『虎徹さん』
犯人逮捕後、6人の1部ヒーロー達は集まって、ジャスティスタワーの本部へ引き上げようとしていた。
その時、PDAに突然入ってきた音声。全員がはっとして足を止める。
どこか硬質な、それでいて育ちの良さを感じさせる口調。そして、他の誰もしない、この呼び方。
「え、なにこれ、もしかして、バーナビーの声?!」
周囲のヒーロー達も驚くような大声で叫んだのは、ブルーローズことカリーナだった。
アルバート・マーベリック逮捕、そしてルナティックによる殺害から1年。
タイガー&バーナビーはコンビを解消・引退し、ワイルドタイガーこと鏑木虎徹だけが「ワイルドタイガー・1ミニット」という名で、2部ヒーローとして戻ってきた。
そして、今日はクリスマス。
カリーナはちょっと勇気を出して、タイガーにクリスマスプレゼントでもねだってみようと思っていた。その時に。
ヒーロー達は慌ててPDAの画像をオープンする。
ワイルドタイガーの視点に合わせて搭載されたカメラに写っていたのは、引退後全く連絡のなかった、バーナビー・ブルックス・Jr.だった。
「バーナビーくん、戻ってきたのか!」
キングオブヒーローに返り咲いたスカイハイことキースが、心から嬉しげにガッツポーズをする。
「では私も、キングオブヒーローの名を奪われないように頑張らねば、そしてファイトだ!」
「そうか、コンビ復活か……」
感慨深そうにロックバイソン・アントニオが頷く。
「あら、なんでタイガーちゃん、ハンサムを見上げてるのかしら?」
ファイヤーエンブレムことネイサンが不思議そうに首を傾げた。
「え、コンビだからお姫様抱っこしてるんじゃないの?」
「え、それ、何だか前提条件が間違ってるような気が……」
コンビについての定義を大いに勘違いしているらしいドラゴンキッド・パオリンに、最近妙に相撲ものに凝っている折紙サイクロン・イワンが微妙なツッコミを入れた。
「相変わらずファイヤーいかがわしいわねぇ、あの二人!」
PDAの画面には、バーナビーとその向こうの派手に壊れた天井、そして空が映っている。
ワイルドタイガーがどこかの建物の屋根を突き破って落ちた所を、バーナビーが助けた、という所なのだろう。
そして、流れてくる音声は、虎徹の独白。
娘に文句を言われて、と茶化しながらも、どこか真剣なその言葉は、他のヒーロー達は聞いていないもので。
『俺は死ぬまで、ヒーローやめねぇ』
虎徹が能力減退の事実と向き合っていたことを他のヒーロー達が知ったのは、全ての決着がついてからの事だった。
コンビが華々しく喧伝される裏で誰にも気づかれず、相方のバーナビーにすら悟らせなかった。
ヒーローの拠り所は自分のNEXT能力だ。引退を決意するまでの葛藤がどれほどのものか、実感出来るのは同じヒーローである自分たちだけ。
そして、全員、いつか自分の身に振りかかるかもしれない問題として、心の裡に残っていたのだけれど。
それがある日唐突に、2部ヒーローとして戻ってくるという知らせを聞いた。
一体どういう心境の変化で。
最初に話を聞いた時、トレーニングルームに集まったヒーロー全員で話し合いを持った。
どういう風に接するべきか。その最中に何の前触れもなく現れた虎徹は、あまりにも以前のままだった。
「よっ」
「タイガー!」
驚きに目を丸くするヒーロー達の前で手を上げた虎徹は、いつものハンチング、いつものベスト、いつものスキニーなパンツ姿で。
「俺は2部ヒーローとしてやってくけど、ま、よろしくな」
「でも、2部って。タイガーさんはずっと、前線にいたのに」
ヒーロー達が呆然と、あまりにも変わらぬ姿で現れた虎徹を凝視する中、口火を切ったのはイワンだった。
「今、俺の能力は1分しかもたねぇ。それに……凶悪犯相手じゃなくても、犯罪はいくらでもある。だろ? 2部はトレーニングルームも別々になるし、結構忙しいみてぇだから、みんなと顔を合わせる機会は減るだろうが……よろしく。ちょっと、色々準備があっから、またな」
そう言って、現れた時と同じようにあっさりと姿を消してしまった。
以後、会えばワイワイと楽しく話すけれど、決して心の底にある本音は見せなかった虎徹が、バーナビーに対して、これまで抱えてきたであろう様々な想いを口にしている。
バーナビーだけに。
様々な葛藤を乗り越えた末なのだろう、重い、揺らぎのない決意が伝わってくるその言葉は、黙って音声を聞いていた全員の心を揺さぶるような強さを持っていた。
「……バーナビーには素直に言っちまうんだな、虎徹も」
少しだけ寂しそうな風情で、アントニオが苦笑する。
「あいつがこっちに戻ってきてから結構飲みに行ってたんだけどな……。虎徹、こんなこと一言も言わなかったぞ」
「あら、寂しいの、ロックバイソン? アタシが慰めてあげるわよ?」
美しく揺らめく炎のマントを翻しながら、ネイサンはアントニオに駆け寄っていった。
「この間タイガーさんと話をした時、バーナビーさんとはしばらく会ってないって言ってたのに……やっぱりコンビを組むと、信頼感って違うんですね」
「あの二人、とても信頼しあっていたからね! 最初は仲が悪かったのに、変われば変わるものだ」
寂しそうに笑うイワンの肩を、キースがポンと叩く。
「先代のヒーロー達はポイント争いをするばかりで、協力して何かをする、という事はあまりなかったそうだけど、私達は色々な事件を解決して、強い仲間意識を持った。絆を深めたんだ。そのきっかけになったのは、タイガーくんとバーナビーくんがコンビを組んだ事だと、私は思う」
天然なようで鋭いキースの言葉に、カリーナを除く全員が頷いた。
「バーナビーも、お姫様抱っこ、ちゃんとしてるから、コンビだって事忘れてないよね。……どうしたの、ブルーローズ。なんか、機嫌悪い?」
パオリンがカリーナを振り返る。カリーナはその質問には答えない。仏頂面で、PDAの画面をじっと見ていた。
虎徹視点のカメラがゆっくりと下方に振れる。おそらくバーナビーから降ろされたのだろう。
そして二人の言い争う声がし、足元で踏みつけにされている車が映された。
「ばっかじゃないの?」
ふくれっ面のカリーナが、吐き捨てるように言う。
「突然現れて、美味しいとこ取り? ……ずるい!」
その様子を見たネイサンが柔らかく微笑んだ。
「泣かなくてもいいじゃないの、ブルーローズ」
「だ、だ……ってぇ……うぇぇぇぇぇ」
子供のように声を上げながらボロボロと涙を零すカリーナの顔を、パオリンが覗き込んだ。
「どしたの、ローズ?」
「ふ、ふたり、そろったってことは、こっち、に、もどって、くるんだよね?」
「あ、そっか。あの二人そろって2部ってことはないもんね。……ローズ嬉し泣き?」
「うれしなき、じゃ、ないもん、バーナビー、ヤなやつだし! うぇっく、ひっく」
「そんなにタイガーに戻ってきて欲しかったのねぇ。素直にタイガーに言えばいいのに、どうせ言えなかったんでしょ。ホント、めんどくさい子ねぇ」
やれやれ、という顔でネイサンが苦笑してみせた。
『行きますよ、おじさん』
『そうだな、バニーちゃん』
PDAから聞こえてくる、どこか懐かしいやりとり。ただ、二人の口調には、昔コンビを組まされた当初のような険はない。
ただどこか冗談めいた、お互いを信頼し合うものだけが持つ雰囲気があった。
「さあ、みんなでタイガー&バーナビーを迎えに行こうじゃないか!」
スカイハイが力強く宣言する。それぞれのヒーローは、それぞれのスタイルで同意を示した。
「ヒーローの、帰還だな」
アントニオがしみじみと呟いた。
「そうね、バイソンはタイガーと同期だものね。感慨もひとしおでしょうけど……ちょっと妬けるわよ」
冗談めかしてアントニオに絡むネイサンの声も弾んでいる。
「大丈夫ですか、ブルーローズさん」
「ローズ、泣きすぎると、お化粧はげちゃうよ?」
イワンとパオリンが泣き続けるカリーナを労ろうとするが、カリーナはパオリンの無邪気な一言で我に返ったようだった。
「あ、け、化粧! 直さなきゃ!」
大慌てでハンカチを取り出すカリーナを尻目に、パオリンが他のヒーロー達に提案する。
「ねえ、せっかくだから、みんなでクリスマスパーティーしようよ! 他の2部ヒーロー達も一緒に! コンビお帰りパーティーもかねて」
「それはグッドアイデアだ、キッドくん!」
キースが目を輝かせる。
「アタシは別に構わないけど、クリスマスをパートナーと過ごしたい人もいるんじゃないの?」
ネイサンが冷静にツッコミを入れたが、それに対して頷く者は一人もいなかった。
「ちょっとアンタたち、どーかしてるんじゃないの?! クリスマスは恋人や家族と過ごすものじゃないの!」
「……そういうファイヤーエンブレムはどうなのよ」
慌てて化粧直しを始めたカリーナが、冷静に返すと、ネイサンは黙りこくってしまった。
「俺は……暇だから別に構わん。あとは、虎徹とバーナビーの意見を聞いてみないとな」
「二人とも参加するんだったら、何かサプライズでも用意しようか? パーティーにはサプライズがつきものだからね!」
楽しそうに構想を語り始めるキースに、イワンが笑顔を浮かべながら頷いている。
「じゃ、行こ!」
ヒーロー達は我先に、と駆け出したパオリンの後を追う。
大切な仲間を、迎えに行くために。
2011.9.25UP。BS11最終話放送記念に。素敵な作品をありがとう、そしてありがとう!