春の日差しが暖かく正義の女神を照らしている、土曜日。
ヒーロー達もここ2、3日は出動要請がないため、自然と退屈に耐えかねてトレーニングセンターに集まっていた。
「あー暇。ここまでなんにもねぇと気味悪ぃな」
虎徹がベンチに寝そべって欠伸をしていると、ランニングマシンから降りたバーナビーが隣のベンチに座った。
「この間まで忙しくて死にそう、って言ってたのはどなたですか、虎徹さん?」
からかうような笑みを浮かべて、バーナビーが汗を拭き始める。
「取材で忙しいのとヒーローとして忙しいのは全然別の問題だからな」
虎徹がふくれっ面をバーナビーに見せた。
不意に、二人から少し離れたソファでタブレットPCをいじっていたイワンが歩み寄ってくる。
「あの、お二人に聞いてみたいんですけど」
「うん?」
虎徹が起き上がると、イワンは隣に座ってタブレットPCの画面を虎徹に見せる。
「これ、どう思いますか?」
立ち上がったブラウザには、「INTERVIEW WITH」というサイトが表示されていた。
「なんだこりゃ」
「どうしたんですか?」
バーナビーも立ち上がり、イワンのタブレットPCを覗き込む。
「……ルナティック?」
バーナビーが眉根を寄せた。
「んなの、カタりに決まってんだろ。ルナティック信者はあっちこっちにいやがるからな」
虎徹は忌々しげに吐き捨てる。ルナティックの出現以来、シュテルンビルトでは死刑制度を支持する人間が増えた。
その一部が過激派のようになっているのだ。
「……もっとも、カタりにしてもムカつくもんはムカつくけどな。……ところで、そのサイト一体何?」
「アタシ知ってるわよ。プウィッターで流行ってる、ある人に匿名で質問投げかけるやつ」
首を傾げる虎徹に答えたのは、ソファでマニキュアを塗っていたネイサンだった。
「私も沢山質問に答えているよ! 市民の疑問を解決するのもヒーローの努めだからね!」
「あたしもやってる。こないだプウィッターの公認アカウント使えって言われたでしょ? 覚えてないの、タイガー?」
キースとカリーナも周りに集まってきた。
ジュースを持ってロッカールームから戻ってきたパオリンが、なになに、と言いながら皆のいるところに走り寄ってくる。
「あ、質問のやつ、こないだ見たよ! スカイハイの回答おもしろかった! 目玉焼きはサニーサイドアップじゃないと許されない、ってのに笑っちゃったよ?」
「僕も見ました。スカイハイさんへの質問は凄く人気みたいですね。僕にも結構来ますけど」
バーナビーがさりげなく自分の人気も主張する。虎徹はますます面白くない、という顔をして、
「……って、そんなの知らねぇよな、ロックバイソン」
と同年代の仲間に同意を求めた。
しかし、返ってきたのは虎徹にとっては意外な答え。
「俺はインタビューはともかく、プウィッターは真面目に更新してるぞ。お前、時代遅れなんだよ」
「はあぁ?! 何だよ、裏切りやがったな! お前だっておっさんのくせに!」
「お前に言われたかねぇよ虎徹!」
ベテラン同士の醜い言い争いに溜息をついて、イワンは他のヒーロー達にも画面を見せる。
「ふぅん、他にも質問してる人がいるのね。『タナトスってなんですか』……ギリシャ神話に出てくる死の神だ、ですって。妙に真面目そうな文章ねぇ」
ネイサンが文章を読みながら首を傾げた。
「だいたいあのグローブ野郎が、アシがつくような事する訳ねぇだろ!」
ルナティックの事を快く思っていない虎徹が吐き捨てるように言う。
「そうですよね……本物なわけ、ないですよね」
イワンは一周して自分の手元に戻ってきたタブレットPCを眺めて、ブラウザを閉じようとした。
「でも、少なくとも、ルナティックにシンパシーを感じている人物な訳ですよね?」
そのタブレットPCをもぎ取って、バーナビーが全員に向けて告げる。
「面白い事を考えたんですが」
きらり、と眼鏡が光を反射する。
画面をタップしながら語るバーナビーに、全員が呆れ顔だ。
しばしの沈黙の後。カリーナが、苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。
「うっわー、アンタやっぱり、見た目と違って中身が残念だよね……」
「……僕だって散々苦労してきてますからね、ルナティックには。虎徹さんなんて大怪我してるんですよ?少なくとも、脳天気にルナティックを騙る奴にこれくらいしても罰は当たらない」
バーナビーの目が据わっている。スカイハイは我関せずとばかり、興味津々でバーナビーの顔を見て言った。
「私も聞いてみたいことがあったんだよ!」
「あ、いや、スカイハイさん、本物じゃないとは思うんですけど……」
「ボクはどんな質問にしよっかなー」
「どうせなら思いっきりからかってやりましょ」
「俺はどうするかな……」
各々がバーナビーの提案に乗ってきたなか、虎徹だけはむっつりとした顔で黙りこくっている。
「……どうしました、虎徹さん」
「いや、俺、プウィッターのアカウント、いつ教えてもらったかなと思って。どっかにメールでもあっかな」
「僕は虎徹さんのアカウントをフォローしてますから、後で教えますよ?」
「……って何でお前知ってんだ」
バーナビーはニッコリと笑う。
「当たり前でしょう、相棒なんですから」
「……いや、いいけど」
釈然としない表情を見せる虎徹を尻目に、ヒーロー達は順番に質問を入力し始めた。
*
ユーリ・ペトロフは自室のPCの電源を入れ、ブラウザを立ち上げる。
気まぐれにプウィッターと「INTERVIEW WITH」のアカウント登録をしたのはつい先日の事。
最初は、シュテルンビルト市民のルナティックへの反応を知るために始めたのだ。
勿論、発信元が辿られないように細心の注意を払っている。
基本的に、情報収集をする事が嫌いではないユーリは、のめり込みそうになるのを自制しつつ、今日もサイトの内容をチェックし始める。
「……何だ、これは」
ここ数日で「INTERVIEW WITH」への質問が増えつつあったのだが、今日は質問数が特別多い。
一体何だろうか、と訝りながら内容を見て、ユーリは固まってしまった。
「どんな嫌がらせだ?!」
書き込まれていた質問は、ユーリの怒気を爆発させるのに十分な代物だった。
『喋ってる内容が難しすぎてさっぱりわかんないんすけど、自分ではカッコイイと思ってんですか?』
『悪に裁きをと言いながら、以前正義のヒーローであるはずのワイルドタイガーに怪我を負わせたことは、自分の美学に反しているとは思わないのですか?』
『ファイヤーエンブレムと炎の能力で勝負したら勝てると思ってる?』
『その変なデザインのマスクと服は自分で縫ってるの? まさかどこかに注文してたりとかしないよね?』
『出現するたびに視聴率が上がっていることを、どう思ってますか? もしかして視聴率狙ってます?』
『その格好して外に出るのを止めてくれるようないい友人はいないのか?』
『どうやって空飛んでるの? スカイハイみたいにどっかにジェットパック隠してるの?』
『目玉焼きはサニーサイドアップ? ターンオーバー?』
誰が質問を書き込んだかは明らかだ。
「つくづく、何の役に立っているのかわからない正義のヒーロー達だな……」
温かい紅茶に蜂蜜を溶かし込みながら、ユーリはキーボードに向かって文字列を入力し始めた。
「……しかし、最後の目玉焼きの質問は何のために」
ふと、スカイハイが答えていた質問に、目玉焼きの話題があった事を思い出す。
スカイハイはサニーサイドアップ以外は邪道と回答していて、そこからサニーサイドアップ派とターンオーバー派で闘争が勃発していたのだ。
「くだらぬ茶番だ」
馬鹿にしつつも、真面目に解答してしまうユーリなのだった。
*
翌日のジャスティスタワー。
ヒーロー達はイワンのタブレットPCを囲んで、ルナティックの質問に対する答えを読んでいた。
「ねえ、バーナビーは質問してからかってやろうって言ってたけど、このルナティックって人、すごく真面目に答えてるよね」
パオリンが1つの質問に対して長々と書き込まれた回答に目を丸くしている。
下手をしたら1000文字を超えそうな答えがいくつもある。
「……文章もまわりくどくてよくわかんねーな。真似にしても程がある。何だよこの『私の言葉を理解出来ない事に、問題がないかどうか胸に手を当てて考えるといい』ってよ!意味わかんねぇよ!」
虎徹がブツブツ文句を言いながら、別のソファに移動してドカッと座り込んだ。
「とりあえずこいつがルナティックかどうかはともかく、真面目な奴だっていうのはよくわかった。……タナトスだけが友達か。そうか。……なんだか気の毒になってくるな」
基本的には気のよいアントニオは、どこか同情的な態度だ。
「お前、本気に取るなよ。馬鹿か」
虎徹の冷たい一言を「うるせぇ!」と一喝して、アントニオは皆の集まっているソファから引いて虎徹の隣りのソファに座る。
その間に、イワン、カリーナ、ネイサンが割って入ってきた。
「視聴率は気にしてないって……本当かなあ。事件が少なくなると出てくるような気がするんだけど」
イワンの言葉に、ネイサンは気の毒そうな視線を向けた。
「そうね、折紙……アナタは視聴率の事をそんなに気にしなくてもいいと思うわよ。でも、失礼しちゃうわねこの回答。ヒーローが私の裁きの炎に勝てるはずがないですって?! いくらなんでもバカにしてるわ!」
ネイサンがヒステリックに怒っている隣で、カリーナも回答をチェックする。
「へぇ、やっぱりあのスーツ自分で作ってるんだ。だからマントあんなに簡単に燃えちゃうのか。不経済よね」
カリーナはそう言ったあと、不意に吹き出した。
「……って、あいつが自分の衣装自分でちくちく作ってるの想像したら、おかしくって仕方ないんだけど!」
「空飛ぶの、ジェットパックじゃないんだ! 炎の上昇気流に乗ってるのかな。なんでボクへの回答だけ文章短い上に簡単な単語使ってるんだろう。なんかバカにされてるみたいでやだな」
皆がわいわい騒いでいるなか、バーナビーとキースだけは、不機嫌な顔で黙りこんでいた。
「あら、どうしたの二人共?」
先に答えたのはバーナビーだった。
「『そもそもワイルドタイガーが怪我をしたのはバーナビーを庇ったからだろう。原因を考えてみると良い』って……自分のした事をどれだけ棚に上げてるんだ! 僕は許せません! ……虎徹さんにはまだ火傷の跡が残ってるのに」
バーナビーの声のトーンが少し下がってしまった。虎徹が慌てて飛んできて、再び黙り込んだバーナビーを慰める。
「バニーちゃんバニーちゃん、アレは俺のポカだから気にすんなって。跡も大分綺麗になったし、な?」
ネイサンが呆れ顔で二人を見ながら、「ごちそうさま」と吐き捨てるように呟いた。
「で、スカイハイはどうしてそんなに不機嫌なのかしら?」
話を向けられたキースが、酷く思い詰めた顔でネイサンに答える。
「目玉焼きはターンオーバーがいい、など、私は許せない。絶対に許せない! やはり、ルナティックは私の、そしてヒーローの最大の敵だよ!」
ネイサンの口から、特大の溜息が飛び出した。
「アンタ、黙ってれば物凄〜く素敵なオトコなのにねぇ……」
*
虎徹はバーナビーに言われるまま、ヒーロー管理官兼裁判官のユーリ・ペトロフの所へ向かっていた。
「……そういや、あのインタビュー。なんで俺がお前をかばった事、知ってんだ?」
「カマをかけてみたんですよ。……やはりあれは本人なのかもしれません」
「え、そうだったのかバニー?!」
「ええ。だからペトロフ管理官にこの事を伝えておこうと思って。おそらく警察が詳しく捜査をしてくれるでしょうから……失礼します」
執務室をノックすると、ユーリの人当たりの良さそうな返事があった。
「管理官、今、よろしいですか?」
書類と参考書籍に囲まれた机について、手元のPCを操作していたユーリが、入ってくる二人に穏やかな笑顔を向ける。
「どうしました?」
バーナビーは事の顛末を説明し、捜査を依頼する。
「よろしくお願いします」
わかりました、と頷くユーリの顔は、何故だかいつもより疲れているように、虎徹には見えた。
「管理官、何か疲れた顔してません?」
何気なく虎徹が問うと、ユーリは苦笑してみせる。
「夕べ書類整理をしていたら就寝が夜遅くなってしまいました。気を使わせてしまいましたね」
「お忙しいですもんねえ……身体が資本っすよ」
自然に気遣う言葉を発する虎徹を、バーナビーはどこか頼もしげに見つめている。
それから何気ない会話をいくつか交わして、二人は執務室を出た。
*
数日後、「ルナティック」のアカウントは綺麗に消去されてしまっていた。
「しかし、本人だったのか、あれ」
首を傾げるアントニオに、バーナビーは断言する。
「9割方本物だと思います。捜査依頼はしていますけど、どこまで追求出来るかはなんとも」
「しっかし、ウゼェ奴は喋っても文章書かせてもウゼェんだな」
口を尖らせる虎徹に、バーナビーが同意するように頷いた。
「それにルナティックが手芸好きなのもね! あんな顔で乙女っぽいなんてキモイ」
「空飛ぶしくみをもっとくわしく教えて欲しかったなー」
カリーナとパオリンがそれぞれの感想を口にする。
そしてスカイハイは、まだ怒りを持て余しているようだった。
「あれが本物だとしたらますます、私はルナティックとは相容れないな! ターンオーバーは邪道だ!」
「スカイハイさん、目玉焼きの事はわかりましたから……」
怒り心頭のキースを、イワンがなだめすかしている。
「ま、どっちにせよ、とりあえずスカイハイがターンオーバーが嫌いっていうのは良くわかったわ」
ネイサンが、やれやれ、といった表情で肩をすくめた。
「アタシも、次にアイツが出てきた時は、火力で負けないようにするわ。覚えてなさいよ、ルナティック」
2011.9.10アップ。小ネタです。
ヒーローたちがわいわいしている話を久しぶりに書きたかったので、1日で一気に書き上げてみた!
あと2話で終わるなんて信じられないよ。何を糧に生きていけばいーんだよ!(絶叫)
…ということで、ちょっとバカ話です。流行に乗ってみたwww