雨音〜Dive in the deep〜<改訂版>

夕方から降り始めた雨は気がついたら土砂降りになっていて、遮る屋根のないゴールドステージに直接雨粒を叩きつけてくる。
それはバーナビーの部屋の大きな窓ガラスにもひっきりなしにぶつかって、不協和音を奏でた。苛立ってしまうような耳障りな音で、小さな物音は掻き消されてしまいそうだった。
見慣れたはずの景色も、雨が砕けて出来た白い飛沫の向こうに霞む。少し出窓になっているその窓ガラスの下には座るのに丁度いい位の段差があった。
ベストを脱いでシャツのボタンをはだけさせた鏑木虎徹がそこに座り、片膝を上げて窓ガラスに凭れかかっている。
どこかぼんやりとした風情で、窓の外の様子を眺めていた。
手には虎徹が持ち込んだ焼酎。さっきからあまり口をつけていないようで、氷は溶け、グラスが汗をかいている。
バーナビーも自分のワイングラスを持って、虎徹の隣に座った。
「どうかしたんですか?」
「……いや、酷ぇ雨だな、と思って」
おそらくもっと他のことを考えているのだろうけれど、虎徹はいつでも答えをはぐらかしてしまう……バーナビーはそう、思う。



市長の息子を預かって酔いつぶれた夜以降、虎徹はふらりとバーナビーの部屋を訪れては、酒を飲んで終電近くの時間に帰るようになった。
いつ、と定まっている訳ではない。おそらく気が向いた時なのだろう。
その日。
今日のように酷い雨が降っていた。
虎徹はいつものペースで飲んでいたはずなのに何故か酒の廻りが早かったらしく、床の上に転がって半ば意識を飛ばしていた。
「おじさん。……もうすぐ時間ですよ。起きて下さい」
バーナビーが傍らに座って軽く肩を揺さぶるが、「今日はここで寝る」と言って動こうともしない。
ごそごそと上着を脱ぎ始めるのを慌てて止めようとするが、虎徹はあっという間に服を放り投げてしまった。
「わりぃ、おやすみ」
肩にはすでに傷を覆うものがない。ようやく癒えてきたようだがまだ生々しい、引き攣れたような火傷の痕が残されていた。
本当ならこれは、バーナビーが受けていた筈の傷だったのだ。
触れるか触れないか位に指を伸ばして、その傷痕を辿ってみる。
「ん……? なんだ、くすぐってぇな」
ざらりとした感触が指先に伝わる。時間はかかるが痕はそのうち消えるから、と以前虎徹は笑顔でバーナビーに告げていた。
その傷痕は、バーナビーの心にも同じように刻まれ。
「……まだ、痛みますか?」
「いいや、全然。そんなに、気にすんな。慣れてるし。ヒーロー稼業に怪我はつきもんだし、な」
とろりとした眠気を孕んだ瞳で、虎徹はバーナビーを見やる。
ふわ、と浮かべられた笑顔には、バーナビーへの優しさだけが込められていた。
……何かを考えるよりも先に、体が動いた。
膝まづくようにして、傷の境目に唇で触れる。
「……何、舐めて、治してくれんのか?」
きっと、冗談だと思っているんだろう。
否定も肯定もしない、自分も自分だ。
……今なら、酒の席での冗談で済ませられる、とでも?
少しだけ舌を出して、傷口の境界線を辿ってみた。
「おいおい、くすぐったいって」
肩をすくめて身を捩ったその首筋にも、舌を這わせる。
「……おいバニー?」
怪訝な表情に変わるのを間近に見た。その顔に自分の顔を近づけたから。
「バ……」
呼びかけようとする唇をバーナビーのそれで塞ぐと、虎徹の瞳が驚きに見開かれる。
「……!」
虎徹はバーナビーを押しのけようとするが、その腕を掴んで床に押し付けた。
何かを言おうとして開かれた唇に無理矢理舌を捻じ込むと、ほのかなアルコールの匂いが伝わる。酔いそうだ。
……虎徹の、その身体に。そして体温が上がってふわりと立ち昇る、フレグランスの香りに。
貪るように舌を吸うと、バーナビーを突き放そうと伸ばされていた腕の力が僅かに弱まり、戸惑うようにバーナビーの上着を掴む。それはバーナビーの動きを止めるためだったかもしれないが、心の内側に眠っていた、征服欲にも似た何かを余計に煽った。
バーナビーの中から湧き上がってくる、抗いがたい衝動が体を突き動かす。
「……あなたが欲しい」
ただ一言。その狂おしい程に突き上げる欲望を言葉にして、告げる。声が、バーナビー自身が驚く程に、低く掠れた。
そして、虎徹の返事も聞かずに、再び唇を奪った。深く、吐息すらも奪うように。
呆然とした表情を浮かべて。バーナビーを見る虎徹は現実を受け入れられていないようだった。当然だろう。バーナビーにだってわからない。
どうしてこんな風に。言ってしまえば、抱きたいと、その身体を手に入れたいと思うかなんて。
唇が離れた時、微かな声で虎徹が何かをバーナビーに伝えようとした。しかし。
「……雨音で、聞こえない」
バーナビーは静かに頭を振った。あなたの言うことは聞かないと、暗に告げるその声は自分でも冷ややかだ、とバーナビーは思う。
 無防備に晒された上半身に、噛み付くように、喰らうように愛撫を施す。男相手にどうすればいいかなんてわからない。同性に欲情なんて、これまでしたこともない。しかし、バーナビーの身体の奥から沸き上がる欲望は、狂おしい程で。
 どうして。
 何故この人が、これほどまでに欲しいのか。
やがて、虎徹の腕が全てを諦めるように、力を失って床に落ちた。
 セックスとも言えないような手荒い行為の間。虎徹はただ唇を噛み締めて、声を殺し続けていた。


出動要請のコールで目が覚めると、既に虎徹の姿はなかった。虎徹がいたであろうバーナビーの隣に手を当ててみるとひんやりしていて、随分前にベッドを出たらしい事がわかった。
時計を見る。午前9時。普段ならばとうに目が覚めている時間だ。
バーナビーは慌てて身支度をし、ジャスティスタワーに向かう。
そこには、普段と全く変わらない調子でバーナビーを迎える虎徹がいた。
いつもの姿で。特に疲れた表情も、怯んだ様子も見せずに。
「よっ。おせぇじゃねぇか、バニー」
あからさまに嗄れた声だけが、昨晩の事が確かな現実だと告げていた。



バーナビーはもう二度と、虎徹はマンションに訪れないだろうと思っていた。
しかし。相変わらず虎徹は気が向いた時だけバーナビーのマンションへやって来て、下らない話をしながら酒を飲む。
ただ一つだけこれまでと違うのは、時々身体を交わして、朝、自分のアパートへ帰っていく、ということ。
バーナビーが求めれば、虎徹は拒むことをしなかった。
最初は受け入れる事に対して、身体が徹底的に拒絶していた。どれだけ慣らそうとしても、硬直していて指を挿入する事すら手こずるような有様だった。
しかし。逢瀬の回数を重ねたある時。虎徹の身体の反応が、不意にバーナビーの動きに馴染むように、とろりとほどけるのがわかった。排除する内部が、バーナビーを奥深くへと誘うように蠢いた、その瞬間。
  これまでずっと声を上げなかった虎徹の口から、歓喜と快楽の入り交じる声が漏れ出た。
「……っ、貴方、は」
バーナビーに抱かれる事に少しずつ慣れて、快楽を追う体に変化しはじめている。
それに気づいた時、虎徹を追い詰める動きが止まらなくなった。
ただ、本能のままに突き上げる。
「……あ、あ……っ!」
バーナビーの膝の上で、翻弄される虎徹の身体。汗が幾筋も流れ落ちてバーナビーの肌の上に落ちる。
熱い雫。虎徹の体温が溶けて、バーナビーに浸透するような感覚に目眩がした。
 鍛え上げられた無駄のない身体はしかしバーナビーよりは細く、抱く度にバーナビーの腕に馴染んでゆくような気がして。
 もう手放せない。
 バーナビーは虎徹の内部に熱を吐き出しながら、強く虎徹を抱きしめた。刹那、虎徹の手がバーナビーの腕を強く掴む。
 まるで自分の居場所を求めるように。



しかし、口に出しては、虎徹は拒絶することもなければ、積極的に求める事もない。
ただバーナビーの行為を、無言で受け入れるだけ。
そしてバーナビーも、あえて言葉で問うことはなかった。……真意は問えなかった。
バランスの取れないまま重ねられた積み木が、ほんの一押しで崩れ落ちてしまう前のような緊張感がバーナビーの中に常にある。
「ガラス、冷たくないですか?」
「酔ってるから、わかんねぇよ」
聞きたいのはこんな些末な事じゃなくて、伝えたいのはもっと深い内容の筈なのに。バーナビーの口からは当たり障りのない言葉しか出てこない。
とにかく、虎徹の本心が知りたいのだ。
どうして。
溢れそうになる問いはしかし、実際に投げかけられる事はなく、 バーナビーはワインとともに飲み下す。
「……ひんやりして、気持ちいい」
無防備な表情で窓ガラスに身体を押し付ける虎徹の姿は、まるで幼い子供のようだった。
酔った時にほんの少し舌っ足らずになるその口調も。
「……じゃあ、少しくらい、熱くなってもいいですよね?」
抑え切れない苛立ちをぶつけるように。虎徹の持っていたグラスを半ば奪うようにしてもぎ取り、バーナビーは強引に口づけた。
「んっ……ふ、ぅ……」
差し入れたバーナビーの舌にはすぐに虎徹のそれが絡められる。それは始まりの合図。快楽を引き摺り出す行為の。
虎徹の背後、雨の叩きつけてくる窓ガラスに、口づけを交わす二人の姿が映る。バーナビーの中に、ふと、悪戯めいた考えが浮かんだ。
「窓ガラスに……映ってますね、貴方の顔」
虎徹のシャツをはだけさせながら、バーナビーはちらりと窓の外、霧に霞むシュテルンビルトの夜景に重なる二人分の影を見た。
いつも、眼鏡をかけたまま行為に及ぶ。近視の酷いバーナビーが眼鏡を外してしまうと、虎徹の姿がぼやけて見えなくなってしまうから。
「抱かれる時に自分がどんな顔をしているのか、知りたくないですか?」
「……何言ってんだ」
眉間に皺を寄せて窓から目を逸らした虎徹の顎を少し乱暴に掴み、ぐい、と窓の方に向ける。
「見ていて下さい」
口づけている二人の姿が窓に映るように。そして、その様子が虎徹の視界に入るように。
丁度良い角度を探しながら、今度は触れるだけのキスを繰り返した。そして、徐々に深く侵入してゆく。
「……っ!」
歯列をこじ開けた舌が、先ほどとはうって変わって抵抗するように引かれた虎徹のそれを探り当て、弄ぶ。
絡める度に、雨音の隙を縫う様にして、唾液の交わる音が耳に届いた。ちゅ、ちゅく、という生々しい音。羞恥にか、昂奮にか。虎徹の身体がバーナビーの腕の中で震えた。
その瞬間、虎徹がきつく目を閉じたので、バーナビーは一度唇を離した。
「……見ていて下さいって、言ったでしょう?」
黙ったまま立ち上がって背を向けた虎徹の腕を、強引に引っぱる。バランスを崩してよろける虎徹を、バーナビーは無理矢理自分の 膝の間に座らせた。
中途半端に着ていたシャツは虎徹の腕に引っかかって、まるで虎徹を縛めているようだった。はだけて覗く肩甲骨に、噛みつくような愛撫をする。
虎徹の身体が粟立つのがわかった。構わず舐め上げると、虎徹は顔を上向かせて歯を食いしばる。
……抵抗しても無駄なのに。
貴方の身体はとうに、覚えた快楽に折れてしまっているのに。
両腕を抑えるようにしてバーナビーは虎徹を抱きすくめる。快楽を得る器官である事を学びきってしまった胸の果実を抓るようにすると、虎徹の体がびくりと撥ねた。
「や……めろバニー!」
離れようとひたすらもがく虎徹の体をさらに強く抱き締める。
虎徹がバーナビーに対して、はっきりとした拒絶を示したのは実は初めてだったのだ。
その抵抗が逆に、バーナビーをますます煽る。
「もう、止まりません。……あなたが欲しいんです」
その言葉に、虎徹の抵抗が止まった。
「やめてくれ……頼むから」
か細い声で哀願して俯く虎徹の項に、今度は羽が触れるような優しい口づけを送る。
「……貴方が欲しい」
それは、バーナビーにとって恋情を伝える台詞ではあり得なかった。ただ身体だけを求めているような、酷く利己的な言葉だと。
内心で自分を嘲笑いながらも、バーナビーは抱く度に、虎徹に囁きかけてきた。
けれども、それは全くの嘘から出る言葉でもなくて。
その欲しいという気持ちが一体どこから虎徹に向かうものなのか、 バーナビーにもわからないのだ。
けれども。虎徹にも同じ想いを、バーナビーと同じ高揚感を味わって欲しかった。
抱かれる時の、愉悦を抑えきれずに紅潮した顔が。
生理的な涙を滲ませる琥珀色の瞳がどれだけバーナビーを煽るかを、自分で見て、知ればいい。
「バニー……、その言葉は卑怯だ」
しかし。掠れた声で。その言葉に続いて、背を向けた虎徹から紡がれた言葉は、バーナビーにとっては意外なものだった。
「どうして、そんなに泣きそうな声で、俺に言うんだ」
え、と言ったきり、バーナビーは二の句が継げない。
「自分でわかってないのか? 何で、そんなに辛そうな声を出すんだ」
虎徹は俯いたまま、前にまわされたバーナビーの手の甲を優しく撫でる。まるであやされているような気持ちになる。胸が、苦しい。
「そんな風な言われ方をしたら、俺は断れねぇ。狡ぃよ、お前は」
狡いのはあなたの方だ、とバーナビーは思う。
虎徹の気持ちをきちんと確かめないまま酷い事をしている自覚はある。
でも、はっきりとバーナビーを拒絶せずに、受け入れて快楽の声を挙げているのは……虎徹だ。
「……で、俺が嫌がったからって、お前はここでやめてくれるのか?」
諦めを含んだ口調で虎徹が問うた。
バーナビーの返事は勿論、「No」だ。
「窓に、手をついて下さい」
バーナビーは裸の虎徹を立たせたまま後ろを向かせる。唇で、そして指で。背中越しに愛撫を施しながら、窓ガラスを見た。
屈辱的な体勢を強いられ、羞恥と、僅かな昂奮がないまぜになった顔が、雨に濡れる窓に浮かぶ。
これまで何度もバーナビーを受け入れさせてきた虎徹の後孔に冷えていたジェルを垂らす。びくりと体が撥ねた。
雨音を掻き消すくらいに。
わざと大きな音を立ててジェルを体内に塗りつけると、唇を噛んで声を出さないようにしていた虎徹の呼吸が一気に荒くなった。
ねっとりとしたジェルが飲み込まれる嫌らしい音がする。
虎徹を煽りながら、本当に煽られているのはバーナビーの方だ。
早く、貫きたい。犯して、味わい尽くしたい。
「……は……っ」
堪え切れなくなったのか、虎徹は窓に寄りかかった。臀部だけを突き出し、片膝を段の上についた姿勢が、譬えようもなく卑猥だ。
「……もう、いいですか?」
バーナビーの声が掠れる。体を突き抜ける衝動を抑えきれずに。
窓に映る虎徹の顔が一瞬泣きそうに歪み、……ゆっくりと頷いた。
一際大きな水音。少しずつ、虎徹の中に、バーナビーの先端が分け入ってゆく。そのきつさに、熱さに、自然と溜息が漏れた。
生身のままで虎徹の体内を侵食してゆく感覚に、持って行かれそうになる。
「バニ……っ! お……前……生で、やるなって、言ったろ……!」
これまで、コンドームを使わずに虎徹を抱いたことはなかった。それがたった一つだけ、虎徹の望んだ事だったから。
でも今日は、余計なものなしで、その体を責め立てたい。
征服欲なのか、嗜虐心なのか。
ゆるゆると挿入するようにみせかけて、バーナビーは一気に貫く。
意味を成さない嬌声が上がり、虎徹の身体が大きく震える。張り詰めていた虎徹の性器から白濁が溢れた。
「……後ろだけで、イッたんですか? 確か、初めてですよね」
「……!」
虎徹は唇を噛んで黙り込む。溢れたそれを、バーナビーが手で拭った。その刺激で虎徹を追い詰めたくて。虎徹は俯いて、窓の外に視線を彷徨わせた。
最奥まで犯したまま動きを止め、ゆるゆると虎徹の性器を弄ぶ。白濁で濡らされたそれは、刺激されて再び硬さを取り戻す。
「バニー……」
困惑したように名を呼ぶ虎徹の声に混じる、ねだるような響き。
バーナビーの手の動きに合わせて、少しずつ腰が揺れる。
どんなに酷い行為を施しても、それを受け入れる体。
虎徹の体が意地を張ることを止めるその瞬間、蕩けるようにバーナビーを誘うことを、知っている。
この快楽に逃れられなくなっているのは、果たしてどちらなんだろうか。
「……窓、見て下さい……。欲しくて、仕方ないって顔してます。……そう、思いませんか?」
虎徹の視線が窓に向かう。
背後から貫かれ、自分が吐き出した白濁で濡れた体。紅潮した頬。そして、愉悦を滲ませた琥珀色の瞳。
それが窓に映る現実を遮るように、閉じられた。
「……欲しいんでしょう?」
本当に欲しいと思っているのは誰なのか。
沈黙の後、僅かな動きで、虎徹が頷いた。
「じゃあ……貴方が欲しいものを、差し上げます」
ジェルでどろどろになった部分を、容赦なく掻き回す。堪え切れず、バーナビーの名を呼ぶ虎徹を後ろから抱き締めながら。
水紋が描かれた窓に浮かぶのは、獣のように交わる二人の姿。
欲情にまみれた自分の表情に、バーナビーは頭の隅で、自分がこの行為に溺れていることを改めて自覚する。
そして間違いなく、虎徹がこの行為に快楽を感じているであろうことも。

でも果たしてそれは、愛情から来るものなのだろうか。

答えの出ない問いを残したまま、バーナビーは虎徹を激しく突き上げる。
そして、必死で声を飲み込もうとするが叶わず、自分の指を噛み締めてしまった虎徹の、最奥を容赦なく濡らした。
その瞬間、虎徹の指から一筋、赤いものが滴り落ちた。


半ば意識を飛ばしてしまった虎徹の体を、清めて横抱きにしベッドに寝かせて。
バーナビーはシャワーを浴び、身じろぎもしない虎徹の横に潜り込む。
人肌で温められた毛布の心地よさは、これまでバーナビーが幼い頃の遠い思い出でしか知らなかったものだ。
暖かさにまどろんでいると、ふと、虎徹が身じろぐ気配がした。
バーナビーは目を閉じたまま、虎徹の様子を伺う。
虎徹はバーナビーがもう眠ってしまったと思ったのだろう。深い溜息をつき、誰に向けるでもなく、呟いた。
「……俺は恋愛感情があるから、こいつとセックスしてるのか、鏑木虎徹?」
バーナビーにその問いに答えられる筈もなく。
しかし、虎徹は疲れきっていたのだろう、すぐに寝息が聞こえてきた。
ただ愛情だと。掛け値なしにそう思えるようなわかりやすい気持ちならば、どれだけ良かっただろう。
そして、ただの執着というには、あまりにも激しく甘いこの欲情は、一体。
じっと考えに沈む。しかしやはり、答えは出ないままで。
苦い感情を口の中に残したまま、やがて、バーナビーも浅い眠りの中に落ちた。

2011.12.1UP。冬コミで「深海」改訂版を出すにあたってこっちも改稿してるんですが、本当に間に合うのか…!
が、頑張ります。・゚・(ノ∀`)・゚・。 そして以前のものと読み比べて笑って頂けると…って笑えねえ…。