※ご注意:今回はホタルシリーズ【きみの瞳に映るもの】のワンシーンに関する話をしています。
読んでいない方も一応流れがわかるようには書いたつもりですが、どうしてもわからない方はホタルシリーズより【きみの瞳に映るもの】を読んでみて下さいね。
フラワーシャワーの中を6月の花嫁が新郎にエスコートを受けながら歩いてくる。
バージンロードを歩く幸せそうな二人を、複雑な思いで見つめる。
これで、良かったんだよな…。
ウェディングドレスの胸にあしらわれた銀の薔薇の刺繍が、花嫁の動くたび太陽を受けてキラキラと光り、フワリと広がるドレスが妖精のように愛らしい。
友人に見せる照れた仕草も、来賓に向ける微笑みも、全てあの新郎のものなのだと思うと、やはり嫉妬を抑えきれない部分があり、気がつけば溜息が出てしまう。
結婚式で溜息なんて俺くらいだろうな。
そう思っていたのに、すぐ傍から小さな溜息が聞こえて思わず振り返った。
バッチリと目があったのは、意外にも俺の良く知った顔だった。
「拓巳、亜里沙。来てくれたのね。どうもありがとう」
溜息を吐いていた二人に向かって、溢れんばかりの幸せな笑みで、花嫁が駆け寄ってきた。
「陽歌、綺麗よ。こんなに急に結婚するなんて思いもしなかったけど。…良かったね、おめでとう」
亜里沙は陽歌に抱きついて、泣きそうな表情をした。
傍から見たら、親友の結婚に感極まったように見えただろうが、それだけではないような気がした。
「ありがとう、亜里沙。あなたのおかげよ」
「私の?」
「うん、亜里沙が私が夢に見ていたあの風景を偶然見つけてくれなかったら、今、私はこうしてここにいなかったわ。私は先生と出逢う事もなく、ずっと夢の意味を知らずに過ごしていたかもしれない。本当に感謝しているの。…ありがとう」
「お礼なんて…幸せになってね、陽歌」
「うん、亜里沙も幸せになってね」
陽歌は亜里沙を抱きしめ、そのまま肩ごしに俺を見つめた。
「拓巳、もしかしたら来てくれないかと思っていたの。嬉しいわ」
亜里沙に最高の笑顔を向ける花嫁は、真夏の太陽のようにキラキラと輝いていた。
その瞳に眩しさを感じたのは俺だけではなかったのか、亜里沙は静かに微笑み瞳を伏せた。
ああ、この瞳だ。
俺が手に入れたかった最高に綺麗な瞳。
この目で俺を見つめて欲しいとどれだけ願っただろう。
もしもあの時、無理やりにでも彼女を抱いていたら、陽歌は今頃俺の腕の中にいたのかもしれない。
だけど、これでよかったのだと、今は思う。
陽歌が長い間見続けていた夢の男と出逢い、夢の意味を知ったとき、彼女は自分を支えることが出来ないほどに憔悴していた。
俺を惹き付けて止まなかった強い瞳の光は哀しみに染まり、強気の彼女では考えられないほど、脆くなっていた。
彼女を支えるのは自分でありたい。出逢ったばかりの夢の男ではなく、6年間彼女を見続けた俺を受け入れて欲しいと強く思った。
だから一つの提案をした。
俺を受け入れるなら全力で陽歌を護る。だがどんなに辛い現実も逃げずに受け入れられるなら先生のもとへ行け、と。
リスクのある提案だったが、心が弱った陽歌に冷静な判断が出来ないだろうと思っていた俺は、確実に彼女を手に入れる自信があったのだ。
実際に脆くも崩れた陽歌は一旦は俺の手中に納まったかに見えた。
だが組み敷かれた彼女の瞳は哀しげに揺れ、俺を通して別の誰かを見つめていた。
その瞬間、彼女の瞳に映るものは、俺ではダメなのだと悟った。
それと同時に、手に入れる為ならどんな手でも使おうと、陽歌の苦しみさえ利用していた自分の浅ましさに嫌気が差した。
陽歌を愛していると思っていたのに、俺は自分の事ばかりで彼女の不幸を何処かでチャンスだと喜んでいたのだ。
俺には彼女を手に入れる資格など無いのだと思った。
だから、背中を押してやった。
俺に背を向け部屋を駆け出していった陽歌の後姿が、今も瞼の裏に焼きついている。
だが後悔はしていない。
今日の陽歌の笑顔が、俺は間違っていなかったと教えてくれているのだから。
晃先生とは初対面だが、思っていたよりずっと優しそうな人だ。
ハッとするほど綺麗な瞳をした人で、とても愛情深く陽歌を見守っている。陽歌も同じく深い愛情を込めた瞳で見つめ返す。
これこそが俺の惚れた瞳だった。
どれほど長い年月俺が陽歌を想い続けても、彼女が俺を夫として受け入れることは決して出来なかったのだろうと、今だからこそ解る。
この瞳は最初から、彼女の中に生きるもう一人の女性と同じ風景を見て、同じ男性(ひと)を愛し続けていたのだから。
「ばーか。俺が結婚式に来ないわけないだろ? 発破を掛けたからにはちゃんと結婚式を見届けるまでは責任があるからな。もう保護者の気分だぜ? お前が落ち着かないと心配で新しい恋を見つけることも出来ないじゃねぇか」
「本当にありがとう。あの時拓巳が背中を押してくれなかったら、私…」
戸惑った表情に俺への罪悪感が浮かぶ陽歌に、苦笑いを浮かべながら俺は最後の虚勢を張った。
「そうだなぁ。あの時おまえが決心しなかったら、今、隣にいたのは俺だったかもな。まぁ、お前みたいなじゃじゃ馬を貰ってくれるって奇特な男が俺以外にもいるなんて、思わなかったけどな。お前が選んだ道だ。絶対に逃げるな。そして誰よりも幸せになれよ」
「…うん。ありがとう。…ゴメンね」
「謝るなって、俺がモテるの知ってんだろ? これでも傷つけずに断るのって大変なんだぜ? 今までは俺がお前に惚れているってのが周知の事実だったから、いい隠れ蓑だったんだけどなぁ。お前の結婚が決まってから携帯が鳴りっぱなしでさ…最近は電源を入れるのが怖いんだぜ」
うんざりと言った表情でおどけると、ようやく再び笑みが戻った。
そうそう、花嫁にはやはり幸せに笑っていてもらわないとな。
「いいか、夫婦ケンカしても愚痴を聞いてやる余裕はねえからな。自分で解決しろよ。まぁ、先生が相手じゃ、陽歌に勝ち目はなさそうだけどな」
ニヤニヤとからかうように言うと、「バカにして!」といつもの調子で俺の肩を叩いてきた。
バシッと派手な音がして、周囲の視線が集まった。
お前…仮にも花嫁だろ?
式の間くらい、もう少し慎ましくしろよな?
「ったく、先生も苦労しそうだな。じゃじゃ馬の花嫁ですがよろしくお願いします。幸せにしてやってください」
俺の台詞を受けて、彼はニッコリと笑った。
「うん、任せといて」
たった一言。
だけどこの言葉には先生の心の広さと深い愛情が凝縮されていた。
完敗だな…。
この人はきっと陽歌を幸せにしてくれるだろう。
陽歌が選んだのが彼でよかったと、素直に認める事ができた。
本当に良い人と巡り合えてよかったな、陽歌。
幸せになれよ…。
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