事件の後処理でスタッフが走り回るオフィスはざわついているが、片隅にある小さな応接室だけは人気もなく静かなことを、バーナビーは知っていた。
辺りに人がいない事を確認し、室内へするりと入り込み、内側から鍵をかけた。
ブラインドの隙間から夕陽が差し込んでくる室内は、ライトをつけなくても十分に明るい。
普段から使われていないから少々埃っぽいが、バーナビーは気にせず、二人掛けのソファに勢いをつけて座った。
古くなっているスプリングが不平の声を上げるのを気にせず、ソファの背に体を預けて、天井を仰ぎ見る。
色々な事があり過ぎて、正直なところ、情報が消化出来ないでいる。
殺された犯罪者達。
ウロボロス。
取り逃がした「ルナティック<狂気>」。
そして、罅割れたガラスのフレームに包まれた、両親の顔。
犯人の顔さえ覚えていれば。4つの時の自分に、せめて今の4分の1でも力があれば。
後悔ばかりがぐるぐると廻る。まるで尾を咥える蛇のように。
不毛な思考を断ち切りたくて、バーナビーは眼鏡を外し、片手で目を覆った。
早く。一日でも一刻でも早く。
あの悪夢が終わる日が来ればいいのに。
ふと眼をあけると、視界は闇に遮られていた。
完全に陽が落ちてしまっているらしい。一体どれくらい寝入ってしまっていたのだろう。
「ようやく起きたか、寝ぼすけバニーちゃん」
不意に声をかけられて飛び起きる。
アームバンドのライト機能をオンにすると、隣で昔気質の中年ヒーローがふんぞり返っている姿が浮かび上がった。
「……!」
バーナビーの驚く様子に、虎徹はご満悦、としかいいようのない表情を浮かべた。
「何しろ、俺が中に入っても、隣に座っても、全く気付かずにぐーすか寝てたからなぁ」
その様子に苛ついて、バーナビーは虎徹を睨みつける。
「鍵をかけていたでしょう!」
虎徹はニヤリと笑って、バーナビーの強い視線を受け流した。
「世の中の全ての鍵は開けるために存在するモンだろ?」
「……呆れたヒーローだ」
皮肉で返して、バーナビーはとりあえずテーブルに置いてあった眼鏡をかけた。
早くこの場から立ち去ってしまいたい。
ああ、苛々する。
どうしてこんな人とコンビを組まなければいけなくなったんだろう。
「……焦んなよ。あわてたって、いいことなんてないぜ?」
バーナビーは息を詰めた。
普段はあんなに鈍いのに、どうしてこの人は時々、核心をつくような事を言うのだろう。
「余計なお世話です。あなたには関係ないでしょう。」
冷たく突き放した言い方に、虎徹は苦笑してみせた。
「……ただ、『悪い奴だから復讐してもいい』、ってもんでもないんだぜ?」
ふと、虎徹の顔から笑みが消えた。酷く真面目な顔をして、虎徹はバーナビーを見つめる。
その瞬間、バーナビーの怒りが頂点に達した。
「あなたには何もわからないでしょう!」
早くこの場を立ち去りたくて、バーナビーは立ち上がった。
虎徹はその腕を掴み、ソファへ引き戻す。バーナビーの体はソファの上で勢いよく跳ねて、スプリングが悲鳴を上げた。
「……お前は、ルナティックと同じ所へ行きたいのか?」
冷静な口調だった。煽るのでも、諌めるのでもない。ただバーナビーに問う声。
黙り込むバーナビーの頭の上に、何か温かいものが乗せられた。
「子供は叱ったあとにこうやって撫でてやると、愛情を持って叱ってるって納得すんだ。知ってるか?」
言葉通り、子供をあやすような仕草で、バーナビーの頭をゆっくり撫でる。
「……馬鹿にしてるんですか」
しかし、何故か抗う気にはならなかった。
自分でもわからぬまま、その手に身を任せてみる。
ふと思い出した、記憶。
力無く頽れ、炎に包まれた両親の姿ではない。
母の、そして父の笑顔や、優しい温もりの思い出が、バーナビーの脳裏に浮かんでは消えてゆく。
「そんなに気ぃ張るな。……過去は、変えられねぇんだ。例えそれが、どんなものであっても、な」
この人は、バーナビーの過去をどこまで知っているのだろうか。
……そして、この人も、もしかして「変えられない過去」を抱えているのだろうか。
初めて、虎徹の事を知りたいと感じた。
「さて、行くぜ、若者」
虎徹がぐしゃぐしゃっ、とバーナビーの髪をかき混ぜる。
「何するんですか!」
「良かったら呑みにでも行くか? かわいいピアニストがいるんだぜ、そこ。あ、まだ酒呑めねぇか」
「……呑めます。でも馴れ合いは結構です」
「なんだ。かわいくねぇな」
他愛もない会話を、誰かと交わすのはどれくらいぶりだろうか。バーナビーは虎徹のやたらしつこい誘いをかわしながら、そんなことを思った。
けれども、決して居心地は悪くない。
嵐の後の穏やかな波が、バーナビーの心を満たしていた。
7話を見て思いついたネタ。
虎徹おじさんの大人の包容力にデレていくバニーの変化を、
虎兎サイドでは書いていきたいなあと思いつつ。
虎徹にはじりじり籠絡して欲しいところなので、しばらくの間糖度は低めかもしれません。
(展開していったらわからないですが…)
ということで、ABC順の英語ことわざタイトルSSは、1話完結の続きもの、くらいにお考え下さい。