僅かに目を開けると、カーテンの隙間から、遠くの店のギラギラとした看板の明かりが覗いていた。
淡い水色の壁で囲まれた古いモーテルのベッドは、男二人並んで寝るにはかなり窮屈だ。
ダブルベッドではないから仕方ないのかもしれないが。
フットライトの微かな明かりに浮かびあがる、どこか黄ばんだリネンと、褪色したテーブル。ボロボロの聖書。
そして何故か、シャワールームの隣にもう一つテーブルと、場違いにデカい水槽が置いてあった。
その中では、ひし形でヒレの長い魚が何匹か、ひらひらと舞っている。
吐き出されるエアの音がコポコポと低く響いている。……まるで海の中だ。
虎徹は体を起そうとするが、背中からバーナビーに抱き込まれていて身じろぎも出来なかった。
そして、バーナビーに情事の後の体を拭き清められていた事に気がついた。
背後で寝息を立てている「話題のヒーロー」…バーナビーにとっては、この安宿は酷く場違いに思える。
事件が一段落して一息ついた虎徹を、バーナビーは無言でバイクのサイドカーに突っ込み、有無を言わさずこの安宿に連れ込んだ。
もしかしたら、高級ホテルに入ったら騒ぎになって面倒かもしれないからだろうか、などと穿った考え方もしてみたが、
本当のところはバーナビーにしかわからない。
バーナビーは一度も口を開かないまま、虎徹をベッドに押し付け、止めようとする腕を押さえ込み、衣服を引き剥がして、後ろから貫いた。
もう何度めだろう。虎徹は交わった回数を数えようとして、馬鹿馬鹿しさに溜息をついた。
最初のうちは必死で抵抗していた。しかし今は半ば諦めもあるのかもしれないが、虎徹は素直にバーナビーを受け入れるようになっていた。
なんで、よりによって落ち目なおっさんヒーローの俺なんだ。
ネイサンと同じ人種なのかと訝りもしたが、どうやらそうでもないらしい。
何しろ、バーナビーはいつも、虎徹に対して何も言わないままなのだ。
しかも、必ずバックからしか抱かない。だから、どんな表情をしているのかもわからない。
普段は虎徹に対して、いっそ饒舌過ぎてカチンと来るような皮肉を投げつけるのに、抱く時に限っては黙り込んでしまう。
無言で虎徹を貪り、嵐に翻弄されて気を失った虎徹の身を清め、再び目を覚ました時には、普段通りの皮肉を投げつけてくるのだ。
初めて抱かれた時は混乱を通り越して自失していた。
だが、慣れとは恐ろしい。
体がバーナビーを受け入れるのに、それ程時間はかからなかった。
2度目、3度目と逢瀬を重ねた後。
膚に伝わったバーナビーの体温が虎徹を灼くような感覚に囚われた。
汗ばむ互いの体が、とろりと溶けるように馴染んだ刹那、虎徹に押し寄せた快楽の波。
長い間忘れていた人膚の感触に酔わされる。
虎徹は貫かれながら、堪え切れない嬌声を上げて、シーツに顔を埋めた。
「……目が覚めたんですか?」
背後から虎徹を抱き止めていたバーナビーの腕が、力を増した。
「ったく、おじさんもう若くないんだから、発情バニーの体力にはついていけない訳よ。わかるか?」
皮肉に対しては無言で、バーナビーは悪戯をするように、虎徹の胸の突起を摘み始める。
「……って、全然わかってねぇ」
さっきまで散々弄られていたそこは、ヒリヒリと痛むほどに敏感になっていた。
同時に、肩甲骨から項まで、ざらついた熱い舌で舐め上げられる。
「……!」
快感を煽る動きに、虎徹は息を詰めた。
融けていく。
バーナビーの発する熱に炙られて、自分が何か他のものに姿を変えてゆくような感覚に、追い詰められる。
耳朶を噛まれ、音を立てて吸われた。
ぞくりとするような快楽から逃げるように体をしならせるが、バーナビーは追うようにしてさらに耳をねぶる。
「……あなたが先に気絶するのが悪いんですよ」
揶揄するような口調だった。
……そういえば、最中にバーナビーが話しかけてくるのは初めてかもしれない。
「当たり前だ、……っ、俺はもう、サルみたいに発情するトシじゃないって、言っただろ……!」
虎徹の息が上がる。愛撫を受け入れることに慣れた身体は既に、性急で手荒なそれを悦びに感じるのだ。
自らが辿ってきた歴史も記憶も思い出も、しがらみも全て吹き飛んでしまう程に強く、激しく。
言葉とは裏腹に、若い時ですらありえなかったような深さで、ただ突き上げるような欲情だけがバーナビーに向かう。
虎徹の惑乱を見透かすように、バーナビーの欲情に掠れた声が耳朶を擽った。
「……でも、欲しいんでしょう?」
同時に掴まれた虎徹の性器は、数時間前に散々欲望を撒き散らしている筈なのに、また張り詰めてとろりと蜜を零し始めていた。
バーナビーのそれも熱く形を変えて、虎徹の体に押し当てられている。
しかしバーナビーは、ぴたりと動くことを止めてしまった。
バーナビーの掌の中で、脈打つ虎徹の性器はさらなる刺激と解放を求めて涙を流す。
「く……っ、そ」
罵る言葉にも力が入らない。
掌の熱さがじりじりと虎徹を炙るのに、欲しいものは与えられない。
堪え切れずに自分で慰めようとした腕は掴まれ、動きを止められてしまう。
「前だけイければいいんですか? ……違うでしょう?」
臀部に押し当てられたバーナビーの性器が、ゆるゆると虎徹に擦りつけられた。
「こんな風に……中で動いて欲しくないんですか?」
セックスの動きを模すような動きに、思わず虎徹の腰が動いた。くすり、とバーナビーが笑う気配がする。
虎徹は一気に体温が上がった気がした。どっと湧き出した生唾を何とか飲み下す。
「……バニー」
苦しさに思わず名前を呼ぶが、うまく声が出ない。囁きとなったそれを聞いた刹那、バーナビーは強い力で虎徹を抱き締めてきた。
「欲しいって……言って下さいよ」
虎徹を追い詰めるだけの言葉の筈なのに、バーナビーの声には、どこか請い願うような、縋るような響きがあった。
不遜な態度とは裏腹の、不意に見せる脆さ。
ああ、だからか。
虎徹は眼を閉じ、深く息をつく。
その本性は、深海に沈む宝石のように、密やかに煌めいているんだろうか。
「……どうしたんですか?」
訝しがるような、そして僅かに心配するような声音。
覚悟を決めて、虎徹は戒められていたバーナビーの腕を解き、バーナビーの方へ向き直った。
眼鏡越しでない瞳が、驚きのせいか僅かに見開かれている。
同性から見ても納得してしまう程整った顔をしている、と思う。
あれだけ女性に騒がれているのに、何故虎徹なのか。
疑問が解消された訳ではないけれど、とりあえず腹を括ってみるか。
僅かに開かれたバーナビーの唇に、虎徹は啄ばむようなキスをした。
しっとりとした、暖かな感触。そういえば、まともにキスなんてしたことないんじゃなかったか。
「……早く、来いよ。但し……いい加減、顔、見せろ。動物の交尾じゃないんだからよ」
大人の余裕で笑ってみせる。
バーナビーから返ってきたのは、取り繕うような余裕もない表情と、貪るような口づけだった。
角度を変えて何度も触れ合わせる。
どちらともなく舌を絡ませあって、激しく吸う。息を継ぐ間に交じり合った唾液が糸を引いた。
何かを喋るいとまなど何処にもない。
息を切らしながら、虎徹はバーナビーに強請ってみせる。
「ジェル……ある、だろ。昨夜散々、してるから……そんなに慣らす、必要、ねぇし」
バーナビーは一瞬、呆然とした表情を見せたが、我に返ったのか、枕元に置いてあったジェルを握って、虎徹の腰の下にクッションを敷いた。
手にとって温めながら、虎徹の最奥にジェルを馴染ませてゆく。
バーナビーの妙に真剣な表情に、虎徹は思わず吹き出した。
「……なんですか」
あからさまに拗ねたような顔をする。やっぱりまだ若いな、と改めて感じる。
「……いや、まともに、こういう時のカオを見たことなかったなってな……、っ、は……」
性急に、バーナビーの指が忍び込んできた。
虎徹の身体はもう受け入れる術を覚えてしまっていて、殆ど痛みは感じない。
違和感すらも、温もったジェルに融かされてゆく。
「……あなたは……っ」
バーナビーの声には余裕のかけらもなかった。
唐突に指が抜かれ、昨夜よりももしかしたら硬さを増したかもしれないバーナビーの性器で、一気に虎徹の奥まで貫かれた。
「ぅあ……っ!」
虎徹は声を抑えきれず、咄嗟に自分の手の甲に噛み付いてしまった。
バーナビーは眉間に皺を寄せて、何かを堪えるような表情を見せた。
汗が滴る。
繋がった部分から灼けていくようだ。
受け入れる時の緊張が解け、虎徹がふっと息をついた瞬間、バーナビーがさらに深く入り込んできた。
そして、容赦の無い抽送を繰り返す。
離れそうなくらい浅く。
そして、穿たれた隙間を埋め直すように、さらに深く。
虎徹はもう、自分が声を上げているのかどうかもわからない。
ただ、目の前のバーナビーは、隠しきれない欲情をぶつけるように、虎徹を翻弄する。
……この欲情は、一体どちらのものなのだろうか。
混じり合った体温が、汗が、どちらのものか区別がつかないように、欲しい気持ちは互いが持つものなんだろうか。
「く……は、ぁ、も……イク……っ!」
極限まで昂ぶった虎徹の身体がバーナビーを締め付ける。
達したのは二人同時だった。
最奥で虎徹を濡らす、バーナビーの征服の証。
「……も、ムリ……わりぃけど、俺、寝るわ、バニー」
もう目も開けていられない。
目が覚めたらまた、同じ事の繰り返しなのかもしれないけれど。
何故かとても暖かい感情が虎徹を満たした。
「……おやすみなさい」
再び意識が遠くなる虎徹の唇に、優しい口づけの感触が残された。
終
5話まで見たところで浮かんだネタ。兎虎初書きです。
もしかして最初から飛ばし過ぎたんだろうか。
魔性のおっさん受けがテーマ。