『大人の為のお題』より【抱かない理由】

 Love Step
HAPPY CURRY 〜甘いカレーの作り方〜 8

 **Side Seira**

微妙な台詞があるので、小中学生は念のためご両親に確認してから読んでね
「ママぁ、おにーちゃんとおねーちゃんだっこしてるよぉ」


可愛らしい声に驚いてパッと離れ振り返ると、あたし達を見つめている女の子と目が合った。
お母さんが慌てて走ってきて、『こら、ダメでしょう邪魔しちゃ。ごめんなさいね』と頬を染めて、エレベーターホールへと女の子をズルズルと引きずっていってしまった。
死角になっているとはいえ、ここは誰に見られてもおかしくない公共スペースなのだから、ごめんなさいと言わなければいけないのはあたし達のほうだ。

平気な顔で人前で唇を強奪する先輩も、今回ばかりは可愛い目撃者の視線が照れくさかったようで、少し染まった頬を隠すようにして、あたしから視線を逸らして立ち上がった。

「腹減ったな。早く買い物して帰ろうぜ」

あたしはクスクスと笑いながら、早足で先に歩き出した龍也先輩に遅れないように追いかけた。
照れ隠しだと解かっているから、言い方がぶっきらぼうでも、歩く速度に優しさが無くても、全然怖くないわよ。

「今夜食べたいものありますか?」

あたしの問いかけに龍也先輩は突然ピタッと歩みを止めて振り返った。
小走りに走っていたあたしは、勢いを止められずそのまま広い胸の中に突っ込む形になった。
予知していたように余裕であたしを抱き止めた龍也先輩の顔には、何かを吹っ切ったような優しい微笑みが浮かんでいた。
これまであたしが見たどの笑顔より柔らかな、とても穏やかな笑みだった。

「聖良、今夜はカレーにしよう」

「え! でも…大丈夫なんですか?」

「ああ。俺は自分の弱さも愚かさも全部受け入れると決めたから…。もう逃げないよ。カレーを嫌だと思う気持ちが俺の中にまだ残っているとしたら、それは克服しなければならない俺の心の問題なんだ。だけど自分で作って一人で食うのは、正直まだキツイ。だから一緒に作って欲しいんだ。聖良と一緒なら、絶対に乗り越えられる。どんな事だって平気だって気がするんだ」

このとき、龍也先輩が本当に長い長い呪縛から解き放たれたのだと確信できた。
深い傷となっていたカレーの記憶を、お母さんとの懐かしい思い出として、きちんと受け止めようとしている真摯な姿に、胸が熱くなった。

「はい、喜んでお手伝いします。飛び切り美味しいのを作りましょうね」

「そういえば、聖良の料理はなんでも美味いけど、カレーも得意なのか?」

「得意ですよぉ。あたしのカレーはパパ直伝の『ハッピーカレー』ですから。一口食べると嫌なことなんて忘れちゃう魔法のスパイス入りなんですよ」

「へぇ…そりゃ楽しみだ。あ、でもスパイス入りって事は辛いのか?」

「龍也先輩、辛いの苦手じゃないでしょ? 中辛程度だから大丈夫だと思いますけど…甘いほうがいいですか?」

「中辛ってどの程度辛いんだ? ……俺、カレーって随分長い間食ってないからさ、子供の頃の味覚で止まったままなんだよな」

「あぁ、そうか。じゃあ甘口にしましょう。今日のカレーはお母さんが作ってくれた味にできるだけ近づけたいですからね。カレーにはいつも何が入っていたか、覚えています? カレー粉の銘柄とか分ればかなり近い味に仕上げられると思うんですけど」

「うーん、どうだったかなぁ? 玉ねぎはいつも飴色になるまで炒めていたのは覚えているけど…あと、ジャガイモとかにんじんはかなりでかかった。父さんが野菜好きだったからだと思うけど」

「野菜は大きめですね、了解です。佐々木家のカレーの味はあたしが必ず復元してみせますよ。楽しみにしててください」

グッと拳を握り締めたあたしに、龍也先輩は頼もしいと言って笑った。
冗談だと思っているのかもしれないけれど、あたしは本気よ。6年かかってパパのカレーの味を復元したあたしの執念を知ったら、きっとビックリしちゃうんだから。
絶対に約束するわ。いつかきっと、龍也先輩の家族の思い出の味を食べさせてあげるからね。

「それにしても、俺がカレー嫌いを克服したって聞いたら、暁と響は何て言うかな? 今夜早速メールしてやろう」

「カレー食べているトコ写して送ったらビックリするでしょうね」

「うーん、あいつらきっと腰を抜かすぞ」

「あははっ、それは楽しみですね」

「そうだ。たくさん作って暁や響にも食わせてやらないか? たまには男の友情に付き合えとか何とか、この間からウルサイからな。久しぶりに皆で騒ぐのも悪くないだろ?」

「素敵! じゃあ明日はみんなを呼んでカレーパーティをしましょう。一晩寝かせるともっと美味しくなりますよ」

「暁と響と…そうだ、聖良だって女友達がいたほうが楽しいだろうし、金森を呼んでやったらいいんじゃないか? もれなくオマケに浦崎も付いてくるかもしれないけど」

「クスクス…浦崎先輩怒りますよ、オマケだなんて。そうだ、愛子先輩が来るなら美奈子先輩も呼んじゃだめですか? あの二人仲が良いですから」

「美奈子ぉ? あいつはお前にやたらベタベタと触りすぎるからなぁ」

あぁやぱり。多分嫌な顔をするだろうとは思ったわよ。龍也先輩、美奈子先輩が苦手だものねぇ。
でも触りすぎるから…って、その理由はどうなの? あたし達女同士なのに、何を心配しているのか全く解からないんですけど。

「ん〜。でもまぁ、聖良がそう言うなら、声を掛けてもいいぞ。…俺は今からあいつが腹痛を起こすように念を送ってやるけど」

念を送るって、何超能力者みたいなこと言っているんですか? 
あまりこんな非現実的な冗談を言う人じゃないから、眉間に皺を寄せて本当に何かを念じている龍也先輩に、ちょっと驚いた。
色々吹っ切れたらキャラまで変わっちゃったのかしら?

「お菓子とか飲み物も用意しておかないと。…あ、スプーンとかお皿足りるかしら?」

あたしが会話を振ると、ようやく念を送るのを止めてくれた。
冗談だって解かってても、龍也先輩なら本当に何か起こってしまう気がしてちょっとこわかったから、ホッとした。

「俺んちには元々カレー皿がないからな。普通の皿で良ければ枚数は足りるだろうけど、なんなら紙皿でも買っておくか? …なんか気合が入っているな聖良。いつものメンバーが遊びに来てカレー食うってだけだろ?」

「そうですけど、おもてなしにはそれなりに準備が必要なんです。それに準備も楽しみの一つですよ」

「まあ、そうだな。うーん…でもさぁ…」

龍也先輩は言葉を切ってちょっと考え込む仕草をした。
不思議に思って小首を傾げ、彼の言葉を待っていると、耳元に唇を寄せて小声で先を続けた。

「俺としては、今夜は昨日会えなかった分まで愛してやるつもりいたんだよな。今更明日のことを考えて手加減するつもりなんて、更々ないぞ」

は? 今なんておっしゃいました?
恐ろしい幻聴が聞こえた気がしますが…

「…え…と、昨日の分って…?」

「昨日は俺のバイトで寂しい思いをさせちまっただろ。お詫びに今夜は二日分愛してやるからな。俺って優しいだろ?」

「ふっ…二日分? どの口からそんな恐ろしい冗談が生まれ……っ!」

最後まで言い切る前に唇を塞がれる。
本日二回目のサプライズキス、龍也先輩のゴージャススマイルつき。
あぁなんだかクラクラしちゃう。
貧血? 酸欠? もしかしてこういうのをノックアウトされたって言うのかしら?

「この口から生まれんの。解かった? まだ解からないなら、解かるまで続けるけど?」

「へっ? あ…いや、もう結構です。バッチリ解かりましたし、愛情も十分すぎるほど感じました。もう今夜はこれで満腹です」

「なーに遠慮してるんだよ。つうか、聖良が満腹でも俺は腹ペコなんだよな。そんなの抱かない理由にはならないって。ちゃんと受け入れ態勢を万全にして覚悟しておけよ。手加減できる自信、マジねぇし」

あなたはいつから腹ペコオオカミさんになったんですかっ?
いや、覚悟なんてできませんからっ。意味深な言い方ばっかりするから、『受け入れ態勢』が『受け入れ体勢』って脳内変換されちゃったじゃない。
……まさか手加減しないって、本気でソッチの意味じゃないわよね?

「なななっ、お願いだから手加減してくださいっ! って、何を言わせるんですか、こんな所でっ!」

真っ赤になって怒るあたしに、龍也先輩は声をあげて笑った。

「もうっ! 腹ペコならいつまでもあたしをからかって遊ぶのは止めてください。早く買い物を済ませて帰りますよ。またここでキスしたら今夜はお泊りなしでこのまま帰っちゃいますからねっ!」 

プイッとそっぽを向いてスタスタと歩き出すと、置き去りにされた先輩は慌てて追いかけてきた。
悔しいけれどコンパスの長さでは勝てなくて、あっという間に追いつかれ、追い越されてしまう。

「逃がすかよ。もう離れないって言っただろ? 家までは我慢してやるから、とっとと買い物済ませて帰ろう。このくらいのキスじゃ昨日の穴埋めにもなりゃしない」

追い抜きざまに手を握り、そのままグイグイと引っ張っていく。あたしは苦笑しながら大きな手を握り返した。

龍也先輩が絡めた手を引き寄せ、あたしの指先に軽く口付けると、小さな声で『愛している』と言った。

心ごと繋いだ手から、あなたの想いが流れ込んできて、とても幸せな気持ちになっいく。

キスしたらお泊りは無しって言ったのはあたしなのに、今すぐ彼にキスしたい気持ちになっちゃった。

これは絶対に秘密ね。


お母さんと作った記憶を辿りながら、カレーの材料を選ぶ龍也先輩の姿に頬が緩む。
きっと今夜は、お母さんの思い出を話してくれるのでしょうね。
二人で作ったカレーを食べながら、たくさんたくさん話しましょうね。

お母さんはどんな女性(ひと)だったの?

あなたはどんな子供だったの?

楽しかった思い出を沢山聞かせて。

ねぇ、龍也先輩。

ずっと一緒に笑っていようね。

ずっと二人で生きていこうね。

あなたが幸せそうに話す姿を、ずっとずっと見つめていたいの。





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聖良も随分と龍也に毒されてしまったようですね。『受け入れ態勢』→『受け入れ体勢』なんて…( ̄▽ ̄;)龍也はどんな体勢を望んでいるんでしょうか
ここ、リアルに書くとR15で要パスになるので、何とな〜く濁しました。(笑) 直接的な表現はないのですが、念のため義務教育課程の方は、要注意としてあります。
聖良にはいつまでもピュアでいて欲しい反面、やっぱり成長して欲しい、チョッピリ複雑な母です。
2010/12/23