『大人の為のお題』より【恋人】
Sweet Dentist番外編

** 歯医者さんのバレンタイン 後編 **


※ちょっぴり色っぽいシーンがありますので、小学生は両親に確認してからにしてね?


ドアを開けて息を呑んだ…。


窓の外には闇夜に浮かぶ人工ダイヤの煌き。

部屋いっぱいの目にも鮮やかな真紅の薔薇。

そして…

「ひっ…響さん?これってスイートルームじゃないの?」

「まあな。久しぶりの甘い夜にはうってつけだろう?」

そりゃあ、確かに素敵なお部屋よ。しかもこんなにたくさんの薔薇…。
すっごく嬉しくて、頬が緩んじゃうのは確かなんだけど、良く考えたらこれってものすごい金額になるんじゃないの?

「だって…こんな立派なお部屋…それに凄い数の薔薇だよ?」

「…あー…、だな?すげーや。部屋ん中真っ赤だ。あいつやりすぎだっつーの。」

「響さんが用意したんじゃないの?」

「ん?俺は電話一本で頼んだだけ。夜景の見える部屋に赤い薔薇の花束を用意してくれって。」

電話一本。それだけで響さんのために簡単にスイートルームや、部屋を真っ赤に埋め尽くすだけの薔薇を用意出来る人を、あたしは一人だけ知っている。
このホテルのオーナーで響さんの親友の龍也さんだ。

「普通の部屋でよかったんだけどな。流石にバレンタインは夜景の見える部屋ってのがなかなか取れないらしくて、スイートで用意してくれたらしい。」

「龍也さんに無理を言ったんじゃないの?」

「あのなぁ、親友ってのは無理を聞いてくれるためにいるんだ。」

響さんは窓辺へとあたしをエスコートしながら満足げに微笑んだ。
その表情かおに、照れ隠しの小さなウソを見つける。

違うでしょう?本当は最初から全部あなたがこうしてくれるように頼んだのよね?

「クス…相変わらず無茶苦茶なんだから…。」

呆れながらも、彼の気持ちが嬉しくて、今夜は騙されてあげようと思った。

「あー、もう黙れ。それからもっと喜べ。」

「喜んでるよ。ただ驚いちゃって…。」

「もっとキャーキャー騒ぐかと思ったけど?」

「嬉しくてなんて言っていいのか分からなかったんだもん。」

「クス…素直じゃねぇのな。身体は素直なのに…。」

グイと引き寄せられて、苦しいほどに抱きしめられると、すぐに熱い唇が降りてくる。
何度も角度を変えて求め合う合間に「寂しかった…」とため息に紛れた小さな声が胸を貫いた。

「千茉莉が足りない…。早く補給しないと死んじまいそう。」

「響さ…ん…。」

「食事は後でも良いな?」

返事を待たずに降ってくるキスの雨。
触れた部分が次々と熱をおびて、身体の奥底でくすぶっていたものに油を注いでいく。
唇を離れ、首筋を滑る温かい感触が身体に火をつけた。
ずっと傍で暮らしていたのに、心がすれ違うとこんなにも飢えるのかと思うほどに彼が欲しくて、今すぐにでも一つになりたいと身体が求めている。

だけど…


「ダメ、待って。」

「待てない。」

速攻で却下ですか?
あ、ちょっと?イキナリ脱がせるスピードを上げるのは止めてよね。
別に逃げようってわけじゃないんだから。

「あーもう。ちょっと待ってってば。」

「待てねーって。千茉莉指数のメーター、レッドゾーンを振り切ったから。」

「はぁ?何よそれ。」

「何でもいい。とにかく黙って補給させろ。俺が死んでもいいのか?」

「いや、そんなに簡単に死にませんって。5分だけ待ってよ。大事なことなんだから。」

「何だよ。俺が死んでも構わないくらい大事なことって。」

「もーっ!そんな事言ってないでしょ。でも、あたしにとってはケジメなの。だからちゃんと聞いて。」

「ケジメ?」

「そう。そもそもあたし達がこんなにもすれ違うことになったのは、あたしがコレの完成に熱中しすぎたせいよね?」

あたしはカバンからチョコレートを取り出すと、テーブルの上で包みを解いた。
中身はどうみても特別変わったところの無い普通の生チョコだけど、これは響さんへのありったけの愛を詰め込んだ特別なものだ。

響さんがこれを口にして、あたしの気持ちを全て受け入れてくれたとき、このチョコレートに込められた愛情は媚薬となり彼を酔わせるだろう。

チョコレートを見ただけで一瞬顔色を変えた彼が、口にしてくれるか不安ではあるけれど…。

「ああ、そうだった。こいつのせいなんだよなぁ。でもすげぇ人気なんだろ?千茉莉の最高傑作だな。」

苦笑しながらため息混じりにソファーに座ると、テーブルの上のシャンパンをグラスに満たしていく。
気泡が立ったグラスを軽く傾けて、流し目で「おめでとう」と、乾杯をする仕草はとても優雅で、まるで映画俳優のように綺麗だ。

「ありがとう。でも、本当はお店で出す為に作ったわけじゃないのよ。」

あたしの言葉に不思議そうな顔をした響さんからシャンパンを取り上げ、静かにテーブルに置いた。

グラスがシャンパンボトルに触れ、キン!という澄んだ音が部屋に心地良く響く…

それはまるで、静かな水面に落ちた一滴の雨粒が波紋を作るように、静かに心に浸透する澄んだ音で…

夕方からずっとドキドキと鳴り続けていたあたしの心臓は、その音に癒されるようにゆっくりと落ち着きを取り戻し始めた。


意地悪だけど本当は優しいあなたが好き。

子供のように拗ねて、たくさん愛してくれるあなたが好き。

大きく包み込んで、いつだって護ってくれるあなたが大好き。

溢れてくる想いは留まることを知らなくて、枯れることの無い泉のように胸の奥底から絶え間なく生まれてくる。

この気持ちを伝えられるだけの言葉をあたしは知らない。

だけど、それをお菓子に詰め込むことはできるから…。

祈るような気持ちで取り上げたチョコレートを自分の唇ではさむと彼のそれにそっと重ねた。



青い空に輝く太陽のような金の髪に指を滑らせると、冬の凍てつく空のようなグレーの瞳が切なげに伏せられる。

対極ともいえる二つを合わせ持つその美しさを際立たせるように、彼の背後に広がる夜景。

まるで夜の支配者のように妖しく美しい男性ひとに、あたしはゾクッと身震いをした。

彼を愛することで闇に堕ちると言われようとも、この想いを止める事なんて絶対に出来ない。

心も身体も、あなたの全てをあたしが独占したいの。

お願い…あたしの全てを受け止めて…。


唇から伝わる熱に溶け出すチョコレート

彼はあたしの想いに応えるように腰を抱くと、優しく舌を絡めてくれた。

最初は軽く触れ、少しずつ深く絡めとっていくと、キスが深くなるたびに、チョコレートは媚薬に変わっていく。



もう言葉はいらなかった。



唇の端から溢れる二人の唾液が、絡み合い茶色の筋を作って流れていくのを、響さんが追いかけた。

そのまま喉を滑る舌に、胸元を肌蹴けられ徐々に思考を奪われていく。

甘いものが大嫌いなあなたが、二つ、三つと、口にしては想いを分かち合うように唇を重ねてくれる。

その事がとても嬉しくて…

途切れていく意識の中で、何度も彼を呼んで涙を流した。



響さん…あなたを愛してる。



あなたがたとえ悪魔でも、あたしはあなたについて行く。


あたしのハートを全て捧げて、一緒に堕ちるから…


お願い…あたしをずっと離さないでいて。






何度愛していると言葉にすれば、この想いは伝えることが出来るのだろう。


何度抱きあえば、心まで全てを手に入れられるのだろう。


心も身体も一つになるとき…


真っ白なシーツに、真紅の薔薇が舞い上がり、時間が止まる。


現実だと感じるのは互いを抱きしめる確かな温もりと…


魂が求め合い一つに溶け合う感覚だけ。


媚薬入りのチョコレートが、脳の深部まで浸透して、甘美な夢を見せる。


冬の澄んだ大気が、夜景を一層鮮やかに映していることも…


部屋を埋め尽くす真紅の薔薇が、二人の熱に一層香りを増していることも…


全ては夢の中に霞んでいった。






***




腕の中で小さな身動きを感じて薄く瞳を開く。

目覚めたのかと思ったが、千茉莉はまだ静かな寝息をたてて眠っていた。
俺にしっかりと細い腕を絡め、小さな口元に幸せな笑みを浮かべて…。
その愛らしい唇の端に、口移しで差し出した愛情の名残を見つけ、狂おしいほどの感情が迫ってくる。
起こさぬようにそっと舐めとり微笑む俺は、きっとこの上なく幸せな顔をしているのだろう。

テーブルに広げられたチョコレートの包みと空になったシャンパンのボトルを見つめ、胸に刻んだ千茉莉の想いの深さと昨夜の甘い夢を紐解くように思い出してみる。

千茉莉が俺のために作ったチョコレートは、シャンパンに良くあった。
ほのかな苦味と舌に残らない微妙な甘さの加減が酒と相性が良く、甘いものがダメな俺でも無理することなく口にすることが出来たことには驚いた。

千茉莉がこのチョコレートを作る決心をしたのは、去年のバレンタインの直後だったと言うから、チョコレートが食えないと理由をつけて、散々千茉莉を貪り喰ったあの夜が相当堪えたらしい。
それを思うと、少し可哀想なことをした気もする。

だが、こうして出来上がった芸術品チョコレートを目の当たりにしてみると、あれも彼女の才能を開花させる為の必然だったのかもしれない。

俺に出逢う事も…

二人が愛し合うことも…

全ては必然で、最初から定められていた運命だったのだと思う。

チョコレートを口にしたとき、心に広がった温かなものは、今までに感じたことの無い感覚だった。
舌に蕩けるカカオの香りと深い味わいが、彼女がどんなに俺を愛しているかを心に直接語りかけてきた。

俺への確かな愛情がその中に凝縮されていて、肌が粟立つほどの感動に包まれた。

それと同時に、人の心を揺り動かすお菓子を作る千茉莉には、やはり天性の才能がある事をハッキリと確信した。

カリスマパティシェと言うにはまだまだ修業の身でヒヨッコだが、その才能は明らかで、すでに将来を期待されている。
それは俺にとっても誇らしいことだが、だからこそ、いつかその夢の翼を広げて、俺の腕の中から飛び立ってしまうのではないかという不安は結婚しても消えることはなかった。

心が繋がっているから大丈夫だと信じていたつもりだった。

だが、こうして少しの間忙しさにすれ違っただけで、こんなにも心が乱れたのは、千茉莉が夢を追い成長していく事で、俺から離れてしまう気がして、不安や迷いを感じていたからだろう。

だが、昨夜のチョコレートはその迷いや不安を全て消してくれた。

いつかお前はその翼を広げて、迷うことなく飛び立てばいい。

俺はずっとお前を見守っている。

お前が帰る場所として、大きく包み込みお前を癒す存在になるよ。

お前の笑顔はきっと俺が護るから…

俺の腕の中で、いつだって最高の笑顔で微笑んでいられるように。




俺の心は確信している。

俺たちは互いの為に生まれたんだって事。

お前には俺の支えが必要で、俺にはお前が不可欠だから、生まれる時に一つの魂を二つに分けて別々の身体に宿したのだと思う。

喜びも、悲しみも、互いを抱きしめ分かち合う事で、より深く愛し合い、求め合えるように…。
お前がハートを捧げてくれたように、俺もお前に全てを捧げよう。

俺たちは二人で一つのハートを宿して生まれてきたのだから…

互いを失ったら生きてはいけないんだ。



歯医者とパティシェの夫婦なんて、世界中を探しても稀だろう。

相反する職業を天職とする俺たち。

それでも俺たちが出逢ったのは、きっと二人でなければ出来ないことがあるからだと思う。


おまえはお菓子で人の心を癒し、この世界をたくさんの愛で満たすために、天使から癒しの羽を与えられて生まれてきた。

もしかしたら俺は、お前のお菓子がこの世に虫歯を異常繁殖させるのを防ぐ為に、歯医者になる運命だったのかもしれないな。

そう考えると納得がいく気もするけれど…

これって神様が計画的に仕組んだことじゃないかと思うのは俺だけか?


なぁ…千茉莉。

近い未来、お前が世界の注目を集める、有名なカリスマパティシェになったとき

腕のいい専属歯科医がお前の夫だって、俺も有名になったりするのかなぁ?

虫歯増殖計画がバレンタインだけでなく一生続くのは、えらく大変な気もするが…

お前が幸せなら毎日がバレンタインでも我慢してやるよ。

お前が有名になると【YASUHARA Dental Clinic】は年中無休だけじゃなく、24時間営業になっちまいそうだけど…


お前と一緒なら、そんな人生もきっと楽しいかもしれないな。







+++Fin+++


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**新米パティシェのバレンタイン**の続編として、お友達サイト様へ1周年の記念作品に書き下ろした作品です。
今年のバレンタインは、響の株が上がりましたね。
番外編ばかり進んでいくこの二人…誰か止めて下さい。
本編…がんばりますね。応援してやってください。

この続きは【歯医者さんのホワイト ディ】で…

2007/02/10

朝美音柊花