「か……は…………」
 脳の回路がショートし、火花が散った。
 果たすべき役割を忘れ活動を停止していた肺がやっと己が呼吸器官であることを思い出したのは、しばらく経ってからだった。
 空気が肺活量の限界まで急激に取り込まれ、それを全て吐き出すように口から悲鳴が迸った。
「うあああああああああッ!!」
 ぎゅちぎゅちと目いっぱい道を拡張しながら、触手が焦らすように緩やかな速度で侵入してくる。
 柔らかい粘膜を押し込み、ペニスの裏側にある一番感じる部分を刺激する。
「は、ひ……! い! やだ……う……うそ、だっ……こん、なの、うそだっ……! っあ」
 恐怖と快感が一緒くたになってぞくぞくと背筋を駆け上がる。
 植木鉢のそば、触手の根元にできた巨大な瘤が伸縮し、俺に差し込まれた管と繋がる触手の中へ何かを連続して吐き出す。
 吐き出されたものを内包した触手は突起のようにぼこりと膨らむ。
 ピンポン玉ほどの大きさの丸い膨らみだった。
 それがいくつも連なって、管を通り、怯えて咽び泣く俺に向かって運ばれてくるのが見えた。
 俺の中には、たった今注ぎ込まれたばかりの精液が大量に残っていて、そこに卵を産み付けられるというのが何を意味するのか。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

「いやだ、それだ、けは、っあ! それだけはいやだっ! いやだ!」
 駄々をこねるように泣き叫ぶ。卵はもう、すぐそこまで来ていた。
 その距離に反比例してじりじりと恐怖が増し、俺を圧し潰す。
「やめ、う、ぐ、っやだ! 頼む、っから! 俺はっ、俺、男なん、だよっ! 無理だ!」
 嫌だとかやめろとか、拒絶の言葉を一生分くらい言ったと思う。
 なあ、いい加減叫び疲れたよ。喉から血が出てるんじゃないかと疑うほど痛い。
 それでも俺の絶叫は尽きることなく、後から後から溢れ出した。
 どれだけ叫んだところで、その声は届かないってのに、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す。
 零れ落ちた涙が口の中に入った。
「やめて、やめ……っくれ、無理だ! 男、なの、にっ!」
 男なのに、女じゃないのに、妊娠してしまうかもしれない。
 化け物の子どもを孕まされるくらいなら、このまま触手で首括って死んだほうがマシだ。
 だがどこまでも現実は残酷で、俺は自分で死ぬどころか自由に身動きすらも取れなくて、つぷ、と一つ目が押し込められた。
「あ! あ、あっ!?」
 無理やり異物を呑み込まされた身体が反射的に仰け反り、ぶるぶる震えた。
 今までに味わったどの快感よりも強烈な快感が爆発し、脳を破壊する。
「や、卵、たまご、がっ、は、苦……し、やだ、って! あ! ま、またっ! くるぅっ! あ」
 つぷん、と続けざまに何個も入ってくる。ぼこぼこと引っかかりながら進み、中を満たしていく。
「ひあ! ひ、中、なか、いっぱ、んっあ、や、奥っ! やだ、抜け、抜い、抜いてく」
 次々と送り込まれる卵に耐え切れず、俺は息も絶え絶えに訴えたが、すでにろれつが怪しくて、濁音がうまく発音できない。
 『だ』が『ら』に近い音になるって、本当にあるんだ。
「っ、くぁぁあっ! こわれるっ! こわ、っれ、ちま……っ、ぃやだ、もうやだぁ」
 子どもみたいにしゃくりあげながら、ここから助け出してくれる誰かの存在をただただ願った。
 涙でかすむ視界にぼんやりと人影が見えて、
「こいずみ、こい、ず、みッ! たす、助けっ……あ!」
 形振り構っていられずに、俺はプライドを投げ捨て、藁にもすがる思いで古泉の名を呼んでいた。

 息が苦しい。いつまでたってもいけなくて苦しい。詰め込まれたもののせいで腹が苦しい。
 今の俺は、全部が「苦しい」で構成されていた。だから、苦しすぎてどうかしてたんだろう。
「た、すけ、たすけ……って、くれ、古泉、こ」
 うわごとのように古泉に助けを求めた。
 さっき古泉自身も言ったじゃないか、助けるのは無理だって。
 それでももしかしたらと確立何万分の一かの起こりっこない奇跡を願ってしまうほど、俺の精神は追い詰められていたのだ。
 脳内麻薬の作用ってやつは恐ろしいね。
「……承知しました」
 あまりにさらりと言われたものだから、俺は自分の願望のせいで聞こえた空耳かと思った。
 俄かには信じられず、すがろうとした瞬間にまた手ひどく振り払われるんじゃないかと、悲しいことを考えた。
 古泉は喘ぎ混じりにしゃくりあげる俺に微笑みかけ、その躓きそうなくらい長い片足を勢いよく振り下ろした。
――――触手を支えている植木鉢に向かって。
 狙い違わず、古泉の蹴りは植木鉢に命中した。
 砕けた破片が陶器特有の音を立てて散らばったのを視界に捉えた直後、俺は空中に投げ出されていた。
「あ!」
「っと」
 いち早く触手から解放され、すとんと着地した古泉が、俺の身体を受け止める。
 あれだけ俺を苦しめた、身体に巻きつきあるいは中に入っていたはずの大量の触手は、拍子抜けするほどあっさりと跡形もなく消え失せた。
 それはつまり、俺の性器の根元を戒めて射精を邪魔していた触手も消えたということで。
「あ、っあ、出る! 出、んっくぅうううう……ッ!!」
 今まで散々塞き止められていたものがいきなり解放されたのだ。その衝撃ときたら。
 規模の大きい雪崩みたいな快感に抗う術もなく押し流され飲み込まれ、俺はびくびくと身を震わせながら、古泉の腕の中で果ててしまった。
 最悪の結末だ。これ以上恥ずかしいことがあるだろうか、いやない。
「んっ……ん……ん……」
 マイル、つまり1600メートルリレーを全部一人で走ったような、そんな無茶苦茶な疲労感。
 立っていられなくて、古泉の胸にぐったり体重を預ける。
 古泉の制服には俺の精液がついていた。耳がかっと熱くなる。
 だんだんと呼吸が落ち着くにつれ、自分のしでかしたことが理解できていく。
 恥だ! 腹掻っ捌いて死ぬから誰か介錯を頼む!
「うっ……」
 無性に泣けてきて、手の甲で顔を拭う。ごしごしと力任せに拭っていたら手首を掴まれて止められた。
 顔を上げれば、見た目だけは優しい顔で古泉が笑っていた。
「僕、まだいってないんですよ」
「え」
 さっき免れたと思った床との衝突を、今度こそ体験する。
 世界が半回転し、俺は古泉に押し倒されていた。古泉がぐいぐいと腰を擦りつけてくる。
 手のひらが尻へと回り、割れ目を左右に開いた。
「ひうっ」
 指が穴に差し込まれる。少し潜って何かにぶつかった。びくんと身体が跳ねる。
「っあ! あぐ」
「あ、やっぱりまだ入ってますね」
 俺がずっと感じていて、でも何事もなかったような顔をして便所で処理しようと思っていた異物感を、古泉は言い当ててくれやがった。
 中を探るように指がうごめく。
「あ、あっ!」
「全部出さないとまずいですよね。手伝って差し上げましょう」
 便所なら一人で行けるから、お前に手伝ってもらうことなんて何もない。
「この場で出さないのでしたら、卵入れたままで犯しますが」
 それでも宜しいんですか? 古泉はにこやかに言ったが、そういう顔で言う台詞じゃねえよ。

 どっちを選んでも最悪の究極の二択を迫られた俺は結局、二つを比べたらまだこっちのほうがほんの少しだけマシ、と思うほうを選んだ。
 選ぶしかなかったんだ、他の道は古泉の手によって閉ざされていたから。
 くそ、なんで俺がこんな目に。忌々しいどころの騒ぎじゃない。
 さっきこれ以上恥ずかしいことはないと言ったばかりでなんだが、前言を撤回させてもらおう。
「はい、では息んでください」
 古泉が指で後ろを刺激しながら、もう片方の手のひらで上から腹をぐっと押す。
 なんなんだお前は、産科医にでもなったつもりか。
 そしてその締まりのないツラは何だ。
 俺が死ぬほど屈辱的な辱めを受けている姿を見てそんなに楽しいか。
「ええ、とても」
 この変態を更生させることよりも、針の穴に象を通すほうがよっぽど簡単に違いないと思う。
 腹の中でごろりと卵が転がる。
 苦しい、早く出したい。
 どんなに恥ずかしかろうが、結局俺はその生理的な欲求には勝てなかった。
 人間とはかくも悲しく弱い生き物なのか。
「く、……かはっ」
 下腹に力をこめるようにすると、立て続けに卵が身体から吐き出されていく。
 細かい描写は省かせてくれ。じゃないと俺は精神に異常をきたし再起不能に陥るだろうからな。
 弁護側はあれを産卵ではなくて排泄だと主張します! 検察側の意見は黙殺だ。
 いや、俺は被害者だから、真に糾弾されるべきは古泉の方で、裁判長、死刑判決を下してください。
「はあっ……はぁ、はぁ……、ん」
 ぎゅっと眉根を寄せると、汗がこめかみから顎を伝ってぽたりと落ちた。
「随分気持ちよさそうですね」
 気持ちよくねえよ苦しいんだよ!
 だいたいいけ好かない男の前でこんなことさせられんの、苦痛以外の何物でもないっつうの。
「でも、また硬くなってきてるみたいですけど」
 そう言って、古泉は指を這わせてきた。
「っちょ、やめ」
「ああ、なるほど、あなた苦痛が多いほうが興奮するんですね。Mっぽいなと思ってはいましたが」
 お前ほんと死ね! 判決を待つまでもなく俺がこの手で引導を渡してやる!
 怒りで余計な力が入ってしまい、卵が変なところに当たった。
「うあ」
「ほら」
 古泉がくすくす笑いながら腹を押す。
 悔しい悔しい悔しい。憎しみで人が殺せたら。
「っは……あ、くぅっ」
 どういう仕組みだかはわからんが、体外に出た卵はとたんにみるみる萎んで、芥子の種のような姿になった。
 えーとあの、よくアンパンの上とかにのってるやつ。その極小の粒も、すぐに魔法のようにかき消えた。
「もうないですか?」
 古泉の指が、確かめるように奥まで入り込み、ぐりぐりと中で回転する。
「あ! ば、バカっ、やめ、ひぁ」
 触手も卵も無くなったが、催淫成分だけは未だ効力を失っていなかったようで、残り火が俺の身体を蝕み続けていたのだ。





興人さんにすごいものを描いていただきました ありがとうございます