アポロンメディアCEO、アルバート・マーベリックによる、今回のテロについての会見開始時間が迫っていた。
バーナビーはいつもの服に着替え、控え室で会見が始まるのを待っている。
目を閉じ、高級そうな皮を張ったソファにもたれて座る姿が、今日は生気なく、酷く疲れているように見えた。
そして、虎徹はドアの横に背中を預けて立ったまま、腕を組んで彼を見守っている。
バーナビーにとって、あまりにも沢山のことが起こりすぎたのだ。
ジェイク。テロ。2000万人の人質。……そして、これから、自らの過去を明かすこと。
おそらく、頭がこの事態を処理しきれていないのだろう。虎徹はそう理解していた。
このスーパールーキーは多分、心に爆弾を抱えている。周囲に見せている程、バニーは強くはない。
それが、虎徹がバーナビーに対して出した結論だった。
いつ爆発するのか。小出しにしたらそれは免れるのか。
ここのところ、ちょっとずつ試行錯誤を重ねていたのだ。彼が抱える、鬱屈した内面を吐き出せるように。
いつか彼が心の荷物を軽く出来る日が来るまで。
それなのに、台無しだ。全く!
怒りはジェイクに向かうが、本人は解放されてしまった。行き場を失ったそれを鎮める術はなく。
ただ、バーナビーの顔が少しずつ色を失っていくことが酷くもどかしく、憤ろしい。
「……あと10分、ですね」
小さな声だった。壁にかけてある時計を見ながら、バーナビーは独り言のように呟く。
「そろそろ行かないと」
開かれた瞳は昏い光を放っている。処理しきれない様々な感情が、バーナビーの表情を殺しているのだろう。
バーナビーは気合を入れるようにふう、と息をつき、立ち上がった。
「……無理、すんなよ」
虎徹には他にかける言葉が思い浮かばなかった。
ああ、かっこわりぃ。
誰かに力を与える事の出来る魔法の言葉を、自分が持っていればいいのに、と思う。
……こんな時に、バーナビーの心を支えられるような。
バーナビーは、ドアの方へ……虎徹の方へ、鉛でも引きずるような重い足取りで近づいてきた。
「では、行ってきます。……折紙先輩だけに、危ない事は任せられないですから」
口元には笑みが浮かんでいる。けれども、その瞳が今にも泣きそうに、儚げな気配を纏っているのは気のせいだろうか。
バーナビーが古めかしいドアノブに手をかける。
「……僕はこのために、ヒーローになったんですから」
自分に言い聞かせるような台詞は、バーナビーらしからぬか細く力ない声で。
頭よりもさきに、体が動いていた。
ノブを持つ手を無理矢理引っ張って、バーナビーを抱き締める。
逃れられない程に強く。
「……この、意地っ張り兎、が!」
虎徹の声は駆け巡る様々な感情を押し殺しきれずに震えた。
バーナビーは抵抗もせず、虎徹の腕の中に収まっている。
その手がそろりと、虎徹の背に回された。
まるで小さな子供が母親のスカートの端を掴むように、虎徹のベストを引っ張る。
バーナビーの体は僅かに慄えていた。
「……意地なんて、張ってません」
言葉とは裏腹に、バーナビーはさらに強く、虎徹に縋る。
「このまま、お前を会見に……出したくねぇ」
20年間剥き出しの傷を晒し者にするのか。
虎徹の怒りはマーベリックへも向かう。
「お前の理解者だって言うなら、何で、お前の傷を抉るような真似すんだ!」
委ねられたバーナビーの体はどこかひやりとしていた。
「……それでも、僕は、……ヒーローですから」
それは虎徹がバーナビーに言い続けてきた言葉。
ヒーローだから。
その言葉が礫となって虎徹に返って来る。
「だからって」
虎徹は片手でバーナビーの頭を撫でながら、耳元で囁くように自らの想いを伝える。
「心の中にしまっておきたいものを、見世物にされていい道理なんて、どこにもねぇんだ……!」
虎徹の他に誰も、バーナビーの過去を知る者はない。
いや、虎徹だって彼の過去の全て知っている訳ではない。
バーナビーが過ごしてきた孤独な20年間は、彼だけが胸に秘めてきたものだ。虎徹が知ったのはただその断片でしかない。
けれど、自分は今、バーナビーの一番近くにいるのだ。
他の誰でもない、自分が、守れるものなら守ってやりたい。
……守り通せるだけの力が、欲しい。
祈りにも似た切実な感情が心から溢れ出す。
「……ありがとう、ございます」
バーナビーの声は凪いでいた。
そして、その体がそろりと離れてゆく。
「そろそろ、行かないと」
視線が絡まる。
今にも泣きそうな瞳が、無理矢理笑みを形作ろうとしていた。
ああ。
自分の内に、こんな感情が残っているとは思わなかった。
虎徹はもう一度バーナビーを引き寄せ、今度はバーナビーの唇に、自分のそれを押し付けた。
「……んっ……!」
最初は、一瞬だけ。
すぐに二度目のキスをする。今度はもう少しだけ長く。
ほんの少しだけ舌先で唇を愛撫すると、引き結ばれていたバーナビーの唇が僅かに緩められた。
何度も唇を舌で辿って、奥に隠れていたバーナビーの舌をちら、と舐める。
逃げる舌を追って深く入り込むと、苦しげな息遣いと喉声がした。
「ふ……、う」
一度唇から離れ、今度は優しく解きほぐすように、音を立てて口付ける。
お互いの体が再び密着する。
バーナビーは縋りつくようにして、虎徹のキスを受け入れていた。
少しでも深く交わりたくで、舌を深く潜らせる。バーナビーの舌は、それを抵抗もせず受け入れていた。
混じり合った唾液を飲み下す音がする。
「ぁ……は……っ」
煽られる。
もっと深く口づけて、そして。
バーナビーのもっと奥深くへ。
このまま手放したくない。……このまま、一つになれればいいのに。
外からノックの音が聞こえ、二人は慌てて体を離した。
「バーナビーさん、そろそろ会見の時間です」
スタッフの女性の無感動な声が聞こえてくる。
バーナビーは儚げに微笑んで、再びドアノブに手をかける。
そして、虎徹に背を向けたまま、はっきりとした声音で、虎徹に乞うた。
「……お願いがあります。会見場で、見ていて下さい。……僕が、会見の最後までヒーローでいられるように」
「わかった。……絶対に目を離さないから。約束だ」
強い口調で虎徹は応える。
そして、自分の中で眠っていたはずの感情が、起き上がって頭をもたげた事を、改めて自覚する。
誰かを愛しいと思う心を。
「行ってきます」
ドアが閉められる。虎徹はネイサンに連絡を入れ、自分はバーナビーの会見場に向かう事を告げた。
『……そうね。相棒を見届けられるのは、片割れだけだものね。頑張って』
ネイサンは心の機微のわかる人物だ。案ずる口調でそう行って、すぐにコールを切ってくれた。
「……ああ、そうだな」
自分の中ではもう、単なる相棒ではありえない。
だから、最後まで見届けるのだ。バーナビーがバーナビーであり続けられるように。
虎徹は帽子をかぶり直し、勢い良く部屋を飛び出して行った。
11話会見前。
これで続きかよ! あんまりだよ! つかバニーかわいそうだよ!
…ということで出来た1本。