ベストフレンド 友達であるために 2 Side Takumi




6月28日が急遽結婚式に決まったのは、晃先生の誕生日という理由らしいが、世間一般は平日だ。
有休を取りたい所だったが、月末でしかも月曜日。おまけに木曜日から海外添乗に出る俺は事務仕事がたまると後が辛くなる。
7月最初の添乗を皮切りに怒涛のように続く海外ツアーとバスツアーで、ありがたいことにうちの会社は半端無く忙しい。
当然上司や同僚達が結婚式の為にゴッソリと月曜日に休むことは不可能で、俺と亜里沙が職場を代表して出席する形となったのだが、「遅くなっても戻れ!休んだら半年間休み無しで扱き使ってやる」と予め上司にシッカリと脅された。
ここ暫く連日の残業に加え、休日も儘ならない俺としては、できれば結婚式にかこつけて有給を取りたかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
披露パーティの招待を断るのは悪い気がしたが、陽歌は忙しい時期に来てくれただけで嬉しいと言って、電車の時間に急かされる様にして早々に教会を後にする俺を笑って送り出してくれた。



「待って、拓巳。私も帰るし、一緒に行こう?」

後ろ髪を惹かれる思いで教会を出て程なくして、亜里沙が走って追いかけてきた。
彼女も経理を担当している為、月末は猫の手を借りたいほどの忙しさだ。俺と同じく有給は取らせてもらえなかったらしい。
駅へと向かう間、会話は自然と陽歌の事になった。

「ねぇ拓巳知ってる? 陽歌ったら結婚後も仕事を続けるつもりだったらしくて、片道2時間の距離を通勤するつもりでいたんですって」

「ゲッ、マジかよ? あいつの仕事熱心なのは知っているけど、幾らなんでも無理だろう?」

「うん、私もそう言ったのよ。幾ら隣県で近いとはいえ、一応県外だもんね。電車で2時間なんて交通網の発達した首都圏なら解るけど、こんな田舎じゃ電車一本乗り遅れたら、1時間は待たなくちゃいけないのよ。乗り換えのバスだってすぐに無い場合もあるし、残業なんかしてたら帰宅は夜中になっちゃうよ。絶対に無理でしょ? 一応新婚さんで主婦で…おまけに母親なんだから」

「あはは…母親ね。結婚していきなり16歳の息子ができたんだから、陽歌も大変だなぁ。しかし仕事の事は驚いたな。あいつ責任感の強いところがあるからな」

「この時期に突然退職することになって、みんなに迷惑を掛けて申し訳ないって言ってたからね。仕事を放り出すみたいで嫌だったんじゃないかな。一応私が出来ることは引き継いだけど、1階のカウンター業務までは流石に引き継げないものね。心配だったんじゃないかな?」

「まぁ気持ちは解るけど、続けてたら新婚早々家庭崩壊だろうな」

「でしょ? 私が説得しても耳を貸さないし、結局、晃先生と陽歌がお姉さんみたいに慕っている蒼(あおい)さんが、必死で説得して折れたのよ」

「蒼さんって、あの髪の長い女の人だろ?」

「ええ、晃先生のお義姉さんなんですってね。彼女の双子の妹が…先生の亡くなった奥様なんでしょう?」

結婚式に来ていた腰までの黒髪の綺麗な女性。彼女を見た時、陽歌の持っていた茜さんの写真と瓜二つだったことにとても驚いた。
俺が黙って頷くと、亜里沙は複雑な表情でためらいがちに続けた。

「……陽歌は本当に幸せなのかしら?」

「え?」

「だって、晃先生は今も奥様をとても愛しているわ。もしかしたら陽歌の中に彼女の記憶があるから、先生は結婚したんじゃないの?」

「…もしかして、それで式のとき溜息なんて吐いていたのか?」

花嫁の美しさに感嘆するものとは少し違ったニュアンスを感じた溜息。あの時、結婚式の幸せな雰囲気とは相反するものが滲んでいた気がして、とても気になった事を思い出した。
肯定も否定もしなかったが、黙って視線を外したのを、俺は答えだと受け止めた。

「俺は茜さんが陽歌の中に残した思いを知って本当に切なかった。晃先生のもとへ還りたいという茜さんの強い気持ちが陽歌に夢を見せ二人を引き寄せた。茜さんと陽歌はずっと昔から二人で一人なんだ。陽歌の見るもの、感じること、全ての感情を共有して生きてきたんだよ。亜里沙、お前の親友は陽歌であり、茜さんでもあったんだ。すぐには受け入れられない部分もあるかもしれないけれど、理解してやって欲しい。…俺はこれでやっとみんなが幸せになれると思っているんだ」

「みんなが幸せに? …そうだと良いけど。でも…」

「でも?」

「………なんでもない」

そう言ったきり黙り込み、歩調を早めて俺より前を歩き出す。
怒っているような態度に、俺も歩調を早めて追いつくと、頭一つ小さい亜里沙の顔を覗き込んだ。
亜里沙は怒っているわけではなく、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「…なぁ? おまえ、何かあったのか? 親友の結婚式だってのにドンヨリ沈んでいるしさ。もしかして彼氏と喧嘩でもした? だから結婚式に来なかったとか?」

「…喧嘩なんてしてないわよ。大体、どうして彼が結婚式に来ると思ったの?」

「…へ? だって、陽歌のことだから式に招待してたんだろ? 彼が急患で運ばれたから先生に出逢えた訳だし、いわばキューピットなんだから」

「あ…っ…あぁ、彼はその…仕事が忙しくて出席できなかったのよ。あ、ねぇそれより知ってる? 陽歌の着ていたウェディングドレスって手作りなんですって」

アハハと乾いた笑いに見えた明らかな嘘。 たどたどしく言葉を繋ぎ必死に会話を変えようとする様子は、見事な大根役者ぶりだった。
彼女は何故か、恋人を俺達に決して会わせようとしない。知っているのは有名野球選手と同じ鈴木一郎という名前と、海外出張で日本にいないことが多いという事くらいだ。

「…ふーん…なら良いけど、お前、何度誘っても彼氏を連れてこないだろ? 実は彼氏なんていないのに見栄を張ってるんじゃないかと思っていた事もあってさ、今日こそは真相を確かめようと、密かに楽しみにしていたのになぁ」

冗談半分、本気半分。
亜里沙が頑なに彼を紹介するのを拒む理由を問い詰めるチャンスだとばかりに畳み掛けた。
偽装彼氏疑惑を掛けられて、きっと亜里沙は困惑するだろう。そしてついに観念して照れながら携帯の画像を引っ張り出してくれるくらいの事はするかもしれないと思っていた。

だが俺の予想は大きく外れた。
亜里沙は息を呑み、偽装疑惑を肯定するかのように動揺したのだ。
更に年齢や仕事に質問が及ぶと、以前無理やり聞き出した僅かな情報と明らかに違っている。
そこを突っ込むと更に動揺し、発言が二転三転する。

彼女が嘘を吐いているのは明らかだった。

まさか、と思う気持ちの何処かで、やっぱり、と思っている自分がいた。
これまでにもおかしいと思うことは時々あったのだ。
亜里沙はとても綺麗な恋する瞳をしている。だがその思いを表に出さないように、必死に隠している為、 恋する瞳フェチのこの俺でさえ、例の『彼氏が出来た宣言』まで、彼女が恋をしていると気付けなかったほどだ。
そこまでして隠さなければならない恋心とは、もしかして人には言えない相手なのだろうかと、ずっと気になっていた。
更に陽歌が亜里沙の恋に干渉する事をタブーとしていた為、その疑心は益々煽られていたのだ。

「…いい加減に嘘は止めろよ。なんで俺達にまで嘘をついて無理するんだ? もしかして俺達に言えないようなヤツと付き合っているのか? まさか不倫してるんじゃないだろうな?」

頭をフルフルと横に振り否定をする亜里沙。

「ちがうっ、違うの。確かに付き合ってはいないけど、不倫とかそんなんじゃない。もう何年も片想いなの。ほうっておいてよ!
大体ね、偽装疑惑って言うけど、元はと言えば拓巳が私に彼がいるって勝手に勘違いして盛り上がったんじゃない」

俺が勘違いしたって…いつかのあれか?
引っ込みがつかなくて、一年近くも彼氏がいるフリを続けてきたって言うのか?
ありえねぇ…。

それに、片想いって亜里沙が? こいつに言い寄られて振り向かない男なんているのか?

亜里沙は美人だ。
165cmの身長にスラリと長い細い手足。華奢に見えてもちゃんと付く所にはついていて、俺の見立てでDカップは下らないだろう。
肩の上でフンワリとカールするハニーブラウンの髪。綺麗な二重に縁取られた薄茶色の瞳は、見るものを惹きつけるほど綺麗だし、小さめの唇はぷっくらと官能的ですらある。
可愛らしさと色気が混在する小悪魔的な魅力。加えてその整った容姿に抜群のプロポーション。
男なら誰でも一度は連れて歩きたいと思う女だろう。
その亜里沙になびかない男?

どこの誰だよ、そいつ?

「信じられねえな。亜里沙が片想いって…嘘だろ? 目ぇ悪いんじゃねぇか? バカな男もいるんだな」

「…いるのよ、バカな男がね。私の気持ちになんて全然気付いてなくて、他の女をずっと愛しているの」

「おまえもそんな奴諦めればいいのに。」

亜里沙は大きな溜息を吐き、本当にそう出来たらいいのに…と呟いた。
彼女のそんな呟きを聞きながら、俺も人のこと言えないけどな…と呟いた。

「亜里沙、おまえすぐに仕事に戻るのか? 時間も時間だし、一緒に昼飯食ってから戻らねぇか?」

「うん、いいよ」

「月末だし経理も大変だよな」

「うーん。それもあるけど、2時に陽歌から引き継いだハネムーンの引渡しがあるんだよね。ハワイの現地ウエディングの第1希望がまだ取れなくて困っているのよ。ギリギリまでキャンセル待ちを掛けて第2希望で抑えてあるんだけど…あと10日で取れるかしら? 不安だわ。それに今度の団体の確認もしなくちゃいけないからね。残業覚悟だなぁ」

「ハワイなら俺が添乗に行くときに現地で交渉してきてやるよ。その残業覚悟の確認って、俺の添乗のだろ?それ、今まで陽歌がやってた仕事だしカウンターの後輩に任せればいいんじゃないか?」

「そうなんだけど、今カウンターも忙しいでしょ? 時間もかかるし面倒くさい仕事だから皆嫌がっちゃってね」

ちょっと驚いた。
どちらかというと、人の嫌がる仕事を自ら請け負うタイプだとは思っていなかった。
真面目でバリバリのキャリアウーマンタイプの陽歌と違い、一見派手な亜里沙は腰掛け程度に仕事をこなしているのだと思っていた部分は否めなかった。
実際に、以前陽歌がチェックをしているのを手伝いながら、こういう仕事は苦手だと途中で根をあげていたのを知っていたからだ。
真っ先に逃げるタイプだと思っていたのに、長い付き合いでも意外に亜里沙の仕事に対する姿勢が、言葉とは裏腹であることに気づき、散々親友だと豪語しておきながら、彼女の事を解っていない自分を恥じた。


…俺って最低かもしれないな。
罪悪感が込み上げて、彼女の為に何かしたくなった。


「なぁ、今夜俺に付き合えよ。飲みに行こうぜ」

「え? でも…多分遅くなるよ」

「遅くなったっていいじゃないか。タクシーで送ってやるよ。 付き合っているヤツがいないなら誰に気兼ねすることもなく飲みに誘ってもいいだろ? 陽歌の結婚を祝って二人で飲もうぜ」

「陽歌の結婚祝い? 本人不在でかぁ。ふふふ…いいわね。酒の肴にしてやりますか?」

「ああ、今晩くしゃみが止まんねえだろうなぁ、陽歌のヤツ」


詫びのつもりで誘った食事だったが、 無邪気に笑う亜里沙の顔を見ていると、何だか嬉しくなって今夜が楽しみになってきた。



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