Love Step

Love Step番外編

*** 君と綴る桜の夢 ***




3月に入ると途端に陽射しが温かくなる。
昨日まで来ていたコートを脱いで少し薄着になったり、柔らかい春色の洋服を着たくなるのはどうしてだろう。
温かい陽射しに誘われて春風を求めるように外に飛び出す。
体いっぱいに太陽の光を浴びると心も身体も温かくなって気持ちが軽くなる気がする。

日を追うごとに温かくなり桜の木々がその枝をほんのりと染め始め花を芽吹く準備を始めている。

龍也先輩の生まれた桜の季節まであと少し…。


初めて共に迎えるあなたの誕生日は満開の桜の下がいい。

夢のように美しく降りしきる満開の桜の下であなたの腕の中で語りたい。

これから先もずっと共に歩く未来の夢を。





+++   +++   +++





『明日は天気が良いらしいから久しぶりに屋上で待ってる。聖良の弁当楽しみにしているからな。』

昨夜、龍也先輩からメールをもらったあたしはちょっと浮かれていたと思う。
だから朝も随分早く目が覚めてしまった。

おかげでお弁当もいつもより時間をかけて作ることが出来たから、龍也先輩の好きなものばかりを用意した。

先輩の大好きな鳥の唐揚げとハンバーグをメインに、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらゴボウにふんわりだし巻きタマゴ、蓮根のサラダにはブロッコリーとプチトマトで彩りを添えた。もちろんあたしの大好きなタコさんウィンナーは忘れない。
おにぎりはシャケとたらこの2種類、二人のお出かけお弁当には必須のスペシャルハムサンドとタマゴサンドも用意した。

最近は随分陽射しも春らしくなり屋外でお昼休みを過ごす学生も多くなって来ている。
温かい太陽の下でお弁当を食べるのが大好きなあたしは春が来るとウキウキしてくる。

冬の間はずっと生徒会室で一緒にお弁当を食べていたあたし達もそろそろ冬眠から覚める時が来たみたい。
久しぶりにお日様の下でお昼を食べると思うと、ピクニックみたいで何だか気分が浮かれてしまう。

もしかしたら、昨日生徒会室の隣りの芝生でお弁当を食べている女の子たちを見て「そろそろ外で食べるのもいいなぁ。」って思っていたのを龍也先輩は気付いていたのかも知れない。

何も言わなくてもちゃんとあたしを見てくれていると思うと何だかとても幸せな気分になってくる。
女嫌いで秀才のクールビューティと言われる生徒会長が、あたしにだけは優しく微笑んでその愛情を惜しみなく注いでくれる。

あたしって世界一幸せな女の子なのかも知れない。



大好物ばかりを用意したお弁当を龍也先輩は気に入ってくれるかな、などと浮かれてお昼休みを待ちわびていたあたしは、朝からずっとニコニコと機嫌が良かったみたい。
自分では意識していなかったけれど、かなりテンションが高かったんだと思う。


だからあたしはまったく気付いていなかった。


彼らがあたし達にずっと注目していた事に…





+++   +++  +++





「ねえ、淳也。聖良ちゃんが朝からスッゴクご機嫌らしいんだけど…佐々木君もかなり機嫌が良いわよね。」

1時間目の授業が終わった時、最近僕の彼女になった愛子が僕の隣りにやってきてそっと耳打ちした。
佐々木の機嫌が良い?

「そうか?僕にはいつもと同じに見えるけど。流石の佐々木もこのポカポカ陽気でボ〜ッとしているんじゃないか?すっかり春だもんなぁ。」

「そんなんじゃないわよ。きっと聖良ちゃんと何か特別な約束でもしているんじゃない?いつもより雰囲気が柔らかいもの。」

ああ、そう言われればいつもよりも表情が柔らかい気もする。
愛子は佐々木に長い間片想いしていただけあって、あいつの微妙な表情を読むことが出来るらしい。
僕と付き合いだしてからは愛子が僕しか見ていないことはわかっていても、相手が佐々木だと思うとどうしてもムカツク。
少しお仕置きをかねて愛子を苛めてみたくなってもバチは当たらないだろう。

「愛子はまだ、佐々木が好きなのか?そんなに気になる?」

「ばっ…何言ってんのよ?あたしは…もう佐々木君なんて見ていないもん。」

頬を染めて僕を睨む愛子がかわいくて耳元に唇を寄せ、わざと息を吹きかけるようにして語りかける。

「じゃあ、誰を見ているんだろうな?…教えて…。」

愛子は耳が弱いからここを攻めると途端にカクンと力が抜けてしまう。笑いながら腕に抱きとめると頬染め怒ったようにプッと膨れた。

その表情可愛すぎ。あんまり人前でしないで欲しいね。
…って原因は僕か?
教室で愛しの彼女にこんな悪戯をしてしまう僕は、あまり佐々木の事を言えないかもしれないな。

「…っ、淳也のバカ!あたしにかまっている場合じゃないのに。チャンスよ、チャンス!!佐々木君と聖良ちゃんのラブラブシーンを見られるんじゃない?」

そうだ、言われてみればすげぇチャンスかも。

佐々木龍也はいつだってポーカーフェイスを崩さない。
クールビューティと言われる冷たい仮面を外すのは最愛の彼女、蓮見聖良の前だけだ。
あのアンドロイドみたいな佐々木が、唯一冷静さを欠くのは聖良に関する事だけだからな。
佐々木が聖良と二人きりのラブラブな所を見られるとしたら…すげぇ見ものだと思う。

あのすました優等生ヅラがメロメロに甘く崩れちまう所を見てみたいと愛子と二人でずっとチャンスを狙っていた…何て言ったら、暇なカップルだと思われそうだな。

だけど、それには理由がある。

聖良は女を遊ぶだけの対象として利用していた僕が初めて本気になった女だ。
そして、長い間佐々木に片想いをしていたが故に彼女である聖良を嫌っていた筈の愛子ですら、その純真さと芯の強さに惚れ込んだしまったくらいの存在だ。

僕たちは互いに想い合うようになってからも、僕らを変えてくれた聖良だけはいつだって幸せであって欲しいと強く望んでいる。
だからこそ、毎日佐々木の行動を見張るような事をしていたりする訳だ。

あいつが聖良を泣かせるようなことがあったら、僕も愛子も佐々木を決して許さないだろう。

まあ、今の佐々木を見ている限りでは聖良を泣かすような事は先ず無いだろうとは思うけどね。
あいつの聖良に対するガードはとにかく凄いものがある。
聖良を誰の目にも曝したくないと言う感じだ。男の視線のあるところから徹底的に聖良を避けている。

僕だってクラスのマドンナと言われる愛子を彼女に持っているから、自分の彼女が他の男から注目を受けることの苛立ちはわかっているつもりだ。

だけど、あいつの場合は苛立ちなんて言葉では片付けられない気がする。
聖良に絡んだ男は先ず、次の日はまともな顔でいられないだろう。

…まあ、僕が身を持って体験した事だからこれは間違いないと思う。

普段は冷静で感情を一切表に出さない佐々木が聖良のことになると血相を変えるから面白い。
あいつが表情を崩す所がみたくて、僕たちはずっとそのチャンスを狙っていた。


今日はまさにその日なのかもしれない。



あいつが動くのを僕らは静かに待つことにした。





+++   +++  +++





「うわっ!すげぇ…聖良。今日の弁当随分豪華じゃないか?」

お弁当を広げた途端、龍也先輩はあたしが期待していた通りの反応をしてくれた。
一瞬目を見開いて、それから嬉しそうにニッコリと微笑んでくれる。
相変わらず彼の笑顔に弱いあたしは思わずフニャ〜と頬が緩んでしまう。

「ふふっ、だって昨夜メールをもらったから…お日様の下で食べるんですもの、ちょっと気合を入れちゃいました。ピクニックみたいで楽しいでしょう?」

「うん、すげぇ。俺の好きなものばっかりだし、朝からよくこれだけのものが作れたよな。」

そう言いながら、大好物の鳥の唐揚げを嬉しそうに頬張る龍也先輩。

…カワイイ
なんて思ったら男の人には失礼なのかもしれないけれど、学校では滅多に笑顔なんて見せることも無く、クールビューティで通っている龍也先輩があたしにだけはいつだって笑顔を見せてくれると思うと凄く嬉しい。
最近は今みたいな子どものような無邪気な表情も、あたしの前だけでは自然に見せてくれるようになったし、甘えてくれるようにもなってきた。心を許してくれているのだと感じられて凄く嬉しい。
あたしを信頼してとても愛してくれているんだと思うと、心の奥から愛しい気持ちが溢れてくる。

「聖良、すっげ〜うまい。俺って幸せだなあ。」

「おいしいですか?よかった。龍也先輩の好きなものばっかり思いついて、あれもこれも入れたくなっちゃって…。欲張っちゃいました。」

「聖良は本当に料理が上手いよな。最近は晩飯も殆ど作ってもらっているから、体調が凄くいいんだ。やっぱり、コンビニ弁当ばっかりじゃ身体に良くないんだな。」

嬉しそうにハムサンドとおにぎりを交互に頬張る先輩は本当においしそうに食べてくれて、それだけであたしのほうが幸せになってしまう。

「今日は家庭教師のバイトでしたっけ?お夕飯どうしますか?」

「ああ、今日は5時からだから帰りは早いぞ。一緒に食っていけるか?」

「ママは遅いと思うから…先に家に帰って、ママの分だけ作って置いてきます。そうすれば遅くなっても大丈夫だし。」

「そっか、暗くなる前に来るんだぞ?心配だからさ。」

「ふふっ…龍也先輩心配性ですね。大丈夫ですよ。子どもじゃないんですから。」

眉を潜めて本当に心配そうな顔をする龍也先輩に、思わず微笑んでしまう。
本当に心配性なんだから…。
龍也先輩は眼鏡を取ると制服のポケットに入れて右手で眉間を抑えるようにしながら渋い顔をしてヘラヘラと(多分そんな風に見えたんだと思う)笑っているあたしを軽く睨んだ。

「聖良は無防備だからな。おまえ、人に道を聞かれたらホイホイ案内するタイプだろう?」

「え?う…ん、もし説明してもわからないって言われたらその場所まで案内してあげるとは思いますけど…。」

「それ、絶対にヤメロ。俺が一緒の時以外は誰に声をかけられても無視して逃げろよ。」

「は…?どうしてですか?困っている人がいたら…。」

「それが無防備だって言うんだよ。ナンパだったらどうするんだよ。」

「ナンパだったらわかりますよ。その時はちゃんと逃げますから大丈夫です。」

そう言った途端、先輩があたしをギュッと抱きしめた。
突然の行動に驚いて、先輩の顔を見ようと顔をあげた途端、唇の柔らかいものが押し付けられた。

「―――!」

「ほらな、聖良は警戒心ゼロだから、簡単にキスくらい奪えるぞ。絶対に気を付けろよ?」

頬も耳も熱くなっていくのがわかる。
確かにあたしたちのいる場所は死角になっていて見えにくいかもしれないけれど、屋上には他にも学生がいて、あたしたちだけじゃないのに…。

「もう…誰かに見られたらどうするんですか?」

「見せておけばいい。なんだったら聖良は俺のものだって大声で叫んでキスしてやろうか?」

「いやっ…いいです。やめて下さい。」

「そうかあ?遠慮しなくて良いのに。」

そう言ってニヤニヤと意味ありげな笑いを浮かべる龍也先輩に、もしかしたら本気かもしれないと思わず顔が引きつってしまう。
反応して言い返すと、またからかわれるのがわかっているから、聞こえなかったふりをして視線を合わせないようにそっぽを向いた。
先輩の言葉を無視したままタマゴサンドを一つ取って頬張る。

「クスッ……うまそうに食べるんだな、タマゴサンドうまいか?」

「うん、おいしいですよ。先輩も食べます?まだありますよ。たくさん作ったんです。」

「そうだな、聖良で味見してから決めようか。」

「あ、これ少し食べてみます…んんっ!」

手にした食べかけのタマゴサンドを一口味見するのかと思って差し出したあたしの手をグイと引寄せて龍也先輩は再び唇を塞いだ。
ビックリして目を閉じる暇も無いくらいで、固まっていると龍也先輩がチロ…と味わうようにあたしの唇を舐めた。
あんまりビックリして、口の中にあったタマゴサンドは一気に喉への滑り込んで、あたしは喉を詰まらせる所だった。

「龍也先輩!もうっいいかげんにして下さい。お昼休み終わっちゃうじゃないですか。邪魔ばっかりしていたらいつまでも食べ終わりません。」

「んじゃ、サボろうか?このままここでお昼寝コースって言うのはどう?」

「イヤです。」

「返事が早いな。」

「先輩みたいに頭が良いわけじゃないんですから…次の授業数学ですし担任ですから出なかったらまずいですもん。」

「数学なら俺が教えてるだろう?」

「授業に出ないとまた目をつけられますもん。先輩に教えてもらってようやく嫌味を言われない程度になったんですから。」

「俺はこのまま聖良といたいな。せめて後1時間は…。」

「何を我侭な事言っているんですか。ダメですよ、ほら、早く食べなくちゃ…って、あたしの話…聞いています?」

「問答無用。離さないし…。弁当もまだたくさん残っているし、食べ終わるまではまだ時間かかるぞ。」

あたしの声なんて耳に届かないと言わんばかりに抱きしめてキスしながら勝手に話し続ける先輩に何かを言い返したいのに、声を出そうとすると言葉を奪われてしまう。
身動きしようにも、しっかり抱きしめられて動きを封じられているから抵抗する事すら許してもらえない。

凄く苦しいんですけれどっ!

「天気もいいし、気持ち良いもんなぁ。こんな日は聖良を抱きしめて昼寝していたいよな。」

あたしは抱き枕じゃありません!

「このまま押し倒したら授業は無理だよな?」

凄く怖いです、その台詞…。

「外で開放的に誰かに見られるかもってスリルのあるエッチって言うのも良いかもな?」

絶対にイヤです。

「せ〜い〜ら♪諦めて俺とサボろう?」

生徒会長のお言葉とは思えませんが?

ああもう、誰か来て助けて欲しい。


龍也先輩は大好きだけど、最近彼は暴走すると場所を選ばない傾向がある。

学校であろうと人前であろうとお構い無しに抱きしめたりキスしたりって言うのが自然になってきた。このままエスカレートしてしまうんじゃないかと時々不安になるときがある。
本人はからかっているつもりかもしれないけど、本気と冗談の境があたしには判断できない事が多くて、いつも龍也先輩の言葉にドキドキしてしまうの。

そんなあたしを龍也先輩は眼鏡を外して5割増くらい色っぽい、あたしをからかう時独特のチラリと視線を流す意地悪な目で見ている。

この目を見ると思考回路が完全に停止して、催眠術にでもかかったように惹きつけられる。

先輩が眼鏡を外している時は本当に要注意だ。
視力の悪い彼は眼鏡を取ると至近距離で無いとあたしの顔が見えない。それを利用して必要以上に距離を縮めて話して来る。
しかもそんなときの瞳は僅かに潤んで母性本能をくすぐりつつも誘うような魅力がある。

モデルよりよほど整った綺麗な顔がいつも以上に妖しく見える。悪魔的な絶対的魅力で視線が外せなくなるから始末が悪い。

あたしがその笑顔に弱いのを彼は知っている。

この笑顔が罠だって言う事もあたしはちゃんとわかっている。

でも…

「聖良…好きだよ。」

わかっているのに、至近距離であの瞳に真っ直ぐに見つめられて優しくそんな風に言われると、もう何も考えられなくなる。

「一人寝はイヤだな。傍にいてくれる?」

可愛く甘えてくる駄目押しの一言で魅入られたように何も言えずにコクンと頷いてしまってからいつもハッとする。

……やられた。今日も彼の罠に見事にハマってしまった。

はあっ…相変わらずあたしはこの目に壊滅的に弱い。

あたしの意思とは関係なく、今日の午後はおサボリが決定してしまったみたい。

もうっ!
担任に呼び出しを食らったら龍也先輩のせいですからねっ!

あたしは諦めたように大きく溜息をつくと瞳を閉じてキスを受け入れた。


「……お外でエッチだけは絶対にイヤですからね」

ぼんやりする意識の中でもこれだけはハッキリ言ったつもりだけど、龍也先輩には聞こえていたのかな?


………スゴク不安なんだけど…







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