Birds in Their Little Nests Agree

怪我の痛みが引くまでは、ヒーロー稼業も小休止。
有給はつくから、とにっこり笑って言われれば、いくら世間的には有名なヒーローといっても所詮は雇われ、オーナーには逆らえない。
先日のルナティックとの戦闘で怪我を負った虎徹は、1週間の自宅療養という名の休暇を過ごす羽目になっていた。
しかし、傷は痛いわ、動けないからテレビを見るくらいしかすることがないわ、ヒーローTVを見ていると自分も現場に行きたくなってウズウズするわ。
3日後にはすっかり飽きてしまっていた。
「はー、つまんねぇ……」
楓にも心配をかけたくないから連絡も出来ず、ただ一人過ごす時間の退屈なことときたら。
寂しくベッドに寝そべっているだけだから、あっという間に筋肉も落ちてしまいそうだ。
サイドに置いてあったデリバリーのピザの空箱をゴミカゴに投げ込もうとしたが、箱は中途半端な孤を描いて途中で落ちてしまった。
「くそっ」
自然と独り言が増えてしまう。
「早く1週間経たねぇかなあ……」
箱を拾いに行こうと体を起こした瞬間、アームバンドからコールサインが響き始めた。
出てきたのは、登録してある仏頂面のバーナビーの写真。
これはいい退屈しのぎになりそうだ。虎徹は早々に受話ボタンを押した。
浮かび上がったヴィジョンのバーナビーは、どこか拗ねたような表情を見せていた。
「よ、そっちからコールとか、珍しいな。バニーちゃん、調子はどうよ?」
虎徹は明るく声をかけるが、実は虎徹が怪我をしてから、バーナビーはポイントを稼ぎまくっているのを知っていた。
昨夜も大物の手配犯を捕まえたばかりだ。
『……絶好調ですね。誰かさんがいないおかげで』
口の悪さは相変わらずだが、何か様子が変だ。妙に視線が泳いでいる気がする。
虎徹は首を傾げながら、バーナビーに問いかけた。
「なあバニー、何かさ、お前、どっかおかしくねぇか? 体調でも悪いのか?」
画面の向こう側のバーナビーが、あからさまにむっとした表情を見せた。
「頑張り過ぎると後で疲れちまうぞ」
畳みかけるような虎徹の言葉を遮るように、バーナビーがぼそりと何かを呟いた。しかし、音声がうまく伝わらない。
「え? 悪ぃ、聞こえねぇ」
バーナビーは画面越しに睨みつけてきた。そして、大声で問うてくる。
『どうして僕を庇ったんですか? ……どうして、あなたはそんなにお節介焼きなんですか!』
虎徹は目を丸くした。
『ただのビジネス上のパートナーでしょう。放っておけばよかったのに』
どこか、苦い後悔を滲ませた声音だった。
腫れのようやく引いてきた頬を撫でながら、虎徹はニヤリと笑ってみせる。
「心配なら心配だって素直に言えよ。かわいくねぇなあ」
『心配なんてしてません。ただ、疑問に思っただけです』
さらにきつい目で睨んでくるバーナビーが、酷く不安定な存在に見えたのは何故だろう。
虎徹は素直に、バーナビーの疑問に答えてみせた。
「……昔の俺に良く似てんだよ、お前」
『そんなはずはないでしょう』
冷たい表情で即答するバーナビーに苦笑してしまう。
「人の話は最後まで聞けよ、せっかちだな。……焦って空回りしても、ロクな結果は出ない。
一人で頑張るにも限界があるだろ。せっかく相棒になったんだから、少しは俺を頼れ。
せっかく同じ力を持ってるんだし、な」
諭すようにゆっくりと語りかける。バーナビーが安心できるように笑顔を浮かべながら。
しかし、バーナビーはさらに言いつのった。僅かに顔色を失っているように見えるのは気のせいだろうか。
『……死んでいたかもしれないんですよ』
ルナティックは犯罪者を容赦なく殺している。確かに、状況によっては自分も殺されていたかもしれない。
救急車で運ばれた後に、可能性は考えなくもなかった。しかし。
「死なねぇよ。俺はヒーローだからな。悪者に簡単に倒されたりしない。……俺を信じろよ、バーナビー」
あの時、自分の命がどうとか、考える余地はどこにもなかった。
ただ体が先に動いた。バーナビーを助けられるのは自分以外ありえなかった。
浮かび上がるバーナビーの顔が今にも泣きそうな子供のように見えるのは、淡い映像の色彩のせいなんだろうか。
『……無茶は、しないで下さい。パートナーというのなら、僕を心配させないようにするのも、務めでしょう』
掠れた声でそう告げ、バーナビーが唇を噛む姿が映った。
「お前が今ここにいたら、こないだみたいに頭を撫でてやるのにな」
暗い応接室の中で子供のように宥めてやったことを思い出す。
4歳で両親を殺された子供。
今のヒーロー然とした姿からは想像もつかないけれど、古い新聞記事の中のバーナビーの写真には、確かに今の面影があった。
クソ生意気な新人ヒーローの中には、未だに癒えない傷を負ったままの小さな子供が隠れているのかもしれない。
突然、バーナビーの音声にコール音が割り込んできた。
画面の向こうのバーナビーはアームバンドを触りながら、虎徹に通話を切ることを告げる。
『……治るまでじっとしていて下さいね。無理して動くと悪化しますよ。もういい年なんですから』
最後に憎まれ口を叩いて通話を切ったバーナビーを、何故かとても愛おしく感じた。
「……やれやれ。お大事に、の一言くらい言えって。なんか……子供がもう一人増えたみたいだな」
再びベッドに寝そべりながらヒーローTVを見てみる。新しい犯罪者の存在がけたたましく喧伝されていた。
きっとこれからバーナビーは現場に向かい、また華々しく活躍するのだろう。
派手でありながらどこか危なっかしいその働きぶりが心配になりつつも、今は怪我を治すのが先だ。
リハビリ用のボールを握りながら、ヒーローが登場する時間をじっと待つ。
「無茶すんな、っていうのはこっちのセリフだ、バニー」
一人テレビに向かって呼びかける声は、隠しきれない愛しさを滲ませていた。
しかしその愛しさの正体を、虎徹もまだ、本当に掴めてはいない。



時間軸は8話後。虎徹視点のお話です。
つーか本編のバニーのデレがあまりに素晴らしかったので、もう書くことないよ! とキレかけましたが
それでも萌えが止まりませんでした。
デレバニーとニブニブ虎徹です。ちょっとでも虎徹が攻めっぽく見えると良いのですが…。