ここ数日、ヒーロー出場要請もなく、穏やかな日々が続いている。
いい加減外出してファンをあしらうのにも飽きたバーナビーがトレーニングジムに入ると、何故か他のヒーロー達がソファの周りに全員集まっていた。
そして、奇妙な違和感。何かがおかしい。
集まっているのはスカイハイ、ブルーローズ、ドラゴンキッド、ロックバイソン、ファイヤーエンブレム……。
そして、おじさんと、おじさん。
「……なんですか、この状況は」
そこに広がるのは、虎徹が二人いるという悪夢のような光景だった。
「何って、ちょっとしたゲームよぉ」
ネイサンがニコニコしながらバーナビーにまとわりついてくる。
「どっちかが本物のワイルドタイガーで、どっちかは折紙サイクロン。
見分けつくかしら?」
明らかにからかうような視線で、ちろりとバーナビーを挑発してきた。
「ちなみに私はわからなかったんだよ! すまない、そしてすまない、二人とも!」
天然なスカイハイが心底申し訳なさそうに二人に謝っている。
「俺も見分けがつかなかったな」
驚いたような、自嘲するような口調で、ロックバイソンがギブアップのポーズをする。
虎徹の親友だと聞いているロックバイソンですら、この調子だったらしい。
確かに、見た目はそっくりだ。同じ格好をしているし、仕草も全く同じ。
右の虎徹は片手にダンベルを持っていて、左の虎徹は両手に跳び縄を持っている。
二人(?)同時に「よっ、バニーちゃん!」と呼ばれた時には頭痛がした。
「あたしもわかんない」
「ボクも、わかんなかった」
ブルーローズとドラゴンキッドもロックバイソンに同調している。
「全く、気味の悪い光景ですね。こんな破壊魔のおじさんが二人になったら世界の破滅ですよ。
折紙先輩も、こんな事に巻き込まれてお気の毒に……」
心の底から同情の声を送ると、二人の虎徹は「何言ってんだバニー!」と、不快そうな顔をして同時に反論した。
「じゃあ、ハンサム、どっちが本物か当ててみて?」
ネイサンの問いかけに、バーナビーはあっさりと答えた。
「跳び縄持ってる方でしょう?」
バーナビーの答えに、二人の虎徹は目を剥いた。
全員がバーナビーを凝視する。
「折紙先輩の変身能力は完璧だと思いますよ。でも、そのおじさんのいけ好かない感じは隠しきれない」
バーナビーが冷たい目をして、跳び縄を持っている方の虎徹を睨めつけた。
「……なーにがいけ好かないだ、お前ホンットにかわいくないな!」
その瞬間、ダンベルを持っている方の虎徹が、折紙サイクロンの姿に変化してゆく。
「……やっぱりボクはダメなんだ」
がっくりと肩を落とす折紙サイクロンに、慌てて本物の虎徹が彼の肩を叩きながらフォローを入れた。
「馬鹿、自信持てって言ってんだろ。他の奴らはわかんなかったんだから、な?」
バーナビーも気まずくなってフォローする。
「このおじさんのイヤな感じは、折紙先輩とは正反対だからわかったんですよ。折紙先輩のせいじゃないです」
目を丸くしたネイサンが、バーナビーに拍手をし、それから握手を求めてきた。
「凄いわねぇ、一発でわかったの、ハンサムだけよ。やっぱりコンビだからかしら?」
バーナビーはあからさまにむっとした顔をした。
「そのおじさんの嫌らしい目は、純粋な折紙先輩には全くない部分でしょう。ただ、それだけですよ」
そう言い捨てて、バーナビーは輪を離れトレーニングマシンに向かった。
「わかるまで30秒かからなかったわね。この賭けはワイルドタイガーの勝ち?」
ネイサンが虎徹に向かって微笑んでみせる。
実は全員で賭けをしていたのだ。
バーナビーが本物の虎徹を見破れるかどうか。そして、どれくらいの時間で正体がわかるか。
30秒以内に見破れる、と予想したのは虎徹だけだった。
「これがコンビのチームワークってやつかしら? ちょっと妬けちゃうわねぇ」
虎徹は苦笑する。
「いやぁ……あれ、多分、兎が天敵から逃げるために身につけてる知恵みたいなもんじゃねぇ?
一応、俺はバニーがすぐわかるって信じてたけど」
「……アンタ、鈍いわね」
ネイサンはおもいっきり虎徹の二の腕を抓る。
「だっ!」
二人の掛け合いを見て、他のヒーロー達は笑っている。
その光景を尻目に、バーナビーは黙々とトレーニングマシンを動かしていた。
「……あんなの、見たらすぐにわかるだろうに。どうしてみんなわからないんだ」
ふらっとバーナビーの所にやってきた折紙サイクロンが、バーナビーの隣のマシンに、ちょこんと腰掛けた。
「やっぱり、二人のコンビは、凄い」
心から言っている様子にバーナビーは苦笑した。そんな風に思われたくないのだけれど。
「とんでもないですよ。たまたまです、たまたま」
折紙サイクロンは深い溜息をついた。
「ボクもあの時、エドワードと一緒に動いていたら……」
バーナビーは黙って折紙サイクロンを見やる。一生消えない後悔が、彼にはついてまわるのだ。
バーナビーはふと、そんな事を思った。
「二人にはそんなことはないと、ボクは信じてるから」
儚げな笑顔を残して、折紙サイクロンは他のヒーロー達の輪の中へ戻って行った。
「……コンビでやっていける自信なんて全くないんですが……」
バーナビーは苦笑するしかない。
「信じる、か」
これからコンビとしてどうなるかはよくわからない。正直虎徹の言動が足手まといだと思う事も多々ある。
でも、とりあえず、信じろ、という虎徹の言葉に嘘はないのは感じられるから。
焼け焦げたタスキに残された「Believe」の文字。
彼は体を張って、呆然としていたバーナビーをかばってくれた。
おそらく、自分が怪我をするとか、その瞬間には考えたりしていなかったのだろう。
まるで自分が受けた傷のように、心がキリ、と痛む瞬間があるけれども。
ほんの少しだけ、おじさんのことを信じてみてもいいのかもしれない。
バーナビーは一瞬だけ目を閉じ、溜息をつく。
もっと強くありたい。
……これ以上、自分のせいで、彼に傷を負わせないために。
バーナビーは再びトレーニングマシンを動かし始めた。
2011.6.4修正。
みんなが集まってワイワイしている話を書きたかったので。超SSですが。