「虎徹さん」
両親の仇はこの世から消え、第2の人生を謳歌しはじめた期待のルーキー。
バーナビー・ブルックス・Jr.は、何故だか俺の事を、下の名前で呼ぶようになった。
これまでのツンケンした態度は鳴りを潜め、なんだか瞳がキラキラ輝いてるように見える。
……しかも、俺への態度も随分、いや最初から考えるとあり得ないくらい軟化した。
この間も、たまたま俺がアシストをしてバーナビーに逮捕ポイントがついた。
「虎徹さん、優しいですからね」
なんて言葉を吐きながらにっこり笑われた時には絶句してしまい、バニーに「どうしたんですか」と心配された程だ。
他のヒーロー達も目を丸くしてこっちを見てたし。
一体なんなんだ。何が起きてるんだ、こいつの中で。
丁度、他のヒーロー達がトレーニングセンターにいない時を狙って、俺はバニーを呼びとめる。
「なぁバニーちゃん」
「なんですか?」
バニーは首を傾げながら、俺の方に向かってきた。
昔みたいに、バニーと呼ばれて逆上することもすっかりなくなったし。
バニーはトレーニングでかいた汗を拭くために、眼鏡を外していた。
つり目がちの碧の瞳が淀みなく俺に向かってくる。
目つきが悪いのは近視が酷いから、と以前聞かされた。その視線は驚くほどまっすぐだ。
俺はちょっとたじろぎながらも、ずっと聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「なぁ、お前、一体なにがあったんだ?」
「は?」
バニーは眉根を寄せて俺に問い返してくる。
「……いや、あのな、最初の頃と比べて、えっらく俺への態度が優しくなってないか?」
一瞬何を言っているかわからない、という風情で、バニーはきょとんとした顔をした。
まん丸く見開かれた目がうさぎっぽくてなんかかわいいな、と思うのは、きっと気のせいだ。
「それは、わざわざ僕に直接聞くものなんですか?」
ちょっと言い方が冷たい。でも、僅かに顔が赤くなっている、と、思う。
「いやー、そりゃ、聞いてみないとわかんねぇだろー。お前、最初の頃の自分の態度、覚えてるか?」
「覚えてますよ、最初はコンビを組むの、イヤでしたから」
そう言って、バニーは表情を引き締める。……しかし驚くほど整った顔、してるよなぁ。
一瞬見入ってしまった俺には気づかなかったらしい、バニーは言葉を続けた。
「僕にとってはヒーローになることは復讐のための手段でしかなかった。目立てば必ずあいつは僕に気がつくだろう、と思ってましたし。……でも、一人じゃ出来ない色々な事を、あなたがサポートしてくれた」
バニーはこれまで見たこともないような、穏やかで優しい笑みを浮かべる。
どこか子供みたいな無邪気さを含んだその笑顔から目が離せない。
「確かに僕一人でもジェイクには辿りついたかもしれない。……けど、虎徹さんがいなかったら、多分、最後に勝つことが出来なかった。しかも、あんな酷い怪我をおしてまで」
「……あー、怪我は俺がヘタうったせいだから、気にすんな。それに、あのテレパシーに気がついたのは、俺だけだったからな」
なんとなく照れくさくて頬を掻くと、バニーが真剣な声音で俺に告げた。
「……僕にとって、あの瞬間、虎徹さんがヒーローでした。だから決めたんです、疑わず信じよう、背中を追ってみよう、って」
ああ、こいつはもう。
どうしてこんなこっ恥ずかしい台詞を、大真面目な顔して言えるかな。
「だから、……ありがとうございました、虎徹さん」
俺は、なんとなく納得する。バニーは結局、根本の部分ではあんまり変わってないのかもな。
行き場を喪った復讐心ごと、ベクトルが真反対を向いて、……もしかしたら、それが俺にも向かっちまったってか。
俺はどうすればいいかわからなくなって、とりあえずバニーの髪がぐしゃぐしゃになるまで、頭を撫でてみた。
「……どうしてそこで子供扱いするんです」
バニーの拗ねた表情に、誘われたような気がして。
「いや、なんか、お前かわいいな〜、って思って」
「は?」
薄く開いた唇の形は綺麗に整っていて。……そういやバニーの部屋で見た写真の、母親の顔も綺麗だったな。母親似なのか。
「なんですか、虎徹さん」
呼ばれたような気がした。……誘われたような。
俺は引き寄せられるように、自分の唇を、バニーの形良いそれに重ねてみる。
「……?!」
一瞬だけ触れて、すぐに離す。そして、次はもう少し、長く触れさせる。お互いの体温が伝わるくらいの時間。
ちょっとだけ、濡れたような感触。
俺の唇でバニーの唇を挟むようにしてみると、びくり、とバニーの身体が震えるのがわかった。
うわ。結構敏感なのな。
汗をかいた名残なんだろうか。ほんの少し唇がしょっぱい。
バニーの目が見開かれている。
あーそりゃそうだろう。いきなりキスされてんだから。
でも何か、この反応、新鮮でいいな。
……って、え。
突然バニーの顔が真っ赤になる。なんだかマズい感じがして唇を離すと、バニーが慌てて唇を手の甲で隠した。
「……え?」
何か、反応おかしくねぇか。
これまで見たこともないくらい顔が紅潮してるぞバニー。
「こ、虎徹、さん」
バニーの声は平静を装おうとして失敗している感じだった。
これは、もしかして。
「え、もしかして、はじめて、とか?」
バニーは否定も肯定もしなかった。ただ顔を真っ赤にして俯いてしまう。
マズい。
いや、恋人のキスじゃないにしても。
男同士で、冗談でキスしたりって、普通にあるんじゃねぇのか。俺がネイサンで慣れちまってるだけか。
そもそも。
なんで俺、いきなりバニーにキスしたくなるかな。
これって。
「おはよう、そしておはよう! ……どうしたんだい?」
微妙な緊張感をぶち破るようにして、スカイハイがセンターに入ってきた。
俺は不自然に見えないように、バニーから少し離れて挨拶を返す。
「……僕、用事があるので、これで帰りますね」
バニーは眼鏡をかけ、物凄いスピードで俺から離れた。スカイハイがちょっとだけ不思議そうな顔をしたが、「そうか、気をつけて!」とあくまでも爽やかに笑った。
バニーは物凄いスピードで荷物をまとめ、俺の後ろにある出口へ向かう。
すれ違いざま。
バニーは目を伏せたまま、俺だけに聞こえる微かな声で、言い捨てた。
「……ええ、初めてですよ。それがなにか」
俺が慌てて振り返ると、やっぱりバニーの耳は真っ赤なままで。
「……うわ、やっちまった」
俺は額を押さえて天井を仰いだ。
「どうしたんだい、ワイルドくん。顔色が良くないよ?」
スカイハイには適当に誤魔化すしかない。
「いや、大丈夫大丈夫」
とりあえず追いかけようとすると、他のヒーロー達が一気に入ってきた。
「ねぇタイガー、バーナビーが慌てて出てったけど、どうしたの?」
無邪気に問うドラゴンキッドに本当の事なんて言える訳がねぇ。
「あ、そうそう、昨日の事件なんだけど」
夕べ大活躍だったブルーローズが、チェックしたい事があるらしく、俺に新聞記事を見せてくる。
やべぇ、このままじゃ追うに追えない。
俺は他のヒーローに囲まれて身動きが取れなくなるのを必死であしらいながら、自分の行動を反芻してみた。
思い出すと呆然とする。
あーよく考えたら、眼鏡でツンツンした優等生って、俺の好みストライクじゃなかったっけ。
……ごめんな友恵、俺、約束、守れねぇかも。
からかって遊んでやろうと思ってたのに。
本気になってたのは、俺の方だったらしい。
1時間程経って、俺のスマフォ宛にバニーからのメールが来ていた。
『さっきの件ですが、例え冗談だとしても、僕は後悔もショックもありませんから』
シンプルな文面だった。
あー、そりゃ冗談か本気かわからない態度を取っちまったからな。
俺は一文字一文必死で考えながら、バニーに対して返信をする。
『I LOVE You,Barnaby. I swear it's true.』
あんまり長くすると逆に嘘っぽくなるし。
こんなに必死に口説き文句を考えたのなんて、何十年ぶりなんだろうか。
バニーからの返事はなかなか来なかった。
コーヒーを飲みながら待って、ようやくバニーからのメールの着信が知らせられる。
『You liar!』
返ってきたのはその一文。
俺は思わずニヤリとしてしまう。
どうやってアプローチすれば、この腕の中に落ちてくるかな、あの人に慣れないウサギちゃんは。
壁は高い程、困難は多い程、乗り越える価値があるというもの。
……待ってろよ、バーナビー。
2011.8.2バニーの日にアップ!間に合った!
タイトルは〔行動する際に、事前に学んだり、考えたり、自分が間違っている可能性
を考慮に入れたりしない人(by英辞郎)〕 、という意味なんですが、コンビどっちにも当てはまるよねこれ、ってことで。
続きそうですが、一応これで終わりってことにしておいて…下さい…。一応。