「帰ってください」
「嫌だ」
「あなたは僕といないほうがいい」
俺は側にあったノートを引っつかんで投げつけた。
ノートは当たらずにばさりと床に落ち、古泉は俺に一瞥もくれないまま、今度こそ部屋を出て行った。
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