アッバス刑務所へ。
バーナビーは愛車のNSX(レトロカー)を限界まで飛ばして、目的地へと向かっていた。
真犯人に、会いに。
バーナビーが炎の中で見た顔は、確かにジェイク・マルチネスという名前の、懲役250年の判決を受け収監されている連続殺人犯(シリアルマーダー)、だった。
20年前のあの事件の真相を知るために。
そのためにヒーローになったのだから。バーナビーにとって、ヒーローである事とは目的達成のための手段であって、それ以上のものではなかった……筈だった。
おそらくアニエスからであろうコールに、バーナビーは一切応えない。
GPSではバーナビーの位置がわかっているのだろうが、真実さえ掴めれば事件なんてどうでもいい。
ぼくが、はんにんをみつけるから。
おとうさん、おかあさん……。
バーナビーの心の中に、4歳のまま成長を止めた子供がいる。
その子供は、物心ついた時から、ただ一人で。
両親が死ぬまでの時間を、まるでウロボロスの輪を伝うようにぐるぐると廻り続けているのだ。
体は大きくなっても、心はその円環から逃れる術を知ることなく。
もしかしたら、これで輪の外に出られるのかもしれない、とバーナビーは確信に近い感情を抱いていた。
聞きたいことが沢山あるのだ。その男に。
どうして父母が殺されなければならなかったのか。
バーナビーに問いかけた言葉の意味は。
そして、彼が、父母を殺した事を、後悔したり反省したり、しているのか。
乱れた感情は濁流のようにバーナビーの理性を押し流す。
対峙するその瞬間、自分は冷静でいられるのだろうか。
……その時に浮かんでくるのは、殺意、ではないのだろうか?
犯罪を犯したものはヒーローでいられなくなる。
だが、目的さえ果たしてしまえば、ヒーローの称号など別に必要のないものだ。
しかし。
限界まで飛ばしていた車のアクセルが、無意識に緩められた。少しずつスピードが落ちてゆく。
先ほどの虎徹との会話が頭をよぎる。
『いや、行けよ』
「え?」
『20年間ずっと探してきたんだろ? 心配すんな、こっちは俺がなんとかする』
「でもあなたひとりに任せる訳には」
『俺じゃ頼りにならねぇって言うのか?! お前なんかいなくたって、この程度の事件、俺一人で十分だよ! だから、さっさと行って確かめて来い!』
車内のモニターにはワイルドタイガーが一人で闘う姿が映っている。
沢山の敵に囲まれ、明らかに劣勢だった。恐らく、ハンドレットパワーも使い果たしているだろう。
ペース配分とは縁のない闘い方をする人だから。
一人で闘うタイガーの姿は、普段ならば絶対に見ることのない光景だった。……いつもなら自分はコンビとして一緒にその場にいるのだから。
バーナビーは無意識に唇を噛んでいた。
ルナティックが初めて現れた日の夜。
普段使われていない会議室の中で、虎徹はバーナビーに問うた。
『……お前は、ルナティックと同じ所へ行きたいのか?』
とても静かな口調だった。
その時のバーナビーにはわからなかったが、その問いには確かに、バーナビーの事を案ずる気配があったのだ。
まるで子供にするみたいに頭を撫でられ、その時のバーナビーはなんとも言えない気分になったけれど。
そういう人なのだろう、と思う。
損な生き方を、あの人は自分から選んでいる。
そして、それを損だとは、本人はカケラも思っていないんだろう。
これまでバーナビーは、他人に興味を持つことがなかった。
ただ犯人をつきとめることだけが人生の目的だった。
両親を目の前で殺された。
確かにそれは重い過去だけれど……自分は単純な生き方を選択しているのかもしれない、と、バーナビーは初めて、そんな風に思う。
あの人は、誰かを心の内に容れて、守る生き方をしている。
自分は、そんな生き方を選んだ人間とコンビを組んでいるのだ。
車内モニターから、実況中継のナレーションが切迫感を持って流れてくる。
『己の身を呈して、市民を救おうとしています!』
スポンサーのためでもポイントのためでもない生き方をしている不器用な人の、暖かい掌の感触が甦る。
その時、強制的に回線をオープンにしたらしいアニエスから、悲痛な声が聞こえてきた。
『バーナビー、早く応答しなさいよ! あなたはタイガーを見殺しにして平気なの?!』
虎徹が身を呈してバーナビーを庇ったあの時の事が忘れられない。
きっと彼は正義のために殉じることに、まったく後悔はない人間だろうから。
……還ろう。
自分が4歳の子供ではなく、今の自分……24歳のルーキー、そして、ヒーローコンビの片割れでいられる、あの場所へ。
彼の処へ。
虎徹の、隣へ。
一刻も早く。
「アニエスさん」
コールに反応すると、アニエスは大きな声で、しかし必要最小限の連絡事項をバーナビーに告げる。
『バーナビー! トランスポーターはすでにタイガーの所にあるわ。場所はわかるわね。お小言は後でたっぷりしてあげるから、今は早く!』
「わかりました」
弁解の言葉も侘びも、今はしない。もっと他に、自分にはすべきことがあるから。
バーナビーは周囲に車がないことを確認して、NSXを急転回させた。
タイヤが地面と擦れる派手な音がする。
アクセルを踏み込んで最高速度まで一気に加速させた。
どうかあの人が、喪われることがありませんように。
小さな頃、眠る前に手を組んで、神様に向かっていた時のような、純粋な祈りだけを胸に抱いて。
バーナビーはただ一人で闘う虎徹のいる現場へ向かったのだ。
2011.6.8アップ。10話でバニーが虎徹のところへ向かうまでの葛藤のお話。
「After a Storm Comes a Carm」からシリーズになっておりますので、最初からお読み頂けると嬉しいです。
番組進行に忠実に、というのがこのシリーズのテーマなのですが、やっぱり難しいですねえ。
最後まで読むと綺麗に虎兎クロニクルになる、という風にするのが目標なので、しばらくお付き合いくださいませ。