※ラブシーンが含まれます。小学生の方はご両親に相談してください。
目覚めたとき、響さんの長い睫が目の前にあった。
満ち足りた顔で眠る彼の腕が自分に絡みついていることに気がついて、頬が熱くなる。
誓いを交わすように触れた唇も…
何度も囁かれた愛の言葉も…
まるで夢の中の出来事のようだった。
そっとベッドから降り立ち、バスルームの鏡に自分を映してみる。
肌に浮き上がる無数の華。
彼の所有の刻印を刻まれた自分が、どこか大人びて見える気がした。
究極のバツゲームは響さんの最期を看取ること
それを聞いた時、あたしの中の何かが弾けた。
いつか永遠の別れが来るのは自然の摂理。
誰にも避けられないことだとは解っているけれど、何を失っても彼だけは失いたくないと強く願う気持ちが止められなくなって、感情が暴走してしまった。
いつの間にか彼はあたしの心の一部になっていたのかもしれない。
彼を失ったら…
そう考えると、心が半分千切れたような痛みが走って、あたしがあたしではなくなってしまう気がした。
もしも願いが一つだけ叶うなら、魂を均等に分け合って、互いの人生の最後まで共に過ごしたいと心から願う自分がいた。
自分の命を削っても、傍にいて欲しい。
そう思う心を『愛』と呼ぶのだろうか?
これまでも彼を護りたいと思った事はあった。
あたしには大きな力は無いけれど、彼が必要としているときには傍にいてあげたい。
喜びも、哀しみも、全部一緒に分かち合い、共に生きてゆきたいと思ったことはあった。
だけど今日ほど彼を愛してあげたいと思ったことはなかった。
彼が愛してくれるだけ、ううん、それ以上にあたしも彼を愛してあげたい。
彼が求める以上に与えてあげたいと…初めてそう思った。
『響はあなたを愛しているけどあなたはどう?』
真由美さんに送ってもらった日、別れ際に投げかけられた質問。
あたしはそれに答えられなかった。
慌しく色んなことがあって、その意味を深く考えている暇もなかったけれど、響さんが「愛している」と言う度に、あたしの「好き」との違いが分からなくて、どう応えていいのか解らないこともあった。
だけど今は…
「恋の結末は二つ…か。だとしたら、あたしの恋は愛に変わったのかな?」
自分に問うように呟くと、何のことだ?と突然背後から声が掛かった。
鏡越しにニッコリと笑う響さんに、慌てて裸のままの自分を隠そうとバスタオルに手を伸ばす。
でもその手は軽くつかまれて、彼の腕の中へと引き込まれてしまった。
「恥ずかしいならこうしていれば見えないだろう?」
大人の余裕の答えだけれど、あたしにしたら肌が直接触れていることがもっと恥ずかしい。
昨夜の名残を感じる響さんの香りが、心拍数をどんどん上げて触れた部分が熱くなる。
自分の身体が指先まで桜色に染まるのを感じた。
「どうして…?随分早いのね? まだ夜明け前よ?」
「千茉莉こそ…どうしたんだ? もしかして身体が辛かったか? もう少し休めよ」
「あ、ううん…それは大丈夫だけど。フッと目が覚めたの。響さんこそもう少し休んだら?」
「千茉莉がいないと眠れない。…お前の温もりがなくなったら急に不安になって目が覚めたんだ。俺を寝かせたかったらもう少しベッドにいろよ」
チュッと額にキスをして、極上の笑みと共に囁かれる甘い台詞。
胸がドキドキと高鳴って、触れている部分から鼓動が伝わってしまいそうだった。
「…ところで、さっきのは何? 恋の結末がどうとかって」
独り言を聞かれたことを思い出し、更にドキンと胸が跳ねた。
あれから妙に気に入られてしまい、毎日のようにテニスに誘ってくる真由美さんを断り続けていたことを知っている響さんに彼女の話をするのは戸惑われたけれど、隠しても仕方がないと正直に告白した。
「実はね、この間真由美さんに家まで送って貰った時に言われたの。『恋には二つの結末しかない』って」
「二つ?」
「そう、気持ちが冷めるか、愛に変わるか」
「…また極端な。あいつらしいと言えばらしいけど、究極の結末だな」
「真由美さんはあたしに『響はあなたを愛しているけどあなたはどう?あなたの恋が愛になれば響は幸せなのにね』って言ったの。だけどあたしの中で、恋が愛に変わるって、意味が良く解らなくて…。
それで…その…。響さんとお誕生日に結ばれて、そこで愛に変わらなかったら、恋は終わっちゃうのかなって…怖かった部分があるのね」
モジモジと言葉を濁すと響さんは「ふーん」と何やら悟ったように頷いた。
「真由美は白黒ハッキリ付けたいタイプだからな。彼女の恋は『好き』か『嫌い』のどちらかになるって事なんだろうな。
だけど誰もが同じ形の恋をする訳じゃないだろう? それに別に身体を結ぶことが愛に変わるって事でもないぞ? 千茉莉は恋と愛との違いってなんだと思う?」
「うーん…まだ良く解らない。けど…恋ってドキドキしたり楽しかったり…辛いこともあったりするけれど、素敵なものよね。
でも、愛ってもっと大きなものだと思うの。
響さんのご両親を見ていて、二人の間にあるものこそ愛じゃないかって思ったわ」
「そうだな、二人の間には確かに決して切れない絆がある。とても強くて深いものだと思うよ。
でも千茉莉は俺達の間にもそれがあることに気付かない?」
「…あたしたちにもある?」
「ああ…きっとあるよ。だからこそ俺達は何度でも巡り合うことができるんだ。初めて出逢った日から12年後に再び出逢いの時を迎えたように、多分次の世でも互いを求め合い繰り返し惹かれ合うのだと思う」
「…次の世でも? そう思う?」
「ああ…そう信じてる。だって俺達は互いに欠けた魂の半分だから…独りでは生きてはいけないんだ」
響さんの確信をもった物言いに、あたしはなんだかとても幸せな気持ちになった。
きっと彼と一緒なら、来世も、その次も、きっとどこかで巡り逢える。
そんな風に信じられる気がした。
「…あのね、響さんにバツゲームの事を言われて、あたしの中で何かが変わったの。
一緒に過ごせる時間は、長いようで本当に短いから、少しでも傍にいたいって、強く思った。
あなたがいなくなったら、あたしの心は半分になっちゃうって感じたの。
そしたら…抱かれることに迷いが無くなって、もっとあなたに近くなりたいって思えたのよ。
真由美さんの言う『恋が愛に変わる』っていうのとは違う気がするけど、少し大人になれた気がして嬉しかった」
あたしの言葉に響さんは嬉しそうに笑った。
「真由美は恋は愛に変わるって思っているかもしれないが、俺はそうは思わない。恋と愛は別物だと思うね」
「別物?」
「恋は求めるものだろう? 好きになって欲しいとか、自分だけを見て欲しいとか、欲求を満たしたいと願う思いが強いんだ。
だけど愛は違う。夫婦の愛、親子の愛、恋人同士の愛、色んな愛があるけれど、愛する者を思う気持ちっていうのは無償のものなんだ。
見返りを求めず相手の幸せを純粋に願える事が愛。
だけど人間の気持ちは複雑で、恋と愛とが絡み合っていたりする。だから、相手を大切に考えて行動できる時もあれば、自分の気持ちを押し付けてしまう時もあるんだ」
「恋と愛とは共存できるの?」
「できるさ、むしろ共存しているほうが良いと思わねぇ? 恋するトキメキや、相手の素敵な所を見つけて好きになりたいと思う気持ちを忘れずにいたいだろう?
愛されることで安心してしまうと、好きになってもらう努力を忘れがちになってしまう。
互いの安らぎになって穏やかに過ごす時間は確かに必要だが、それだけに甘えてしまうと、相手を知ろうとする気持ちがなくなっていつか気持ちがすれ違ってしまう。
だから、どんなに近い存在になっても、恋を終わらせちゃいけないんだ。
愛することは難しいと良く聞くけれど、俺は恋を持続させるほうが、よっぽど難しいと思うぜ?」
「愛より恋のほうが難しい?」
「あー…まあ、一概には言えないけどな? でも愛ってのは愛着と似ているんだよ。
大切にしたいって思いがあれば、自然発生的にどんどん深くなっていく。
相手がそれに応えてくれたら尚の事、それは深くなっていく。長く一緒にいるとそれが当たり前になってしまうけれど、当たり前ってことはそれを失うと本当に困るって事だろう?
つまり、愛はどんどん形を変えて、時間と共に育てていくものなんだよ。
だけど恋は違うだろう? 期間限定みたいなものだ。だからこそ、次々に新しいトキメキを見つけて継続していないとダメなんだ。…言っていること難しいかな?」
「…ううん、なんとなく解るよ。今のあたしにとって、響さんはとても大切な人なの。
…あたしはずっと響さんを好きでいたいし、ずっとずっと一緒にいたいと思う。
だから、恋をしてもらえるように努力したいと思う」
「…俺を愛していると思う?」
「…多分…まだ恋している部分が大きいけど…きっと愛し始めていると思う」
あたしの返事に「そうか」と頷くと、いきなりあたしを抱き上げた。
「え! きゃあっ?」
裸で抱き上げられてしまった事実にパニックになる。
響さんは涼しい顔であたしをベッドまで運ぶと、ニヤッと黒い笑みで恐ろしい事を言った。
「まだ愛し足りなかったみたいだな? 俺を愛しているって思うまでその身体に教え込んでやるから、覚悟しておけよ?」
「へっ? えっ…遠慮しておくっ!」
「遠慮はいらねぇって。俺の腕が良いのは知っているんだろう? 最初から言ってたじゃないか。痛くないようにしてやるから心配するなって」
「それは歯の治療の事じゃない。こらっもぉ…お母さんに会いに行くんでしょ?」
「それはさっきアンソニーさんからメールが入ってた。暫くは入院することになるけど…もう大丈夫だろうって医者も言っていたそうだよ。午後一番に会いに行こう」
「ほんとに? でも検査は朝一番でしょう? どうして?」
「それがさ、昨夜の内に病院の職員をたたき起こして無理やりさせたらしいぜ?
…ったく、公爵なんて気取っているけどあのジジイ流石に俺の爺さんだぜ。やることが派手だね」
マジですか?
やることが派手って…無茶苦茶の間違いでしょう?
「……これも血筋なのかしら?」
「暴君の血筋かもな?」
世が世なら王子様のはずの響さん。本当に時代が今でよかったと、シミジミ思う。
あんぐりと口を開けて呆れるあたしに、黒い笑みで耳元でゾッとすることを囁き、更に絶句させた。
「…だからもう心配事は無いって事♪ 今度は一点の陰りもない心で、どれだけお前を愛しているかを証明してやるよ。10代のお前の体力に30代の俺のほうが勝っているって事もしっかり教えておかないとな?」
脱兎の如く逃げ……られなかった、可哀想なあたしの抗議の声を唇で塞いで、そのままベッドに縫いとめてしまった、亡国の我が侭王子様。
あたしは、そのままとんでもなく長い『スイートキッス王子様スペシャル(命名 響さん)』で、ノックアウトされてしまった。
都合のいいときだけ王子様になってしまう、とんでもない暴君だけど、か弱いお姫様のあたしはすっかり彼に囚われて、逃げ出そうなんて思えなくなっている。
「お前は俺がどれだけ甘くても大丈夫な唯一のスイーツだからな。手取り足取り最高の味に仕上げてやるよ。一生かけてな」
なんて、とんでもない台詞も許せてしまうほど、いつの間にかこんなにも彼を好きになってしまった自分が不思議だった。
初めてクリニックで会った時は、こんな俺様医者にはお世話になりたくないと思った。
ホテルで会った時は、ほっぺにキスをされて、最低の男だと思った。
女ったらしで、自信過剰で、とんでもないプレイボーイだと思っていたのに…
いつの間にかあたしの中は彼の事でいっぱいになっていた。
あの時は、こんなにも彼を好きになるなんて、思ってもみなかっのに…
誰かを護りたいと願う気持ちを知るなんて、考えもしなかっのに…
彼を大切に想うなんて、絶対にありえないはずだったのに…
今は、あなたがこんなにも愛しい。
片時も離れられないと思うほどに…
あなたがいないと、心が砕けてしまうと思うほどに…
愛していると甘いテノールが耳を擽る。
優しい唇の感覚に身も心も蕩けていく。
狂おしいほどに愛しいこの気持ちを伝えたくて…
心からの愛の言葉をあなたに贈る。
どんなに俺様でも、果てしなく我が侭でも
あなたといればどんな不安も甘く溶けていく。
甘い物が大嫌いだけど、甘いキスが大好きで
甘い台詞をバンバン言っちゃうとっても変な歯医者さん。
時々メチャクチャ我が侭で
とんでもなく俺様で
口が悪くて意地悪で
信じられないくらい自信過剰だけど
本当は誰よりも繊細で
誰よりも優しくて
誰よりも強いあなたが大好き
ずっとずっと傍にいてね
ずっとずっと愛していてね
本当はチョッピリ泣き虫で、かなり甘えん坊のあたしだけの Sweet Dentist―…
あなたの未来の奥さんは、歯医者さんの大嫌いなカリスマパティシェだったりするけれど…
あなたは本当に後悔しないのかしら?
後悔なんてする訳ないだろう? と甘いテノールと共に、極上のキスが降ってくる
砂糖菓子のような夢に堕ちていく瞬間―…
世界はあたし達の為に時を止めてくれた。
+++ Sweet Dentist Fin +++
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『Sweet Dentist』完結ですヾ(≧▽≦)ノシ
2005年より約2年半にも及ぶ長い連載にお付き合いくださりありがとうございました。
本来なら二人の恋物語だけの中編予定だったのですが、色々と書き足したいことが出てきて、最終的には大長編となってしまいました(滝汗)
途中停滞して、長らくお待たせしたにも関わらず、応援し続けてくださり、温かいメッセージを贈ってくださった多くの読者様に感謝いたします。
響が亡国の王子であるとの設定ですが、レクシデュール家は「紅の月」からくる流れの離散した一族の末裔です。
本人達は全く知りませんが、響、龍也、暁の三人の先祖に当たる人物は、かつて一つの王家の出身でした。
いわば彼らはとお〜〜〜い親戚なのです(笑)
そして、響のおじいさん、レクシデュール公爵もオッドアイでしたが、この一族にはこの瞳が重要な意味を持っています。この辺りは今後の連載で少しずつ明らかにしていきますので、引き続き『Sweet Dentist2』でお付き合いくださると嬉しいです。
最後に、
バレンタイン企画に紹介くださり、連載終了の切っ掛けを下さった、携帯小説サイト
「野いちご」様へ、心より感謝を申し上げます。
最後まで長編にお付き合いくださりどうもありがとうございました。
また別の作品にてお目にかかりましょう。
2008/03/24
朝美音柊花 拝