『大人の為のお題』より【恋人】
Sweet Dentist番外編

** 歯医者さんのバレンタイン 前編 **

※この作品は【新米パティシェのバレンタイン】(お題41Chocolate)→【歯医者さんのバレンタイン】(お題84恋人)→【歯医者さんのホワイト ディ】(お題13Sweet night )の順で読まれることをお勧めします。
※ちょっぴり色っぽいシーンがありますので、小学生は両親に確認してからにしてね?


ハッキリ言って俺は冬が嫌いだ。


冬といえばクリスマスに始まり、バレンタイン、ホワイト ディと恋人たちにとっては気合の入るイベントが続く季節でもある。

別に自分が甘い物が嫌いだからこういったイベントがイヤだとか、そういう意味で冬が嫌いなわけじゃない。
冬になると怒涛のように患者が増え、うちのクリニックはてんてこ舞いになるからだ。

俺の親父が経営する【YASUHARA Dental Clinic】は年中無休の歯医者で、診療時間が長いのと、スタッフが優秀なことでかなり繁盛している。
中でもダントツに優秀なのはモチロンこの俺、安原 響。
金髪とグレーの瞳が女を魅了して止まないらしく、俺を指名する患者は後を絶たないが、顔目当てで指名する女は絶対に診ないのが俺のポリシーだ。
まあ俺のことは置いといて、それらのことを差し引いても、この時期の患者の増え方は尋常じゃない。

特にバレンタインが近づくと女性の患者が激増する。
手作りのチョコレートを作るのはいいが、完成に至るまでには色々と苦労が伴うらしい。

しかし、同情なんてしてやらねぇ。
ハッキリ言ってバレンタインやホワイト ディは、歯医者を忙殺するための凶悪なイベントだと俺は思っている。
あれが虫歯増殖計画推進イベントじゃなかったら何だっつーんだ?
ある意味かきいれ時と言えるかもしれないが、こういうチョコレート会社の陰謀に乗っかるようなのは嬉しくない相乗効果だ。

だがそんなことを一言でも漏らしたら、自分を未来のカリスマパティシェと豪語する俺の最愛の妻のご機嫌を損ねることになりかねない。
多分機嫌が直るまで当分は、キスもエッチもお預けになるんじゃないだろうか?


…それだけは勘弁して欲しい。

ただでさえここ暫くは我慢を強いられているんだから…。


別にケンカしているとかじゃないぞ?
そう、お察しの通り全てはあの悪魔のイベントのせいだ。

2月に入ってから俺だけじゃなく、千茉莉までもがやたら忙しい。
お菓子作りに情熱を傾けまくっている千茉莉は、バレンタインが近づくにつれ、日を追う毎に帰宅時間が遅くなっていく。
特にこの数日は追い込みとでもいうのか、毎日帰宅と同時にベッドへ飛び込むような日が続く。
どうせ飛び込むなら俺の腕の中にしろとか、他人のバレンタインチョコに情熱を込めるくらいなら、その分俺に愛情を傾けろと言いたい所だが…

やはり、疲れきった彼女を起こすのも可哀想で…

結局、反応の無い千茉莉を抱きしめて寂しく眠る日が続いてもう1週間になろうとしている。

…そろそろ限界だ。

彼女は甘いもの嫌いの俺が唯一喰える極上のSweetで、彼女のキスなしでは1日ともたずにぶっ倒れるだろう。
1週間飯を食わなくても衰弱しつつも生きていられるが、千茉莉を補給しなかったら潤いのかけらも無く干乾びて死んじまうだろう。

ベッドに倒れこんですぐに眠り込んでしまった千茉莉を、意識が無くてもいいから、このままひん剥いて貪っちまおうかと邪な思いが一瞬掠める
だが、シャワーも浴びずに寝てしまった千茉莉からは、彼女のものではない甘い香りが漂ってくる。

千茉莉特有の甘い肌の香りは大好物だが、ケーキやチョコレートの甘い香りはハッキリ言って大の苦手だ。

……さすがにこの甘い香りがプンプンする千茉莉は喰えねぇ…。

だからと言って彼女を抱きしめずに眠ることはもっと辛い。
たとえジンマシンが出ようが抱きしめていたいのだから重症だと思う。

夜がダメなら、せめて朝にでもとシャワーを浴びた彼女を背後から抱きしめ誘ってみるが、早朝からバタバタと忙しく出かける準備をする彼女は、俺の期待を見事に裏切ってくれる。
俺の中の千茉莉指数は既にレッドゾーンに入っているのに、千茉莉は俺を欲しいとは思わないんだろうか?

「響さんやめて。今日はバレンタインなの。チョコレートケーキを朝一番にとりに来る子もいるんだし、少し早めに出かけなくちゃ。」

「…ヤダ。いつまで我慢しろっていうんだよ?」

12才年上のプライドが何だっ!
んなもん、これ以上我慢するくらいなら海の底にコンクリート詰めにして沈めてやる。
ああそうだよ。悔しいけど俺は千茉莉に溺れまくっている。
そりゃあもう、溺死寸前って言われても否定できないくらいだ。

だが、さすがに俺の気持ちも伝わっていたらしい。

「もう…忙しいのは今日までだし、今夜は一緒に外で食事でもしましょう?明日は久しぶりにお休みをもらえたし。」

「本当か?今夜はぜってー寝かせないからな?覚悟しておけよ?」

ギュッと抱きしめて離さない俺の台詞に、チョット引きつった顔をした千茉莉を今すぐにその気にさせたくて、糖度150%増(当社比)のキスをした。
……もう少しって…あと何時間だよ?もういい加減、欲求不満で壊れちまいそうなんだぞ。

あまりに激しく貪った為、千茉莉は酸欠を起こして軽く意識を飛ばしてしまい、すげー怒りながら出かけていった。

……逃げ出したようにも見えたが…たぶん気のせいだろう。

はぁ…。なんで歯医者が惚れたのが、未来のカリスマパティシェなんだろう。

惚れちまったもんは今更どうしようもないし、千茉莉を手放すことなんてできるはずが無いのだからしょうがないのは分かっている。
恋人たちの為とは名ばかりの、俺たちにとって悪魔のようなイベントが終わるまでは、二人ともゆっくり出来ないのは職業柄仕方ないって俺だって大人なんだから納得はしているさ。


頭ではな…。






***


バレンタインが近づくと、あたしのパパの洋菓子店【SWEET】はとても忙しくなる。
響さんも、この季節は何故か患者さんが増えると嘆いていて、とても忙しそうだ。

同じ時期にお互いが忙しいのは、あたし的には良いことだと思うんだけど響さんはどうも違うらしい。
あたしだったら、自分が暇なときに、響さんが忙しくて構ってくれなかったら寂しくていられないんじゃないかと思う。
むしろ、今のようにお互い仕事の波が同じほうがいいと思うのに…。

だけど、彼はあたしが新米パティシェとして頑張っているのを誰よりも理解して応援してくれている。
仕事でどれだけ遅くなっても、家の事が疎かになっても、文句一つ言わず『気にせずに頑張れ』って言ってくれる。

それなのに、珍しく今朝は出がけにベタベタと貼りついてきて、仕事に行かせたくないかのような素振りをしただけでなく、酸欠で意識が一瞬飛ぶくらいの濃厚なキスをされてしまった。
確かに最近はバレンタインの新メニューの開発で特に忙しかったし、最後の追い込みのこの一週間は響さんの事、全く構ってあげられなかったけど…。
何でも無い顔してるけど、寂しいのかなぁ…やっぱり。

あたしだって本当は寂しいのよ?

今朝の激しいキスで、ここ暫く忘れかけていた甘い感覚が蘇って、身体の芯にカッと火が付いたようだった。
怒ったように彼を振り切って出てきたけれど、あれは理性も現実も粉々に吹き飛んで、あなたの中に溶け込んでいたいと願ってしまう自分を叱咤する為。

本当に、響さんの甘いテノールにあたしはメチャクチャ弱い。
耳元で彼の囁く声が響くと、身体から力が抜けて、湯せんにかけられたチョコレートのように身体の中から甘く溶け出してしまうもの。

ねぇ…響さん。あなたはあたしのハートなの。

心臓ハートを失ったら、あたしの時間は止まってしまう。

あなたはあたしに溺れきっているって言うけれど…


あたしはあなたに溶けきっているんだから…。


寂しい思いをした分だけ、今夜は素敵なバレンタインにしようね。

今年はこの想いをあなたに伝える最高のチョコレートを作ったの。

去年は不本意ながらチョコレートは食べてもらえず、あたしをチョコレート代わりと都合よく言いくるめられて散々食い荒らされた。
おかげでキスマークを隠すだけでも大変な目にあったから、今年は何とかそれは回避したいと思っている。

今年こそちゃんとしたチョコレートを食べてもらいたいと、試行錯誤してようやく1年がかりで仕上げた響さん好みの甘くないチョコレートはあたしの最高傑作とも言える。

いわゆる自己防衛でもあったんだけど、この響さん対策の自己防衛チョコがなかなかお店でも評判が良くて、今年のバレンタイン商品の一番の目玉となっている。

だけど、その為にあたしは大忙しになってしまい、毎晩帰りが遅くなり響さんとすれ違いの生活が続いてしまって…

ここまで寂しい思いをさせてしまったら、自己防衛のつもりが、むしろ逆効果…?

あなたの腕は恋しいけれど…


去年のことを思い出すと、今夜がとっても怖かったりするんだけど?


それでも、今夜は覚悟しておけと囁いた甘いテノールを思い出すたびに、あたしの中に眠る女の部分が揺り動かされる。


あなたの腕の中に早く飛び込みたい。


早くあなたを感じたい。


今夜はあなたに最高のバレンタインギフトをあげるね…。





中編

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