肌寒い程にクーラーのきいた瑞垣俊二の部屋の中、ベッドの手前で両膝を抱き込んで丸まった門脇秀吾が、
むっつりとした表情を隠す事もなくテレビを睨みつけていた。
18インチの液晶テレビが、ピッチャーマウンドに立って汗を拭う投手の姿を映し出す。
毎年夏に繰り広げられる、甲子園での劇的な野球ドラマ。
出演者にはなれなかった二人が、そろってテレビを眺めている。
「……このピッチャーに抑えられたんや。俺が打っても、余計に点を取られたらこっちの負けやから」
門脇の所属する高校の野球部は今年、地区大会の決勝まで残った所で、このチームに僅差で競り負けた。
傲慢なまでに力強いスイングで叩き込んだ門脇のホームランも、決定的な勝利の要因にはなり得なかったのだ。
「まあ、ええスイングやったんちゃうか。硬球に慣れんかった最初の頃に比べれば、雲泥の差やろ。
……また来年があるやろ。なんていっても、お前、まだ1年なんやから」
ベッドに横たわってテレビを眺めていた俊二は、ふて腐れる門脇の頭を子供扱いするように撫でた。
「……何や、バカにして」
「バカだから天才扱いしてもしょうがないじゃろ」
俊二がからかうと、秀吾は口では勝てない事を自覚したのか、黙り込んで再びテレビに視線を移した。
地区大会の決勝は俊二も見に行った。
半年前は確かに自分も野球部の一員として、グラウンドの中にいた。
しかし、外側から見たそこに、思った程心焦がれない自分に驚いてもいたのだ。
ジリジリと上がってゆく気温ほどには、心が熱くなる事はなかった。
遠く離れて見る門脇秀吾は、「手の届かない野球の天才」でも「幼馴染みのご近所さん」でもなく、
「地区大会の決勝に勝ち進んだチームの4番」でしかなかった。
5回の表、自らの放った打球がスタンドに吸い込まれたのを確認して
ゆっくりとダイヤモンドを一周する姿も、試合終了の瞬間に悔しげな表情を浮かべる様も、
どこか他人事のように眺めている自分が、そこにはいた。
殆ど信仰ですらあった中学の頃のあの気持ちは、一体どこに消えたのだろうか。
『試合終了!初めての甲子園出場が決定……!!』
アナウンサーの興奮した声とともに、喜びを爆発させた部員たちがピッチャーマウンドに駆け寄ってくる姿が映し出された。
球場内のどよめきと驚喜の叫び、そして負けたチームの悲哀。
先日門脇のチームが決勝を勝ち抜いていれば、もしかしたら今日経験したかもしれない風景がそこにあった。
「……また来年、か」
呟く秀吾の声はかすれていた。瑞垣の視線の中の秀吾の背中は何故か小さく見えた。
「でも、お前が本当に対決したいのは、あのピッチャーじゃあないやろ?」
俊二の言葉に、秀吾は勢いよく振り向く。
秀吾の顔には何の表情もない。ただ、じっと俊二を見据えていた。
「本当の勝負までは、あと2年や。お前が一番、そう思っとるやろ、秀吾?」
俊二は起きあがってベッドの縁に座った。リモコンを取りヴォリュームを上げると、勝利チームの校歌が流れ始めた。
「今度こそ……あの生意気な坊ちゃんに勝ってみせろよ。まあもしかしたら、先に横手の方が勝つかもしれんけど」
俊二の横手野球部へのOBとしての指導は、まだ続いている。早々に飽きてしまうかと思っていたが、教えに行くたびに新しい課題が見えてくる。
山積している問題が解決するまでは当分通う事になるだろう。俊二はそんな自分も想像していなかった。
そして。
「……慰めてやるから、来いよ」
振り仰ぐ秀吾の顔に手を添え、半ば強引に口づける。
何度か唇を舐めると、秀吾の方から食いついてきた。
秀吾は立て膝になって俊二の顔を両手で挟み、深い口づけを仕掛けてくる。
「ん……ぅ」
舌が絡み合い、テレビの喧噪の合間に水音が混じる。
息苦しさに顔を赤くしながら、俊二は自分からも秀吾を味わった。
最初に触れ合ったのは高校に入って最初の連休に入った頃だった。
秀吾が泊まりに来た朝、生理的反応を起こして焦る秀吾をからかうように、俊二が誘ったのだ。
子供がじゃれ合うようなもんだ、と秀吾に言い訳をしながら、昂ぶった秀吾のものに指を這わせた。
慣れない他人からの刺激で呆気なく果てた秀吾の唇に、唇を触れさせたのも俊二だった。
「子供の遊びだと思ってたらええ」
と秀吾には罪がない事を告げながらも、俊二の欲望は大人のもので、多分秀吾よりもずっと罪深い。
最初は俊二がキスをし、手で施すだけだった。
しかしそれがいつか秀吾の手からも俊二に施されるようになって、この他人には言えない関係は断続的に続いている。
お互いに身体を晒す事もない。ただ張りつめたそこを寛げて、掌で煽りあうその行為だけが、言葉もなく繰り広げられる。
指と唇で感じる秀吾の息づかいが、孕んだ熱が、俊二の中での秀吾の存在感に変化をもたらしていたのだ。
「……秀吾、お前、試合のあとってすんげーカタくなるの、知ってるか?」
「アホ、そんな事言うな……!」
二人でベッドにもつれ込み、何度も口づけを交わしながら、お互いのものを慰め合う。
もう、何度目だろうか。触れる度に動く指は大胆になり、感じる快楽も増してゆく。
触れ合った後俊二は何日も感触を忘れる事が出来ず、惨めな程に自分を慰める事もあった。
凶悪な程に熱を帯びた秀吾の感触を掌で感じながら、俊二は自分の体内の熱を冷まして欲しくて、身体をすり寄せた。
そのうちお互いに言葉を交わす余裕もなくなり、俊二は堪えきれない吐息をニュースに切り替わった音声に紛らせる。
秀吾が、欲しい。
身体に触れる事が出来れば、自らの中の凶暴な情動が抑えられるだろうと思っていたのだ。
しかし、その熱に直接触れて、秀吾の吐息を感じる度に、欲深さは増すばかりで。
もうやめようと何度も思った。
けれども、一度その熱量を知ってしまった身体は、秀吾から離れられないのだ。
俊二は自分を突き放そうとしない秀吾に対して身勝手な怒りを覚えながらも、快感に溺れる事しか出来なかった。
「く……!」
「しゅう……ご……っ」
二人が吐き出したのはほぼ同時だった。
男の生理は現金だから、放出してしまえば急速に身体の熱は冷めてゆく。
俊二の情欲が凶暴な熱を帯びてゆくのとは裏腹に。
息を整えながら、俊二は掌に放たれた秀吾のものを、名残惜しそうに舐め上げた。
殆ど無意識の行動だった。
一人で慰める時には、何度もその行為を想像した。
しかし、実際に口の中で感じる秀吾は、酷く生々しくて、俊二は一瞬だけ顔を蹙める。
「……っ!」
息を呑む気配を感じて、ふと秀吾の顔を見る。
そこには、これまでに見たこともないような、せっぱ詰まったような表情があった。
「うわ、まっず」
冗談で済ませようとした俊二の言葉に、秀吾は反応しなかった。
無言で手首をつかみ、秀吾は俊二をベッドに押しつける。
「……お前、それだけ煽って」
「は? 煽る? 何を……」
言うとるんや、という言葉は、秀吾の全てを喰らい尽くすような口づけに遮られた。
むっつりとした表情を隠す事もなくテレビを睨みつけていた。
18インチの液晶テレビが、ピッチャーマウンドに立って汗を拭う投手の姿を映し出す。
毎年夏に繰り広げられる、甲子園での劇的な野球ドラマ。
出演者にはなれなかった二人が、そろってテレビを眺めている。
「……このピッチャーに抑えられたんや。俺が打っても、余計に点を取られたらこっちの負けやから」
門脇の所属する高校の野球部は今年、地区大会の決勝まで残った所で、このチームに僅差で競り負けた。
傲慢なまでに力強いスイングで叩き込んだ門脇のホームランも、決定的な勝利の要因にはなり得なかったのだ。
「まあ、ええスイングやったんちゃうか。硬球に慣れんかった最初の頃に比べれば、雲泥の差やろ。
……また来年があるやろ。なんていっても、お前、まだ1年なんやから」
ベッドに横たわってテレビを眺めていた俊二は、ふて腐れる門脇の頭を子供扱いするように撫でた。
「……何や、バカにして」
「バカだから天才扱いしてもしょうがないじゃろ」
俊二がからかうと、秀吾は口では勝てない事を自覚したのか、黙り込んで再びテレビに視線を移した。
地区大会の決勝は俊二も見に行った。
半年前は確かに自分も野球部の一員として、グラウンドの中にいた。
しかし、外側から見たそこに、思った程心焦がれない自分に驚いてもいたのだ。
ジリジリと上がってゆく気温ほどには、心が熱くなる事はなかった。
遠く離れて見る門脇秀吾は、「手の届かない野球の天才」でも「幼馴染みのご近所さん」でもなく、
「地区大会の決勝に勝ち進んだチームの4番」でしかなかった。
5回の表、自らの放った打球がスタンドに吸い込まれたのを確認して
ゆっくりとダイヤモンドを一周する姿も、試合終了の瞬間に悔しげな表情を浮かべる様も、
どこか他人事のように眺めている自分が、そこにはいた。
殆ど信仰ですらあった中学の頃のあの気持ちは、一体どこに消えたのだろうか。
『試合終了!初めての甲子園出場が決定……!!』
アナウンサーの興奮した声とともに、喜びを爆発させた部員たちがピッチャーマウンドに駆け寄ってくる姿が映し出された。
球場内のどよめきと驚喜の叫び、そして負けたチームの悲哀。
先日門脇のチームが決勝を勝ち抜いていれば、もしかしたら今日経験したかもしれない風景がそこにあった。
「……また来年、か」
呟く秀吾の声はかすれていた。瑞垣の視線の中の秀吾の背中は何故か小さく見えた。
「でも、お前が本当に対決したいのは、あのピッチャーじゃあないやろ?」
俊二の言葉に、秀吾は勢いよく振り向く。
秀吾の顔には何の表情もない。ただ、じっと俊二を見据えていた。
「本当の勝負までは、あと2年や。お前が一番、そう思っとるやろ、秀吾?」
俊二は起きあがってベッドの縁に座った。リモコンを取りヴォリュームを上げると、勝利チームの校歌が流れ始めた。
「今度こそ……あの生意気な坊ちゃんに勝ってみせろよ。まあもしかしたら、先に横手の方が勝つかもしれんけど」
俊二の横手野球部へのOBとしての指導は、まだ続いている。早々に飽きてしまうかと思っていたが、教えに行くたびに新しい課題が見えてくる。
山積している問題が解決するまでは当分通う事になるだろう。俊二はそんな自分も想像していなかった。
そして。
「……慰めてやるから、来いよ」
振り仰ぐ秀吾の顔に手を添え、半ば強引に口づける。
何度か唇を舐めると、秀吾の方から食いついてきた。
秀吾は立て膝になって俊二の顔を両手で挟み、深い口づけを仕掛けてくる。
「ん……ぅ」
舌が絡み合い、テレビの喧噪の合間に水音が混じる。
息苦しさに顔を赤くしながら、俊二は自分からも秀吾を味わった。
最初に触れ合ったのは高校に入って最初の連休に入った頃だった。
秀吾が泊まりに来た朝、生理的反応を起こして焦る秀吾をからかうように、俊二が誘ったのだ。
子供がじゃれ合うようなもんだ、と秀吾に言い訳をしながら、昂ぶった秀吾のものに指を這わせた。
慣れない他人からの刺激で呆気なく果てた秀吾の唇に、唇を触れさせたのも俊二だった。
「子供の遊びだと思ってたらええ」
と秀吾には罪がない事を告げながらも、俊二の欲望は大人のもので、多分秀吾よりもずっと罪深い。
最初は俊二がキスをし、手で施すだけだった。
しかしそれがいつか秀吾の手からも俊二に施されるようになって、この他人には言えない関係は断続的に続いている。
お互いに身体を晒す事もない。ただ張りつめたそこを寛げて、掌で煽りあうその行為だけが、言葉もなく繰り広げられる。
指と唇で感じる秀吾の息づかいが、孕んだ熱が、俊二の中での秀吾の存在感に変化をもたらしていたのだ。
「……秀吾、お前、試合のあとってすんげーカタくなるの、知ってるか?」
「アホ、そんな事言うな……!」
二人でベッドにもつれ込み、何度も口づけを交わしながら、お互いのものを慰め合う。
もう、何度目だろうか。触れる度に動く指は大胆になり、感じる快楽も増してゆく。
触れ合った後俊二は何日も感触を忘れる事が出来ず、惨めな程に自分を慰める事もあった。
凶悪な程に熱を帯びた秀吾の感触を掌で感じながら、俊二は自分の体内の熱を冷まして欲しくて、身体をすり寄せた。
そのうちお互いに言葉を交わす余裕もなくなり、俊二は堪えきれない吐息をニュースに切り替わった音声に紛らせる。
秀吾が、欲しい。
身体に触れる事が出来れば、自らの中の凶暴な情動が抑えられるだろうと思っていたのだ。
しかし、その熱に直接触れて、秀吾の吐息を感じる度に、欲深さは増すばかりで。
もうやめようと何度も思った。
けれども、一度その熱量を知ってしまった身体は、秀吾から離れられないのだ。
俊二は自分を突き放そうとしない秀吾に対して身勝手な怒りを覚えながらも、快感に溺れる事しか出来なかった。
「く……!」
「しゅう……ご……っ」
二人が吐き出したのはほぼ同時だった。
男の生理は現金だから、放出してしまえば急速に身体の熱は冷めてゆく。
俊二の情欲が凶暴な熱を帯びてゆくのとは裏腹に。
息を整えながら、俊二は掌に放たれた秀吾のものを、名残惜しそうに舐め上げた。
殆ど無意識の行動だった。
一人で慰める時には、何度もその行為を想像した。
しかし、実際に口の中で感じる秀吾は、酷く生々しくて、俊二は一瞬だけ顔を蹙める。
「……っ!」
息を呑む気配を感じて、ふと秀吾の顔を見る。
そこには、これまでに見たこともないような、せっぱ詰まったような表情があった。
「うわ、まっず」
冗談で済ませようとした俊二の言葉に、秀吾は反応しなかった。
無言で手首をつかみ、秀吾は俊二をベッドに押しつける。
「……お前、それだけ煽って」
「は? 煽る? 何を……」
言うとるんや、という言葉は、秀吾の全てを喰らい尽くすような口づけに遮られた。