『大人の為のお題』より【不実な恋】
夢幻華 番外編

** 偽りの恋人 **



「高端君って、もっと優しいと思ったのに…冷たいのね」

大抵の彼女達はそういって俺から去っていく。
冷たいって…だから、最初からそう言ってただろう?
俺と付き合いたいと言い寄ってくる女の子は多いけど、実際に彼女達が求めているものを、俺は与えてやることは出来ない。
それは最初から伝えてあるはずなのに…。


「高端先輩。あの…彼女と別れたって本当ですか?」

ほら、俺が別れたと知ると、すぐに誰かがこうやって確認に来る。
そして、本人か一緒にいる友達が、告白をするんだ。

「私、ずっと先輩が好きだったんです。付き合ってもらえませんか?」

ほらね、やっぱり。
大体さ、パターンが同じなんだよな。

「俺、君の事知らないし。」

「これから知ってもらえばいいです。付き合ってもらえませんか?」

俺は彼女を好きになんて絶対にならないのに、付き合ったって意味無いと思うんだけど。
告白すれば、条件の揃った娘なら誰とでも付き合うと思われているから始末が悪い。
だから、やたらと雰囲気の似た娘が、この学校には多い。
それが自分のせいだという自覚はある。

でも…誰も杏にはなり得ない。

わかっている。

そんな事わかっている。

だけど、諦めることも、求めることも出来なくて、裂けそうに痛い心の隙間を、ひと時でも誰かが埋めてくれるなら…
杏の面影を僅かにでも、彼女の長い髪に感じることが出来るなら…
それが本当の杏でなくてもいい…

彼女に影を重ねて、痛みを忘れることが出来るのなら…


「最初に言っとくけど、俺、思っているほど優しくないよ?」

「先輩は誰にでも優しいですよ。悪く思っている人はこの学校にいないんじゃないですか?」

それが仮面だって。
学校で誰にでも愛想よく笑っているのは表向き。
だって、龍也は年中男女問わずツンケンしてるし…
響は相変わらず、ある種の男にはガンを飛ばし、纏わり付く女には一線引いているし…
ビケトリなんて言われている俺たち3人が、全員ピリピリしてちゃ周囲の迷惑だっつーの。
だから、必然的に俺がヘラヘラと八方美人の笑顔を振りまいて、バランスを取ってるって事、実は龍也も響も気付いていないかもしれない。

考えてみたら空しい…
っつーか。俺って貧乏くじ?

おかげで、学校じゃ王子様扱い。
天使のような笑顔とか言われても、誰が嬉しいっつーんだよ。
あいつら曰く『子どもの頃の暁は本当に天使みたいだったし、嘘でも無いぜ。いいんじゃね?』って事だが、冗談じゃねぇ。
実際の俺には黒い羽がついていると思うぜ?

「俺の恋人の条件知ってる?」

「はい。」

「髪は黒髪でストレート。付き合っている間は伸ばすこと。希望を言えば腰まで伸ばして欲しい。」

「はい。」

「化粧は嫌いだから絶対ダメ。それからリップ程度なら良いけど、グロスとかも苦手だ。」

「はい。」

「俺の携帯番号は、1年以上付き合ったヤツにしか教えない。俺からの一方的な連絡になるけど良い?」

「はい。」

「あと、俺は生徒会とか、運動部の助っ人で忙しいし、デートなんかも余りできないかもしれないよ?」

「いいです。お付き合いできるだけで。」

「ふーん…。もう一度言うけど、俺、本気で好きになった女にしか優しくないよ?あんたを好きになれる保証は無いけど?」

「……好きになってもらえるように…努力します。」

大抵の女の子はそう言うけど、結局、1週間もすれば変わってしまう。
付き合っているのだから特別扱いして欲しいのだろうけど、俺にしたら、この間まで付き合っていた彼女と、今、目の前にいる彼女と、その辺の見知らぬ彼女は、大差ないんだよな。

本当に優しい男なら、ここではっきり断るんだろうけど、俺は優しくねぇもん。
彼女から最低の男のレッテルを貼られて、別れを切り出してもらうほうが良い。
どうせ、すぐに気付くはずだ。
彼女達が惚れている俺は、勝手に作り上げた虚像でしかないってこと…

「健気だね。…俺のどこが好きなの?」

「スポーツも出来て、頭も良くて、凄くカッコイイし…とても優しくて、明るくて…私の理想です。」

ほら、上っ面しか見ていない。

彼女達の俺への気持ちは、アイドルに憧れているのと同じだ。
手の届かない存在だと思うから恋焦がれる。
ひとたび手に入れても、俺の気持ちが無いとわかれば、あっさり冷める。

虚像に恋するなんてその程度のもの…。

「わかった。」

「え?」

「いいよ付き合っても。でも、たぶんすぐに俺のことなんて嫌になるよ」

「そんな事ありません。嬉しい」

本当に嬉しそうな彼女の長い髪が、動きに合わせて揺れる。
無意識にその中に、愛しい少女の面影を探してしまう自分がいる。

「あの、名前で呼んでも良いですか?」

「ごめん。それは遠慮して」

俺を『暁』と呼んで良い女は、ただ一人、杏だけ…
付き合うことは誰とでも出来ても、やっぱりそれだけは譲れない。
俺の返事に一瞬悲しげな表情をしたけれど、杏以外の女に名前で呼ばれるのは嫌だし、呼び捨てにされるのはもっと御免だ。

「どうせ、すぐに俺が振られるのはわかっているからさ。そうだな。1年この付き合いが続いたら考えるよ。」

「そんな…私は先輩を振ったりしません」

「そう?なら嬉しいけど。たぶん思っているような、普通の恋人同士みたいな付き合いは出来ないと思うよ?」

「…それでもいいです。」

「本当に?……後悔しないなら…付き合ってもいいよ。」

ニッコリと笑うと、その娘は恥ずかしげに頬を染めながら俯いた。
そう言ってても、絶対に1カ月が限界なんだよな。
まあ、そのほうが俺も気持ちが楽なんだけど。

わかってる。
そんな空しい付き合いをするなら、最初から拒絶してやれば良いって。

だけど、できないよな。

拒絶されるのが怖くて、想いを告げることの出来ない俺が誰かを拒絶するなんて…

ほんの少しでも俺と付き合ったという事実が欲しいのなら、どれだけでもくれてやるさ。

杏の身代わりとしてしか見ることの出来ない償いとして。

放課後もう一度会う約束をすると、嬉しそうに駆け出していく彼女の後ろ姿に、数年後の杏の姿を重なり胸が軋む。
彼女の姿が見えなくなって、初めて、名前も聞かなかったことを思いだした。
彼女も緊張してたんだろうけれど、俺もあんまりだよな。


ほんっと、俺って最低な男だ。

俺の世界は全て杏中心に回っていて、彼女以外の女なんて存在しないのと同じなのに…

わかってる。

こんな付き合いで、暫く痛みは誤魔化せても、心の乾きは増していくばかりだって事は。

わかっているけれど……

苦しくて、辛くて、自分を支えていられない…

杏が愛しくて、欲しくて、狂ってしまいそうだ。

この腕に抱きしめて、誰にも触れさせたくない。

俺だけを見て、俺だけを愛させたい。

その唇に朝も夜も、甘い口付けを落して

ひと時も放さず愛していたい

幼い少女にそれを告げることは出来なくて…

身体の中で暴れだす激情を、無理やり閉じ込める。

杏の前では兄の仮面を付け微笑んで

不実な恋を繰り返し、偽りの恋人に愛しい人の影を求める


杏…愛している


いつかお前は俺を兄としてではなく、男としてみてくれるだろうか。


早く大人になれ


きっと…俺を愛させてみせるから…





+++ Fin +++


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『大人の為のお題』より【不実な恋】 お提配布元 : 「女流管理人鏈接集」


暁が彼女をとっかえ引っ返していた頃のお話でした。
あまり明るいお話ではありませんが、暁の辛かった時期をちょっとだけ垣間見てみました。
必死に告白した彼女の名前も聞かないなんて…サイテー!!な男です。
おいっ、暁!お前酷すぎないか?(いや、私が書いたってのは突っ込まないで?)
ビケトリの中では一番まともっぽい暁ですが、やっぱり何処か壊れています。
暁、17歳、杏13歳の頃のお話でした。杏は中学1年生ですからね。告白も出来ず、届かない思いを抱え、ストレスも溜まっているんでしょうねぇ(他人事?)
この後、二人が想いを確かめるまで更に3年…暁、がんばれー♪

2007/06/19

追記:作中で他の女に名前で呼ばせないと言いつつ、何故『Love Step』で聖良が「暁先輩」と呼んでいるのか…?
それについては『Love Step』番外編【佐々木龍也に関するレポート 恋愛と自動変換機能について By高端暁】でどうぞ♪

2007/06/27 ←ランキングに参加中。ポチッと押してやってください。喜びます(笑)