「ほとんど意識のないあなたを抱いたんです。最低ですよね」
 はっきりとわかる自嘲の響きに、俺は服の乱れを直すのも忘れ、そんな俺に古泉はそっと毛布をかけた。
 記憶が蘇っていく。
 二人目の眼鏡の後半辺りからかなり飛んでいたが、朧な意識の中、それでもいくつか断片的に覚えているシーンがある。
 古泉が自分で自分の胸に刃を突き立てるような言葉を吐く。
「本当に汚い、僕は……僕も彼らと同じなんですよ。あなたを蹂躙した彼らと変わ」
 俺はこぶしを固めて古泉を殴っていた。ガッ、と鈍い音が響く。
「っ」
 手の骨がじんじんしたが、今はそんな痛みにかまけている暇はない。
 古泉がようやく黙ったので、俺は思ったことが言えた。
「こっの馬鹿!!」
 殴られて少しすっきりしたような顔をするな、お前はマゾか。断っておくが俺はサドっ気はまったくないぞ。
「存分に殴ってくれて構いませんよ。それだけのことを僕はしました」
「違う! 人の話は最後まで聞け!」
 と、先生に教わらなかったのかこのバカ古泉!!
 俺は自分にかけられた毛布で逆に古泉を包み返し、そのまま毛布ごと抱きしめた。
 古泉が虚を衝かれたように息を呑む。心臓の音まで聞こえるようだ。
「お前、本当に馬鹿だな。ずっとそんな風に苦しんでたのか」
 俺は出口を見つけた。
 昨夜読んだ推理小説のトリックのように、わかってみればごく単純な答えだった。
 あの出来事を忘れたくなかった一番の理由、古泉のそばにいたかった理由も、この気持ちの正体もわかってしまった。
 全部最初からここにあったんだ。随分遠回りしちまったな。
「いいか、お前がお前を責める必要なんてない。お前はあいつらとは違う。お前は俺にブレザーを貸してくれて、俺の身体を拭ってくれて、俺のために泣いてくれて」
 伝わるように、抱きしめる腕に力をこめた。
「俺を好きだと言ってくれたじゃないか」
 覚えて、と呆然と呟かれた声が俺の耳に触れた。
「今さっき思い出したんだよ」
「でも、それでも僕はっ」
 黙って聞け。
「あのとき俺は、あいつらに抱かれるのが嫌で、じゃあ誰だったら耐えられるだろうって考えてさ」
 身体を少し離して、真正面から古泉の顔を見る。
 正直恥ずかしいが、これを言わないと先へ進めん。
「お前のこと思い浮かべてた」
 こいつは古泉なんだ、って必死で言い聞かせていた俺の願いが見せた幻じゃないかと思ってんだが、違ったんだな。
 どうして長門に頼まなかったか。
 どうして古泉のそばにいたかったのか。
 どうしてこんなにも古泉を求めたのか。
 全部、全部、ひとつのシンプルな想いに行き着く。
「嬉しかったんだ。お前が好きって言ってくれたこと」
「え……」
 古泉の目が見開かれる。その拍子に目の際にあった涙がぽろっと落ちた。
 俺は古泉を抱きしめなおし、形のいい後頭部をぽんぽんと叩いた後撫でた。
「だから、もういいんだ」
 俺の言いたいこと、ちゃんと伝わったか?
 心臓の音が混じりあっていく。
 やがて、古泉の腕がためらいがちに俺の背中に回された。
「すみませ……」
「いいって言ってんだろ、謝るなよ。……次に謝ったら嫌なことするぞ」
 古泉はほんの少し考えたように黙って、
「嫌なことってなんですか?」
 そうだな、例えば――――こういうことだよ。
 俺は古泉の頬に唇を押し付けて、涙の跡を拭った。
 何やってんだ俺、恥ずっ。
 ……まあ、古泉が嬉しそうに笑ったのでよしとしよう。