ノースブロンズ地区に潜入しているジェイクのアジトへ、ついに潜入することになった。
先行して突入するとバーナビーが虎徹に告げた時。
「僕を信じて下さい」と、確かに虎徹に伝えた筈だった。
しかし、虎徹は頼みもしないのにフォローにまわろうとし……結果、ジェイクとクリームを取り逃がした。
手掛かりを失ったヒーロー達は、体力温存の為に一旦待機が決まった。
バーナビーは、ジャスティスタワーに程近いマンションに一旦戻ることにした。
有事の際に呼び出しに応じて戻るのは簡単だ。……そして、今は一人になりたかった。
最初は仮眠を取る積もりだった。しかし、ずっと眠らないままの頭は、すっかり覚醒しきっていて、余計な事を考え込むばかり。
……怒りにまかせて詰った時の虎徹の表情を何度も思い出す。
これまでに見たことのないくらい落ち込んだ顔をして、黙り込む姿はバーナビーが初めて見るもの。
でも、許すことは出来なかった。
手の届きそうだった宿敵の事を知っていて、ああいう形で足を引っ張られる事が腹立たしかったし、悔しかった。
虎徹はバーナビーとウロボロスとの因縁を知っているから、心配してくれているのだ、と思っていた。
だからこそ。
焼け焦げた襷の一部に刻まれた「Let's Believe」の文字が、今はとても空虚だ。
やはり一人で成し遂げるしかないのだ、と強く思う。
誰も頼れない。誰も信じられない。だから。
そうやって自分を鼓舞しようとするのに、目を閉じると虎徹の悲しげな顔だけが浮かぶのだ。
バーナビーの過去を公表する会見に向かう前、控室で話し合った時ののあの人と、とても同じようには思えなかった。
その時、バーナビーは抱き寄せられ、深く口づけられた。
肌に伝わる虎徹の体温は高くて、他人との接触を殆ど知らないバーナビーが一瞬躊躇する程だった。
ただ抱き締められただけならば、それは感極まって、で済ませられたのかもしれない。
けれども、その後のキスは、そうやって目を逸らすことを許さない。
それが同性の、ただ仕事上のコンビに施すような性質のものではないことは、いくら経験の浅いバーナビーでもわかる。
触れるのは唇だけではない。舌を絡められ、全てを奪い尽くされるような激しいそれは、バーナビーが識らない感触を呼び起こして。
挨拶ではない。親愛の情でもない。もっと、体と心の、深い所で交わるような。
バーナビーは唇に灯ろうとするその感覚を、頭を振って追い出した。
元に戻るだけなのだ。これまでずっと、一人で探し続けていた。
犯人を捕らえるためならば、どんな道化になろうと構わない。
使える人間は自分だろうが他人だろうが利用する。使えない人間は排除すればいい。
……だから。一人が、いい。
自分に言い聞かせようとするのに、指先からしんと冷えていく感覚がある。
無様な自分が嫌だ。
信じるものなど、寄りかかるものなど、いらない。……いらないのに。
マンションの大きな窓から見える景色はいつもと変わらない。ただ、頻繁に警察や軍の車両が行き来していることを除いては。
一人、部屋にいると、静寂に押しつぶされてしまいそうだった。
縋るように握り締めた襷の断片が、きしり、と音を立てる。
何故か酷く、それがバーナビーを安堵させた。
*
「済まなかった……赦してくれ」
消え入るような声と言葉をバーナビーに残して、ジェイクとの闘いに敗れた虎徹は病院に搬送されていった。
容体があまり良くないのだと、泣きそうな声でネイサンが告げる。
「……わかりました。僕が戻ったら……文句を言いたいことが、沢山あるんです」
その言葉だけを返して、バーナビーはジェイクとのセブンマッチに挑む。
もし、あの人が死んでしまったら、僕は。
僕は一体、何を喪うんだろう。
凍る心に、最悪の想像に目を瞑り、一つ大きな溜息をつく。
バーナビーは宿敵の待つスタジアムへと、向かっていった。
12話内な話…。
タイトルは「天使が恐れて踏み込まぬ所へも愚者は突入する」という意味なんですが。
今にしてみればタロットカードの名前をシリーズ名にするという手もあったな、と、ちょっと後悔。
続きものになっていますので最初からお読みいただけると幸いです。