虫の知らせというか、嫌な予感はあったんだ。

 今日も今日とて、天上天下唯我独尊のハルヒ団長様は、園芸部から貰ったの! とよくわからん植物の鉢植えを持ってきた。
 ぶんどったの間違いだろ。俺は園芸部に心から同情したね。
「キョン、これの世話係にはあんたを任命するわ! ちゃんと育てないと死刑よ!」
 俺も同情される立場のほうだったのを忘れてた。
 マイスィート朝比奈さんに、その可憐なお顔でもって、気の毒そうな視線を向けられるのはそんなに悪い気はしないがな。
 他のやつらには同情するなら金をくれと言いたい。SOS団休日活動のたびに搾取される財布の足しにするから。
 古泉はハルヒの言うことに反対なんか最初からするわけがないし、長門は我関せずといった調子で本を繰っている。
 やっぱこうなるわけだ。
「わかったよ。つーかこれ、なんの植物だ?」
 見たとこ、鉢植えに挿してある棒に蔓が巻きついているが。
「さあ」
 さあって。何かも知らないで奪ってきたのかよ。
 ハルヒはでかい目をキランキランさせて高笑った。
「でもそのほうが夢があって面白いじゃない。巨大な実がなったり変な花が咲いたり、不思議な出来事が起こるかもしれないじゃない!」
 うちの園芸部がそんな怪しげなものを育てているとも思えないので、残念ながら真っ当な花か野菜だと思う。
 しかし種類がわからないことには、きちんとした育て方もわからないじゃないか。
 適当に水あげてりゃ育つって考えは甘い。
 植物にはそれぞれ適した量の水やら養分やらが必要であり、間違えると根が腐ったり枯れてしまったりする。
「それもそうね。じゃあ調べときなさい。あんただけ知ってれば世話できるでしょ?」
 イエスユアハイネス。
 そしてハルヒは今日の用はもう終了と言って、鉢植えを部室に置いただけでさっさと帰ってしまい、朝比奈さんは珍しくコスプレをしないで済んだと可愛らしい笑顔のまま帰り、長門は本を読み終えてしまったらしく無表情のまま去り、部室にはパソコンで園芸系のサイトを検索する俺と、なぜか古泉だけが残った。
「お前は帰らないのか」
「特に用事はないですし、もう少しここで時間を潰していようかと」
「ふーん」
 一人オセロでか。そりゃなんとも意義のない時間の潰し方なことで。
「これでもあなたに勝てるようになろうと努力しているんですよ」
 あーはいはい、はやくその努力が実るといいね。
 俺としてもお前がレベルアップしてまともなゲームができるようになるのは歓迎すべきことだと思うからさ。
 暫くの間、俺がキーボードを叩く音と古泉がオセロの駒を盤に置く音が部屋に響いていて、その中に紛れ込んだ異変になんて俺は気づかなかった。
 古泉がどうだったかは知らないが、この反応を見るに恐らく俺と同じじゃないかと推測される。
 蔓に絡めとられて身動き取れない俺を、驚愕の表情で見つめてるってことは。

 床に置いてある鉢植えの蔓が急に延びるなんて誰も想像しないだろ。
 だから俺は、肩に何かが触れたとき、また古泉が擦り寄ってきたのかと思ってディスプレイから視線を外した。
 そしたら古泉はさっきと変わらない位置に座って白と黒の盤面をにこにこと眺めていたんで、あれ、俺の勘違いか、疑って悪かったな古泉よ、まあお前の日頃の行いのせいだけどな、と何事もなかったかのように検索サイトとのにらめっこに戻ろうとした瞬間。
 足に絡みついた何かに、椅子ごと引き倒されたのだ。
「わっ!?」
 ガッターン、と結構派手な音とともに俺は床に転がった。
 助け起こそうと思ったのか、古泉が立ち上がってこっちにくる。
「どうしたんですか?」
 俺が訊きたい。何が起こったのかまるでわからなかった。
 普通に座っていただけで、転ぶような要素は何一つとして見当たらん。
 打った背中や肩が痛むのは当然として、ぶつけてないはずの足首にまで違和感を覚えたので慌てて身体を起こして確かめたら、濃い緑色の蔓がうねうねと動きながら幾重にも巻きついていた。
 ……は?
 蔓の先を辿れば、そこにあるのは何本もの蔓を生やした鉢植えだった。
 息を呑んだのは俺か古泉か、あるいは二人ともだったのかもしれない。
 信じがたい光景を前にして、俺たちは固まった。
 さっきまで何の変哲もないひょろひょろの蔓だったはずのそいつは今やかなりの太さになり、どちらかと言えば蔓というより触手と呼ぶにふさわしい見た目へと変化を遂げていた。
 突然変異にも限度ってもんがあるだろ!!
 そして、爆発的に増えた蔓改め触手が、まるで明確な意思を持っているかのように一斉に俺に襲い掛かってきた。
「うわあああっ!」
 這って逃げようとしたが、ぐんと足を引っ張られた。
「あ!?」
 触手に引きずられた俺は勢いよく床の上を滑り、たちまち四肢を拘束された。
 両手両足首に巻きついた触手が、俺を持ち上げて空中に吊るす。
 足が床から浮いているひどく不安定な姿勢で、これでは逃げたくても逃げられない。
 さらに悪いことに、なんかこの触手、ぬるついてる気がするんだが。
 表面から何かの液を分泌しているのだろうか、てらてらと光って卑猥だ。
 悲しいかな、テストのときはちっとも働いてくれないくせにこんなときばかり回転の速い俺の脳は、瞬時に最悪の予想を弾き出した。

――――冗談じゃない!!

「こ、古泉! 助けろ!」
 呆然と立ち尽くしたままでいた古泉が、我に返ったように触手の一本に手をかける。
 しかし残念ながら、ここは閉鎖空間じゃなかったのだよ。閉鎖空間じゃないのが残念っていうのもおかしな話だが。
 まあつまり、超能力の発揮できない古泉の腕力も俺とそう大差なかったってことで、なら当然こうなるわな。
 吊るされた男、もう一名様追加。

 頬をつねって、なんなら殴ってもいい、誰か俺を起こしてくれないだろうか。
 フロイト先生もへそで茶を沸かしてくださるようなこの悪夢を醒まさせてくれるやつがいるなら、俺はそいつのためになんだってすると誓えるよ。靴の泥を舐めるくらいのことは軽くできると思う。
 大人しい蔓植物の顔をして実は獰猛な化け物のごとき正体を現した触手が、これから俺と古泉に何をするかといったら……お約束のパターンとしては、食うんだろうな。勿論性的な意味で。
 じゅるじゅると音を立てる触手に巻きつかれながら俺は叫んだ。
「おいこら、役立たず! これもハルヒの力か!」
「……そうでしょうね」
 返事をしたってことは自分が役立たずだという自覚はあるわけだ。殊勝な心がけだけは誉めてつかわす。
 畜生、なんでこいつは長門じゃないんだ。長門ならこの異常事態もなんとかしてくれただろうに。
 まあでも朝比奈さんじゃなかったのは不幸中の幸いだな、あの無垢な天使が醜い触手に禁則事項の限りを尽くされるなんてそんな成人向け漫画のような事態、想像もしたくない。
 いや、ちょっとは……するけど…………あああすみません朝比奈さんすみません!
 俺は頭を振って不埒な妄想を追い払ったが、その動きが触手を刺激したのか首にまで巻きついてきやがった。
 それにしてもハルヒのはた迷惑な願望ときたら、もうなんでもありだな。
 しかしなんだって触手なんだ。
 あいつ自身が言ったとおり巨大な実がなったり変な花が咲く程度なら平和だったものを。
「さあ、僕にもそこまでは。何か心当たりがあるとしたらあなたのほうなのでは?」
 吊るされた古泉が言う。
 お前、その姿勢結構間抜けだぞ。
 俺のほうも似たり寄ったりの間抜けな姿勢だが、こういうのは普段かっこつけてるやつのほうが貴重なのだ。
「心当たり? んなもん、あ」
 あるわけねえだろ、と言おうとした「あ」の口のままで固まった俺はそのあとに小さい「つ」と大きな「た」をつける羽目になった。
 あった。ありましたとも。ええ。
 今日ですね、神聖なる学び舎にエロ本を持ってきたアホがいたんですよ。
 そのアホはあろうことか授業中にこっそりそれを読み出してね、本人としては隠してるつもりだったんだろうが、俺の席からは見えちまったわけ。
 ハルヒの席は俺のすぐ後ろ。で、たぶん、ハルヒにも見えちゃったんだろうね。
 巨乳美少女が触手とくんずほぐれつしてどろどろになってる漫画がさ。
 んなもん授業中に読むなよ……休み時間だったらいいってもんでもないけど。
 授業中勃つのはまずいと思って俺はすぐに目を逸らしたから、具体的にどういう内容だったかはわからんが、とりあえず触手陵辱汁だく卵つきなんだろうなってのはその一ページだけで読み取れた。
 これ以上ないくらい最悪のフルコースじゃねえか!!
「……やばいな」
「えらくやばいです」
 流石の古泉の顔も、若干青ざめているように見える。
 でもだとすると、なんで被害者が俺や古泉なんだ? 巨乳美少女とは程遠い、薄くて硬い胸しか持ってない男だぞ。
 巨乳美少女といえば朝比奈さん……あああほんとすみません朝比奈さん土下座して謝ります!
 だが頭を振って妄想を消そうにも、今度は首に巻きついた触手のせいで自由に動かせない。
 だからってこのまま大人しくフルコースをやられてたまるか!!
「……っ! くそっ、このっ……! あ!」
 俺はなんとかして逃れようとじたばた暴れた。
 が、足はむなしく宙を蹴り、制服の襟元や袖、裾とかの隙間から、ぬめった感触がもぐりこんでくる。
 誰でもいい、もう叩き起こせとは言わない、いっそ殺してくれ。

 無駄な足掻きといわれようが諦めたらそこでいろいろなものが終了だ。
 往生際悪くもがく俺をあざ笑うかのように触手は俺の服を脱がしにかかった。
 どうもこいつは服の構造を理解したうえで動いているらしく、細い触手の先で器用にボタンをはずしシャツの前を中途半端にはだけられる。
 それが終わると次はベルトを緩めるべく奮闘する働き者ぶりから推し量るに、侵入を許すのも時間の問題だ。
 無理に破こうとしない、実に紳士的な触手といえよう。
 しかし真の紳士は嫌がる相手を陵辱なんぞしないだろうから、所詮エセ紳士でしかないがな。
「ふっ……く、あ! ひっ……は、放せ! 放しやがれッ……!」
 胸の上を這いずった触手は突起を見つけると数度つついた。
 ゆっくりと硬さを増して立ち上がった突起に一本が巻きつき、もう一本が濡れた身体の先端を押し付けてぬるぬると擦ってくる。
 舌で舐められたような、いや実際舐められたことはないけども、そんなような感触にぞくりと背が震えた。
「ひぁ」
 触手に触れられた部分が、ナメクジが這った後のようにぬらりと光る道になっている。
 日焼けした肌をずるずると撫で回す緑色の触手。なんたる光景。視覚の暴力だ。訴えてやる。
「そうですか? 僕としては眼福なんですが」
 古泉がそんな戯けたことを言う。
 何が嫌って、俺がこんな目にあっているというのに古泉の野郎は吊るされただけで無事だってことだよ。
 なんでお前はさっきから何もされてないんだ、不公平だろうが。
 あえての放置プレイだというなら許してやるが、本当にただ放置されてるだけっぽいんだよな。
「たぶん、この植物のリビドーは全てあなたに向かっているんですよ。邪魔をしない限り、僕などどうでもいいのでしょう」
 涼しい顔でぬかす。自分に被害が及ばないようだと判断したとたんこれだ。
 つまりなにか、お前は俺を助けようとしたから拘束されたと。
 そして俺を助けようとしない限りそれ以上何もされないと。
 よってお前は俺を助けるのをやめたと。
 俺にも理解できるとてもわかりやすい三段論法だね。
「この薄情者!!」
「んふ、僕も大盛り汁だくギョクは遠慮したいですからね……すみません」
 すみませんじゃなくて助けろよ!
「役立たずの僕に助けを求めるんですか?」
 こいつ実はさっき役立たず呼ばわりしたこと根に持ってやがったのか。面倒くさいやつだな。
「わ……悪かった、お前はいつもそれなりに役に立ってるよ! だから助けろ!」
「人に頼むときはもう少し言い方があるでしょう?」
 ここぞとばかりに足もと見やがって。
 一瞬の躊躇の間に触手がベルトを抜き去る。ためらってる場合じゃない。
「……助けてくださいお願いします」
 古泉は満足げににっこりと笑った。お前、後で絶対殴るから覚悟しとけ。
「よく言えました。では――――と行きたいところなんですが、僕が多少抵抗したところで返り討ちにされるのは目に見えているので、やはりお役には立てないようです」
 なんだそりゃ、てめぇ汚ぇぞ!!
「こいず、……うわっ!?」
 ズボンがずりおろされ、下着の端を引っ張られる。
 やばい、と血の気が引いたのと同時に何本もの触手が下着の中に殺到した。

「ひゃうっ! あ! や、う!」
 触手どもは俺の性器をたちまちのうちに見つけ出し、ねっとりと絡みついた。
 思わずソプラノの声をあげてしまう。俺の普段の声はれっきとした男性音域だったはずなんだがな。
「あ、やっ、やめッ、んっ!」
 やめろと言ったところで言葉が通じる相手ではないが、せめてもの抵抗にと叫ぶ。
 無駄な努力お疲れ様、と片足だけするりと下着を脱がせられ、次いで両足を左右に大きく割り開かれる。
「んっ!?」
 古泉の間抜けさなど比ではない恥ずかしい格好をさせられて泣きそうだ。
 古泉この野郎、にやにや笑ってんじゃねぇよ!
「見る、なっ、視姦されてる気分になる!」
「それはそうでしょうね、事実視姦していますから」
 いけしゃあしゃあと言いやがった。
「いやあ、絶景ですねぇ」
 死ね、氏ねじゃなくて死ね。
 どこかに殺し屋、スナイパー、ハンターがいたら俺のところに来なさい。首洗って待ってやがれ古泉!
「ひッ――――」
 口の中に指くらいの太さの触手が入ってきた。とろりとした粘液を纏ったそれが舌を引きずり出す。
「ん、ふぅっ、む」
 どこか花の蜜に似た、仄かに甘い味がした。
「ふ……はっ……ん」
 触手は口の中をかき回し、粘液と唾液を混ぜ合わせる。
 そうやって送り込まれた粘液が口の中いっぱいに広がり、俺は飲み込むほかなかった。
 こぼれた液が顎を伝うむずがゆさの不快なことといったら。
「ん! あ……!? あっ……」
 うん、まあ想像はしてたよ、この粘液がいわゆる催淫効果のあるものだろうなっていうのはさ。ありがちありがち。
 でも想像してたから覚悟もしてたかというとそれはまた別問題で、だから自分の身体の急激な変化に戸惑った。
「や、……ん! あ……あああっ……!?」
 全身が性感帯に変わったような熱さに耐えられない。がくがくと身体が震えだす。
 敏感になった肌は少し撫でられるだけでそこから溶けるような快感を伝えてくる。
 特になんでもないはずの肌でさえかなりの快感を得てしまうのだから、元からそういう部分だった器官で得られる快感の強さはもう、俺のボキャブラリーを総動員しても表現が追いつかない。
「っ、や……やめ、あ! あぅ! あ、あ……あっあ!」
 何本もの触手が俺の性器に纏わりつき責めたてて、ぬちゃぬちゃずるずると、耳を塞ぎたくなるような淫猥な音を奏でる。
「ふっあ! んあ! う! い、やあっ、だ! こ、んな!」
 ぬるりと擦り、雫をたらたら垂らし、滴り落ちる蜜をなすりつける。
 なのに細い紐のような触手が根元をきっちり縛っていて、最後の解放をせき止めている。
「あっ! や、はぁっ! い、やぁああっ! ひぃっ!」
 気も狂わんばかりに全身を揺らして叫ぶ。
 少しでも熱を逃がしたかった。でないと何もかもがどろどろに溶けてしまう気がした。

 とろりと流れ落ちた液体が後ろの穴に到達し、びくっと身体が竦む。
「ひ、っ」
 ま、待て、待て待て待て!!
 次にやってくるものが何であるかわかってしまうだけに、あまりの恐怖で全身が戦慄いた。
 液体の後を追うように、もったいぶった動きで触手が下りていく。
 勘弁しろよ、はじめてを触手に奪われるってそれなんてエロゲ?
 俺の初体験は可愛い女の子と俺の部屋でお互い緊張しつつどきどきと向かい合ってだなあ、恥らう彼女をそっとベッドに横たえてできうる限り優しく、とかそういう世の童貞高校生が抱く理想の形であるべきなんだよ。
 だがしかしここは学校で、優しいどころか無理矢理で、ベッドじゃなく空中、しかも触手って。
 人間ですらねえじゃねえか。これだったら男にやられたほうがなんぼかマシだ。
「そうですか。ふふ、言ってくだされば僕がお相手したのに」
 寝言は寝てほざけ。
 しかし思いのほか強い古泉の視線を肌に感じてたじろいだ俺は、媚薬と一緒にその言葉も飲み込んでしまった。
「……あ」
 改めて思い知る、古泉が俺を見ているということ。
 全部見られてるんだ、触手に絡みつかれてはしたなく喘いで、身悶えて、そしてこれから突っ込まれるところも。
 ずくん、と身体の奥底が疼いた。
「ぃ……や、だ……見……なぁ……っ!」
 古泉は俺の懇願に耳を貸すことなく唇の端を吊り上げると、ゆっくりと腕を動かした。
 触手は古泉が自分の邪魔をしないとわかっているのか、特にそれを咎めたりはしない。
 緩んだ拘束の隙間をぬって、その手は下へと向かう。
 自分でファスナーをおろす古泉の指を、俺は信じられない思いで見る。
 なに考えてんだこいつ、頭おかしいんじゃないか!?
 取り出された古泉のものはすでにかなり勃ちあがっていて、綺麗な顔に似合わずえぐかった。
 俺だったら他人の前でオナニーとか絶対無理! ありえねえ!
 なのに古泉は平然として、にこりと俺に笑いかけてから、見せ付けるように勃起をしごきだす。
 爽やかな面してやってることはとんでもない。
 明らかにオカズにされている。
 自分がそういう対象になるということを実感させられるというのは頭から氷水を浴びたような衝撃で、怒りとも羞恥とも嫌悪ともつかない、入り混じって煮え立つ感情に背筋が震えた。
「こッ、の、変態、――――っあ!?」
 触手の先端がつぷりと差し込まれ、最後まで言えずに喉が反り返った。
「ああああぁあっ!」
 俺は必死に足をばたつかせたが、そんなことで逃れられるはずもない。
 入ってくる、入って、く、る!!
「――――――――っ!!」
 そこから一気に貫かれた。脳天を直撃する快感に、両足がぶるぶると痙攣する。
 そのまま失神してしまえたらどんなに良かったか。

 入り口を広げ、粘液の滴る胴体で俺の中を押し広げて犯す。
 ぬめった感触が内側を擦りあげながらずぶずぶと奥へ進んでくる。
 ぐちゅっ、と水音が頭に直接響き、俺は限界まで目を見開いた。
「や、あ、入って、はいっ、い、っあああああ!」
 触手に犯されているという事実が俺の心に絶望をもたらす。
 なのに身体は勝手にびくんびくん跳ねる。筋肉がぎゅっと緊張して痛いくらいだ。
 触手が俺の動きを制限していなかったら、俺は床の上をのた打ち回っていたに違いない。
「か……は、っ」
 刺激が強すぎて、反射的にぼろっと涙がこぼれた。
 息の仕方を思い出せなくなって苦しい。どうすればこの苦しさから逃れられるのかわからない。
 肺が役割を放棄して、まともな身体機能の代わりに性感だけが異常なほど高まっている。
 おそらく腸の粘膜から直接催淫成分が吸収されているのだろう、溶かし尽くすような熱が下半身を焼く。
「あっ! ひ……ぁ!」
 その熱の持って行き場がなくて、身体の中でいつまでもぐるぐるととどまり、もう破裂寸前だと思うのにいつまでたっても際限なく膨らみ続ける。
 限界がどこにあるのかすら見えない。
「も……やぁ……っ」
 気が狂いそうな快感になにもかもが塗りつぶされて一色になっていく。
 涙と涎と粘液で汚れた顔を振り、すすり泣いた。
 裏筋をとろとろと伝っているのは触手の分泌液だけではなく俺から滲み出した先走りも混ざった粘液だろう。
 前を弄られるとそれに連鎖して後ろをぎゅうぎゅうに締め付けてしまい、触手の太さがはっきりと知覚できてしまう。
「あぁっ……い、ああっ! ん、っは!」
 かき回された腹の中が火傷しそうなほど熱い。抜き差しのたびに結合部がぐぷぐぷと泡立つ。
 触手が俺を揺さぶるので、当然のように俺の腰も揺れる。
 ぬちゅりと引き抜かれたかと思うと、また深くまで一息に突き入れられた。
「っぁああ!?」
 肉壁をぐりぐり押され、目も眩むような快感が俺を襲った。
「ひっ……あ、は……ぅ、ん!! はぁっ……! あ、っく!」
 何もない空間をつま先が何度も蹴飛ばす。逃げ場を失った快感は逆流して俺の身体に作用する。
 全身が敏感になりすぎて、ちょっとした感覚でさえ凶器のように鋭く俺の脳を突き刺す。
 こんな、こんなの耐えられると思えない。耐えられない。無理だ。
「や、も、やめっ、こん、な、のっ、っあ! や……だ! いや、んんぅっ! あ」
 短い髪を振り乱して必死に叫ぶ。
 全身の毛細血管、隅々にまで媚薬の効果が行き渡り、どこに触れられても気持ちよさに変換してしまう。
 まるで拷問のようだった。このままいくと俺が壊れる、そう思った。
「んっ、はぁっ……」
 埋め込まれていたものが、歪に膨らんだ部分を引っ掛けながら抜けていく。
 さっきまで一定の太さだったはずの触手がなぜ膨らんでいるのかという理由にまで頭が回っていなかった俺は、ぎりぎりまで引き抜かれた後、反動のように勢いよく突きこまれてようやくそれを理解した。
 そして理解したときにはもう遅かった。
「そ、だめだっ、あ、だ、め、んんんんんっ!?」
 奥深く潜り込んだ触手が、体内でどくんと大きく脈打つ。
 一瞬風船のように膨張したかと思うと、熱湯のような体液が、びゅくびゅくと内壁に叩きつけられた。
「あつ、ん、うっあ、あ、あ! そ、……そん、な、っ出て、う、あつ、ぃぃっ」
 注ぎ込まれるものが沸騰しているんじゃないかと思うほど熱すぎて、もう自分が何を口走っているのかもわからない、ひたすら熱い。

 犬が体温調節のために舌を出すように、口を開いて舌を空気に触れさせ、ぶつ切りの呼吸をする。
「っはぁ! はっ! はっ! っ、は」
 熱い、身体が燃えてしまう。内臓がどろどろに溶かされている気がする。
「う、はぁ、ぐ」
 身体の中に大量に流れ込んでくる体液を感じながら、それでもなんとか快感の波をやり過ごそうと歯を食いしばって耐える。
 本当はイきたい。解放されたい。なのに、触手はそれを許してくれない。
 逆巻く怒涛のごとき快感は、射精することのできない俺を苛み、俺は活きのいいエビみたいに跳ねた。
「んっんんんんっ!」
 押し返そうと蠕動する腸の粘膜の動きを利用して、触手も収縮を繰り返す。
 最後の一滴まで余さず吐き尽くそうとしているのか、認めたくないがおそらく触手にとっての射精であるだろうその行為は、なかなか終わらなかった。
 それが実際に何秒だったのかなんてわからないが、少なくとも俺にはとても長く感じられた。
「っ!」
 永遠にも等しい数秒間が過ぎ、ようやく満足したのかぞろりと触手が蠢いた。
「は……ぁ、っ」
 ゆっくり時間をかけて抜けていく。
 全てが抜けた瞬間、塞ぐもののなくなった穴から粘液がこぷりと音を立ててこぼれ、尻の割れ目を伝った。
 その程度のことにまたぞくぞくする。
 これで終わったのだろうか。
 閉ざされた暗闇の中に淡い光が射したように思えた。
 まだ残っているものがあると本当はちゃんとわかってたのに、わざと目を逸らして気づいていないふりをした。
 僅かな希望でも、それにすがりたかったんだ。
 そして馬鹿な俺は、ほんの少しの希望は多くの絶望より人を苦しめることが出来ると思い知らされることになった。
 今までの触手とは違う、一際太い管のような触手が俺の目の前を横切る。
 その管がしゅるしゅると俺の下半身に伸ばされる。
「……これはこれは」
 どこか感心したような古泉の声が聞こえたが、俺にはそれを咎める余裕など欠片もなかった。
 大抵の植物には雄しべと雌しべがある。いわば雌雄同体のようなもの。
 つまりこの触手にも雄しべ代わりの精管と、雌しべ代わりの卵管があると、そういうことなのだ。
 植物とはかけ離れた化け物のくせに、こんなところばかり元の植物らしさを踏襲しなくたっていいだろう。

 ――――ぞっとした。

「や、やめろ! やめてくれ、いやだ! やだっ、来るな、や、ひっ、ちょっ、待っ」
 俺は世界恐慌も真っ青な大恐慌をきたし、少しでもそのおぞましい管から遠ざかろうと身をよじった。
「やだ! やあ! おねが、お願いだから、いやだっ、やあっ!」
 半狂乱になって泣き喚く俺を、触手は無慈悲に絡めとり、全ての抵抗を封じ込めて力を奪う。
 さっきまで散々嬲られていた場所が、再び犯された。
「…………………………っ」
 もう、言葉も出なかった。
 体内をえぐる管の太さに圧死してしまいそうだ。ひどく圧迫されて、息を飲み込むこともできない。